河田小龍はなぜ『漂巽紀略』を書いたのか――ジョン万次郎との対話 | ゆうがのブログ

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世の中辛いよね。なんで辛いのかその理由がわかれは少しは、楽になるかも。そんなブログです。
信じるか信じないかは、あなた次第です!

 朝の浜は静かだった。

 潮の香りを運ぶ風だけが、砂をゆっくりとなでていく。

 万次郎が浜へ着くと、河田小龍はすでに腰を下ろしていた。

 膝の上には、これまで描き続けてきた絵が何枚も重ねられている。

「今日は早いですね」

「昨夜、眠れなんだ」

 小龍は苦笑した。

「絵を見返しておった」

 万次郎も隣へ腰を下ろす。

 小龍は一枚ずつ紙を広げていった。

 最初に描いた西洋の女性。

 石造りの町。

 港。

 蒸気船。

 学校へ通う子どもたち。

 万次郎は懐かしそうに眺める。

「ずいぶん増えましたね」

「そうじゃな」

 小龍は最後の一枚を広げた。

 そこには港の風景が描かれている。

 煙を吐く蒸気船。

 石の倉庫。

 荷を運ぶ人々。

 絵だけ見れば、異国の景色だった。

 しかし小龍は、長くその絵を見つめたまま動かなかった。

「何か足りませんか」

 万次郎が尋ねる。

「足りぬ」

 即座に答えが返ってきた。

「まだですか」

「いや」

 小龍は首を振った。

「もう描けぬ」

 万次郎は意味が分からなかった。

「見えるものは描いた」

 小龍は絵を指でなぞる。

「町も描いた。」

「船も描いた。」

「人も描いた。」

「学校も描いた。」

 少し間を置く。

「じゃが、そなたが見た異国は、まだここにはおらん」

 万次郎は静かに絵を見つめた。

「そうかもしれません」

「蒸気船の音は描けぬ。」

「ええ」

「子どもたちの笑い声も描けぬ。」

「はい」

「先生の教えも。」

「人の考えも。」

 二人は同時に言葉を止めた。

 波の音だけが聞こえる。

 小龍は静かに息を吐いた。

「万次郎殿」

「はい」

「少し尋ねてもよいか」

「何でしょう」

「そなたは、なぜ帰ってきた」

 万次郎は遠くの水平線を見た。

「帰りたかったからです」

「日本が」

「はい」

「異国が嫌になったわけではありません」

「分かっておる」

「でも」

 万次郎は少し笑った。

「生まれた国は一つですから」

 その言葉を聞いた小龍は、しばらく何も言わなかった。

 やがて静かに口を開く。

「わしは、城下でそなたの噂を聞く」

 万次郎の表情が曇る。

「また何か」

「そなたは幕府を嫌っておる、と」

「違います」

「異国へ戻りたいと言っておる、と」

「違います」

「身分など不要と言った、と」

 万次郎は首を横に振る。

「一度も言っておりません」

「知っておる」

 小龍は穏やかだった。

「だから困っておる」

 その一言に、万次郎は顔を上げた。

「わしは毎日、そなたの話を聞いてきた」

「はい」

「じゃが城下で聞く話は、まるで別人じゃ」

 小龍は砂浜へ一本の線を引いた。

「話というものは、人から人へ渡るたび、少しずつ姿を変える」

 線の先にもう一本。

 さらに一本。

「気づけば、元の形は見えぬ」

 万次郎は黙ってその線を見ていた。

「最初は、人が面白く話すためじゃと思うた」

 小龍は続ける。

「じゃが違う」

「違う?」

「人は、自分が信じたいように話を作り替える」

 万次郎は苦く笑った。

「そのようですね」

「そなたは異国を語っておる。」

「城下の者は、自分の世を語っておる。」

 万次郎は、その違いを初めて言葉にしてもらった気がした。

「だから、話が噛み合わんのじゃ」

 長い沈黙が流れた。

 小龍は一枚の紙を取り出した。

 真っ白な紙だった。

「万次郎殿」

「はい」

「これを見よ」

 万次郎は紙を見る。

「何もありません」

「そうじゃ」

 小龍は笑った。

「まだ何もない」

 その紙を万次郎へ差し出した。

「じゃが、この紙なら」

 少し間を置く。

「そなたの言葉を、そのまま残せる」

 万次郎は紙を見つめたまま動かなかった。

「絵では足りぬ。」

「人伝えでは変わる。」

「ならば」

 小龍は静かに言った。

「万次郎殿。」

「はい」

「これを、本にせんか」

 波が、静かに浜を洗う。

 万次郎はしばらく返事ができなかった。

「……本ですか」

「そうじゃ」

「わしは字を書くことはできます」

「うむ」

「じゃが、本など書いたことはありません」

「書くのは、わしじゃ」

 小龍は笑う。

「そなたは話せ。」

「分からぬところは、何度でも聞く。」

「違うと思えば、直す。」

「納得するまで、聞く。」

 万次郎は目を伏せた。

「そんなことをして、何になるのでしょう」

「後の世へ残る」

 小龍は迷わず答えた。

「噂ではなく。」

「そなたが見た異国が残る。」

「そなたが語った言葉が残る。」

「それを読んだ者が、自分の目で考えればよい。」

 万次郎は胸の奥が熱くなるのを感じた。

「でも」

「何じゃ」

「藩が許すでしょうか」

 小龍は少し考えた。

「許さぬかもしれん」

「やはり」

「じゃが」

 小龍は笑った。

「だから書かぬという話ではあるまい」

 万次郎は思わず笑った。

「小龍殿らしい」

「そうか」

「はい」

 二人はしばらく笑い合った。

 笑いが収まると、小龍は改めて頭を下げた。

