X-MEN:フューチャーパスト(2014)

 

個人的評価:A

 

※ネタバレあり

【最恐のX-MEN】


理由もなく、強大な才能を手にした者たちの苦悩、社会との軋轢を描くSFアクションシリーズ。

その人気から数多くのシリーズ作品が制作され、いずれも大ヒットを記録していますが筆者が最も気に入っているのがこの作品。何といってもこの映画、、シリーズ最高に「怖い」です。

X-MENの持つ力は才能、あるいは人と異なることのメタファーとして描かれます、才能を持つゆえの苦悩、人と違うことの生きにくさの表現は普遍的なものであり、様々な国籍、立場を持つ者が自らを投影できる懐の深さが、X-MENシリーズにはあります。

しかし、この映画において

そのX-MENの持つ力は
まったくの無力として描かれます。
最強の敵が立ちふさがるからです。

【蹂躙される才能】


(当時としては)近未来、2023年、ミュータントと人間の争いは激化し、ついに、最強のミュータント殲滅ロボ、センチネルが実践投入されます。センチネルはテクノロジーの力で様々なミュータントの力を模倣して、一人につき一つの力しか持てないミュータントを圧倒していきます。

個々人の持てる才能のメタファーたるミュータントの力が、工場で大量生産された無機質なロボットに蹂躙される様に、私は現代における才能のあり方を、見出さずにはいられません。

これまでも工場のラインの大量生産により、職人の技術が再現される事例は数多くあり、近年では生成AIの台頭により文章、音楽、イラストといった、人間、個々人にしか作れないと信じられてきたものが、システムの力によって計画的に大量生成されるようになりました。

そのような状況下で人間の持てる才能の価値が、相対的に目減りしつつあるという見解を否定することは、(例えしたくても)難しいのではないのでしょうか。

われわれ人間は、人間の持つ価値というものを、システムの力を前にし、ただ否定されるしかないのでしょうか。

しかし、そのような現代の私たちの絶望に近しい状況に置かれても、X-MENはあきらめません。そのような絶望を前にして、事態打開のカギとなるもの、それは人間賛歌です。

【鍵は忍耐】


絶望の未来を変えるためX-MENはメンバーの一人、キティ・プライドの力でウルヴァリンを1973年の過去へ送り込みます。

1973年にミュータントの一人、ミスティークが仲間の復讐としてセンチネル考案の科学者ボリバー・トラスクを殺害します。この事件により反ミュータントの世論が高まり、トラスクの残したセンチネル計画に多額の予算が注がれ、後の未来に、最悪の運命を呼び込む殲滅ロボが完成する同線となるのです。

過去に送り込んだウルヴァリンにより、この復讐を止め、憎しみの連鎖を断ち切り、センチネルが完成する運命を覆す。過去改変を引き起こすことが、X-MENの計画です。

ウルヴァリンに説得を受けた若き日のチャールズは復讐にかられる、ミスティークを説得します。彼はこう説きます「人間、そしてミュータントに与えられた、最大の力、それは忍耐である」と。

思えば人類史において技術革新の是非について論じられる局面は数多くあり、先々を考えない開発への反対意見は少なくはありませんでした。

しかし人類はいつも、利便性の広がる選択を続けてきました、そのような歴史で紡がれてきた現代において、欲望を簡単に満たす技術が氾濫するこの時代に、最も必要なのは「忍耐」というのは鋭い指摘です。

 

依存症、引きこもり、精神の傷から、内側にこもるようになったチャールズ。そんな彼がウルヴァリンの説得を経て、現在のそして未来の仲間のために再起する。

 

過去と現在を巻き込む、数十年にわたる壮大なドラマの中心を普遍的な再起の物語が担う構成は、シリーズ史上最大のカタルシスと言えます。