
メタルギアソリッドV ファントムペイン(MGSV)(MGS5)
METAL GEAR SOLID V THE PHANTOM PAIN(2015)
※ネタバレあり。
【英語とテクノロジー、そして拡散】

「サピア・ウォーフ仮説」というものがあります。人の判断は自らが使用する言語によりある程度影響されるという仮説です。
本作のスカルフェイスはゼロ少佐率いる「愛国者達」との戦いの先、「英語の排除」を目的として活動します。英語こそ世界を支配する危険性を持つものと彼は考えるからです。
英語は世界中の言語の中において最も習得しやすい言語と言われています。文法はシンプルで、主語と述語も明確に定義される。
それはアメリカが多民族国家であるということに起因します。様々な民族が共生し、多様な文化が入り乱れる複雑な国家の運営においては、中心となる言語をシンプルに構築し「効率化」を図ることは必須の条件です。
「アメリカは自由の国、移民の集まりだ。国民は溶け合わず、人種ごとに別れて暮らしている。」
そして、そのようなシンプルな言語はIT技術との相性が良かったという点もあります。IT技術は、「如何に容量を削減するか」の試行錯誤の歴史で構築されました。その基盤たる「プログラミング言語」の根幹に世界の言語の中から「英語」が選ばれたのは必然と言えます。
これはシステムを構築するプログラミングの言語の話です。表層に現れるユーザーインターフェースの言語の話とは異なります。世界中の様々な言語圏の人々が自国の言語で使用していると思っているシステムも、その基礎は英語により構築されています。
【英語の特性、議論から炎上へ】

近年はSNSが爆発的に普及し、アメリカで生まれたSNSに世界中の人々が多大な時間を注ぐこととなりました。SNS上では毎日のように何かしらが炎上し、善悪をはっきりさせようと不特定多数のディスカッションが行われます。
ドイツの哲学者、ヘーゲルは「弁証論」(アウフヘーベン)を提唱したことで知られます。二つの異なる視座を議論により戦わせ、優れた意見が勝ち残る。そのような競合を繰り返すことで、やがて最も優れた思想に到達するという考えです。
ドイツで生まれた思想ですがこのような議論を重視する姿勢は英語圏内にも広がり、現状の英語の思想にも根差しています。英語そのものが議論を前提とした文法であり、議論とそれに伴う競合、果ては「炎上」を誘発しやすい特性を持ちます。
もちろん、議論それ自体は悪いことではなく、社会の変革のためには必要不可欠なものです。しかし、活発な議論にはより良い結論に至るまでの過程において衝突や炎上を誘発しやすい側面もあります。
現状では、様々な言語圏の世界中の人々がSNS上で英語的な、結論を付けて善悪を明確にするような議論に終始し、競合と「炎上」を繰り返しています。それは前述したようにSNSというシステムの文法が英語により構築されているからです。
表面上は自国の言語で構築されるから、ユーザーの多くは自国の言語でシステムを使用しているように錯覚しますが、根底にある英語の文法に規定されるからこそ、英語的なディスカッションの道に誘導される。
SNSを「運び屋」(ベクター)として、世界中の人々が英語の文法の影響下に置かれる。
それにより、無自覚に画一的な価値観にとらわれる。上述したように「人の判断は自らが使用する言語により影響される」からです。
【声帯虫と報復心】

それこそが、スカルフェイスの危惧したことでした。目に見える暴力的な侵略ではなく、文化に寄生する形で世界中の文化圏が「英語の文法」に蹂躙される。やがて世界で英語を中心とするアメリカの文化圏の影響力から逃れられるものはいなくなる。
「ゼロ少佐が求めたのは、情報で、言葉で、無意識を統制するシステムだった。」
だからこそ、スカルフェイスはゼロ少佐率いる「愛国者達」との戦いの先、「声帯虫」の行使により「英語の排除」を目論みます。
「英語という共通言語を失えば、世界は分裂するだろう。そして世界は自由になる。」
そのようなスカルフェイスの方法論は過激なものであり、見過ごせるものではありません。だからこそヴェノム・スネーク率いる「ダイヤモンド・ドッグス」との競合が起こり、スカルフェイスの目論見はヴェノム・スネークにより阻まれることとなります。
しかし、それで終わりではありませんでした。スカルフェイスの「憎しみ」は「報復心」を「運び屋」(ベクター)として、今度は「ダイヤモンド・ドッグス」の面々へと感染します。
現代のSNS上の「炎上」も「報復心」の感染が起こすものと解釈できます。「炎上」に結びつく個々人の「報復心」とどのように向き合うか、本作のテーマは、その問題提起と言えるかもしれません。