「頼む」

「そなたの話を、わしに預けてくれ」

 その姿には、絵師としての誇りも、草としての任務もあった。

 しかし、それ以上に、一人の人間としての願いが込められていた。

 万次郎はゆっくりとうなずく。

「分かりました」

 小龍は顔を上げる。

「わしの話でよければ」

 万次郎は静かに続けた。

「残してください」

「異国のことだけではありません」

「わしが出会った人たちも。」

「助けてくれた人たちも。」

「日本へ帰りたいと思った日のことも。」

「全部です。」

 小龍は力強くうなずいた。

「一つも勝手には変えん。」

「約束する。」

 万次郎は安心したように笑った。

 帰国してから初めてだった。

 自分の見た世界を、最後まで、そのまま受け止めてくれる人に出会えた気がした。

 その日、浜辺には新しい絵は描かれなかった。

 代わりに、一枚の白い紙が開かれた。

 その紙はやがて、一人の漂流者が見た世界を、後の世へ伝える最初の一頁となるのであった。

 


▶「裏天正記」幕末編第二部第9話(61)「万次郎殿、これを本にせんか」をカクヨムで読む

■ 第9話(61)「万次郎殿、これを本にせんか」考察

第61話は、万次郎と河田小龍の出会いが、「異国の話を聞く」ことから「異国を後世へ残す」ことへ変わる転換点です。

ここまでの流れを振り返ると、

  • 第58話:「最後まで聞いてくれた人」
  • 第59話:「絵では描けないもの」
  • 第60話:「残すべき言葉」
  • 第61話:「言葉を形として残す決意」

という四部構成になっています。

第61話は、その締めくくりの回と言えます。


真っ白な紙の意味

今回、小龍が最初に万次郎へ見せたのは、描きかけの絵ではなく、一枚の白紙でした。

この白紙には二つの意味があります。

一つは、まだ何も決まっていない未来です。

ここへ何を書くかによって、後世の人々が知る万次郎像は大きく変わります。

もう一つは、人の記憶は白紙では終わらないということです。

もし何も書かなければ、人々は噂を書き込みます。

だから小龍は、

「そのまま残す」

ことを選びます。

白紙は、記録の始まりであると同時に、歴史を誰が書くのかという問いでもあります。


「噂」と「記録」の違い

今回、小龍は非常に重要なことを語ります。

「人は、自分が信じたいように話を作り替える」

これは万次郎を責めているのではありません。

むしろ、人間の自然な性質を表しています。

同じ話を聞いても、

  • 武士は武士として聞く。
  • 商人は商人として聞く。
  • 下士は下士として聞く。

誰もが自分の立場から理解しようとする。

そのため、万次郎が語ったアメリカではなく、

聞いた人が作ったアメリカ

が広がっていきます。

小龍が本を書こうとする理由は、この「変化」を止めるためです。


小龍の動機

ここで重要なのは、小龍が本を書こうと思った理由です。

草として考えれば、

「外国の情報を残したい」

だけでも十分です。

しかし、それだけでは今回の提案は生まれません。

小龍は万次郎と何日も話し、

この男は嘘をつかない。

この男は異国を誇張しない。

この男は日本を捨てようとしているわけでもない。

そう理解したからこそ、

「噂ではなく、万次郎自身の言葉を残したい」

という思いへ変わっています。

つまり、本を書くことは情報収集ではなく、

万次郎という一人の人間を守る行為

でもあります。


万次郎の変化

帰国直後の万次郎は、

「多くの人へ伝えたい」

という気持ちが強くありました。

しかし、話せば話すほど内容が変わる。

そのため、

「もう話さないほうがいいのではないか」

というところまで追い詰められていました。

そんな万次郎へ小龍は、

「話すのをやめるのではない」

「残し方を変える」

という新しい道を示します。

これは非常に大きな転換です。

万次郎は話すことを諦めるのではなく、

正しく残す方法

を見つけたことになります。


「書くのはわしじゃ」

小龍の、

「書くのは、わしじゃ」

という言葉にも意味があります。

小龍は自分を作者とは考えていません。

あくまで、

  • 聞く人
  • 整理する人
  • 記録する人

です。

主人公は最後まで万次郎です。

そのため、

「違うと思えば、直す」

という約束をします。

この一言によって、小龍は歴史を書き換える人ではなく、

歴史を預かる人

になります。


『漂巽紀略』への自然な流れ

史実では、河田小龍は万次郎から話を聞き、『漂巽紀略』をまとめました。

この作品では、その過程を、

一度会ってすぐ本を書くのではなく、

何日も話し、

信頼関係を築き、

噂の怖さを知り、

絵の限界を感じ、

その結果として本を提案した、

という形で描いています。

そのため、第61話の

「万次郎殿、これを本にせんか」

という言葉は、突然の思いつきではなく、小龍自身がたどり着いた必然になっています。


草の立場から見た意味

草にとっても、この本は重要です。

これまで草は、

口伝や人づてで情報を集めてきました。

しかし、万次郎の件を通して、

人の口だけでは情報は変質する

という事実を改めて認識します。

つまり、この本は万次郎個人のためだけではなく、

草にとっても

正確な情報を後世へ残す最初の試み

という意味を持っています。

これによって、草という組織も少しずつ進化していくことになります。