ローマの街に夜が降りた。
だが、暗闇は何ひとつ隠してはくれない。むしろ、昼よりも強く、目なき耳が研ぎ澄まされる時刻──。
烈馬たちは、宿に戻る道すがら、無言のまま歩を進めていた。
言葉にすることさえ、もう危うい。
街路に立つ衛兵、十字を切る修道女、扉の隙間から覗く目。
それらすべてが、静かなる敵に見えていた。
「……ついてきている」
霞が指先だけで小さな印を作る。
蓮は軽くうなずき、足を緩めて背後を伺った。
角を曲がった瞬間、烈馬の手が鞘に触れる。
夜の石畳に、微かな足音──規則的すぎる気配。
「二……いや、三人」
烈馬の目が、闇を貫く。
それは一瞬だった。
風が揺れたように、黒衣の影が前方から飛び込んできた。
「散れ!」
烈馬の声と同時に、霞が側壁を蹴って離脱し、蓮が小路へ身を投げる。
烈馬の太刀が火花を散らした。
刃の感触──軽い。敵は防御せず、ただ“刃を交える”ことに意味があるかのように襲ってくる。
(これは“警告”か)
第二の影が蓮を追うが、彼女は手元の香薬を地に落とし、煙を上げた。
短剣を手にした霞が、その隙を突いて影の脇腹を刺す。
血は流れない。──鎧下には、麻布と革。
「……“殺す”気はない。捕えるつもりだ」
霞の呟きに、烈馬はすぐに答える。
「連れていかれるわけにはいかない。ここは、もう限界だ」
敵の足音が増える。遠くから鐘の音。
あれは礼拝ではない。“警戒”を告げる合図。
「退くぞ!」
烈馬は蓮と霞を引き寄せ、小路を抜ける。
だが、ローマは迷宮だ。通りは網の目のように分かれ、逃げ道を狭めていく。
「そっちじゃない、こっち!」
蓮が裏手の門へ導く。修道院時代に覚えた“抜け道”だ。
石壁を越え、三人は外縁の森へ走り込む。
後ろからは追っ手の叫びと、馬のいななき。
やがて、森の奥、隠していた馬へとたどり着いた。
烈馬が短く息を整える。
「……見事な包囲だったな。完全に読まれていた」
霞が頷く。「接触も、宿も、館の招待も──すべて“把握済み”だったのね」
「彰馬が言葉を発せなかった理由が、ようやくわかった」
蓮が悲しげに呟く。「あの人は、すでに“見られている人間”だったのよ」
烈馬が馬に乗りながら言う。
「この都は、刃では斬れぬ。思想でも、毒でも、情報でもない。
“すべてを見て、聞き、記録する”という“構造”そのものが敵だ」
霞が問いかける。
「ローマを、諦めるの?」
烈馬は短く首を振った。
「いいや。……いずれ戻る。だが今は、“戦場”が違う」
馬の背で、蓮が地図を広げる。
「次は……スペイン?」
「いや。まずは、ポルトガルへ一度戻る。ミゲルと、戦いの軸を定める必要がある」
夜の闇が、ようやく烈馬たちを覆い隠してくれた。
静かに、ローマの背後に沈黙の刃を残し──草たちは、再び旅路に身を投じた。
▶『裏天正記』ヨーロッパ編 第12話「監視の街、刃は闇に舞う」をカクヨムで読む。
📖考察:「監視の街、刃は闇に舞う」──ローマという構造に抗えぬ草たち
1. ローマ=思想も刃も無力化される“構造の罠”
この章は、ヨーロッパ編でも特に象徴的なテーマ──
**「戦うことすら許されない街」**を描いた章です。
烈馬たちは、刃を交えることすら敵の“計画通り”だったと気づかされます。
殺しではなく“捕獲”される寸前だったこと。
すでにすべての動きが監視・記録され、抵抗さえ“消費”される構造に組み込まれていること。
これは、草にとって最も忌むべき支配形態です。
2. 篠原彰馬の「無力な沈黙」が映す現実
彰馬が烈馬に対して一言も発せず、「視線で拒絶」し続けた理由がここで明確になります。
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彼は、言葉を発した瞬間にすべてを失う
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彼の周囲には“耳”があり、“録”がある
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草の一人としてではなく、「見られる者」として沈黙を貫くしかなかった
この状況は、草の仲間ですら“声を使えない”という深い孤独と、
草同士の「沈黙による連携」の限界を描いています。
3. 草の“戦略的撤退”と思想戦の再定義
烈馬が下した「ローマ撤退」という決断は、敗北ではなく、
“思想で戦えない場所では思想を使わない”という再定義でもあります。
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ここは思想戦の舞台ではない
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ここは情報戦の舞台でもない
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“構造そのもの”が敵であるならば、それに抗するには別の策が必要
この章は、ヨーロッパ編の中で明確に次の段階──
「構造をどう崩すか」「どの地から浸食するか」への思考転換の起点になっています。
