声を出せば終わる──沈黙で抗う草と“音の監視者”【裏天正記・欧州編】 | ゆうがのブログ

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世の中辛いよね。なんで辛いのかその理由がわかれは少しは、楽になるかも。そんなブログです。
信じるか信じないかは、あなた次第です!

ローマ──永遠の都と呼ばれるその地に、烈馬たちは静かに足を踏み入れた。

石畳の路地、聖堂の影、神の名を記した旗が風に揺れる。
だが、目に映るものすべてが“見られている”という感覚を、烈馬はすぐに察した。

「……風が、止まっている」
霞が呟いた。「いや、“風のようなもの”が、我々を包んでる」

街の空気は、あまりに静かだった。
ざわめきも、喧噪も、どこか計算されたように整っていた。

  •  

到着から三日後、烈馬はついに、彼の姿を見た。
篠原彰馬──かつて草の中でも稀代の知略を持ち、宣教師の名で海外に潜伏した男。

バチカン近くの広場で、白い修道士の列の中にいた彼は、すれ違いざま、烈馬の方を一瞬だけ見た。
その目には、懐かしさも、安堵もなかった。ただひとつ、鋭く、はっきりとした“拒絶”の光。

──来るな。

言葉はなかった。だが、その視線がすべてを語っていた。

  •  

烈馬は直感した。
「……あれは、我々を避けているのではない。避けさせようとしている」

霞が眉を寄せる。

「つまり、彰馬の周囲に“何か”がある?」

「ああ、近づけば我々も巻き込まれる。……彼は、囚われている」

  •  

その夜、雪村蓮が調べ上げた情報が、一つの確信を与えた。

「ローマには、“言葉の密偵”と呼ばれる者がいるわ」
蓮は囁く。「目は見えず、耳と口だけを持つ修道士。神への祈りと称し、街の音を拾い、人を記録する」

「彰馬のそばにいた奴か」烈馬が応じた。「あれは、単なる付き人じゃなかった」

「あなたたちの声も、すでに“記録”されたかもしれない」

  •  

やがて、一行はある貴族から館への招待を受けた。
“東洋の賓客をもてなしたい”という名目だったが、烈馬の胸に走るのは警戒のみだった。

「この都では、善意ほど疑わしいものはない」
館の中、贅を尽くした食卓の横で、霞が短く記した“折り”が皿の下に滑り込む。

《動くな。耳が、ある。》

館には音がなかった。話す声がどこかぎこちなく、笑いも湿っていた。
「見られている」のではない、「聞かれている」のだ──この館ごと、都市そのものが耳だった。

  •  

招かれ、もてなされ、礼を言って、微笑んで出る。
それだけで、草は疲労困憊していた。

帰路の馬車の中、烈馬は小さく吐き捨てた。

「ここは、“自由な言葉”のない街だ」

霞はうなずき、言葉を返さなかった。

  •  

聖都──その名の下に統制された静寂。
烈馬の心には、彰馬の無言の拒絶と、その裏に潜む“見えざる檻”の姿が、焼きついていた。

彼を救うことはできるのか──
それとも、すでに“思想”ごと取り込まれてしまったのか。

夜のローマは、光と影の区別すらつかないほど、深い沈黙に覆われていた。


▶『裏天正記』ヨーロッパ編 第11話「聖都の影、声なき拒絶」をカクヨムで読む。

📖考察:「聖都の影、声なき拒絶」──沈黙こそ最大の情報戦

1. 声を出せない都市──ローマの異質な支配構造

この章では、ヨーロッパ編の中でも異彩を放つ「言葉の封じられた都市=ローマ」が描かれます。

ここでは、力でもなく、思想でもなく、「音(会話・告白・雑談)」がすべてを制御されています。
この構造は、他の都市での“思想戦”や“感情のゆらぎ”と異なり、極めて静かで冷徹な支配です。

  • 声に出せば記録される

  • 思想の代弁者は監視の仮面をかぶる

  • 表情・視線・筆記といった“音なき表現”のみが草の手段となる

烈馬たちは「武器」や「情報」すら使えない、かつてない不自由さと対峙しています。


2. 篠原彰馬の“拒絶”は、沈黙による最大の援護

この章で最も重要なのは、篠原彰馬の「無言の拒絶」です。

  • 言葉ではなく“目線”で「近づくな」と告げる

  • それは敵対ではなく、烈馬たちを守ろうとする意思の表れ

  • つまり、沈黙が“味方の証”になっている

ここで描かれるのは、言葉を使えない草たちが、いかに“非言語”で連携しうるかという可能性でもあります。


3. 「音」が敵になる社会=現代的な問題意識の反映

  • 館の中に仕掛けられた“耳”

  • 町中に潜む“目なき聴者”

  • 敵の武器は、刀でも罠でもなく「あなたの言葉」

これは、現代に通じる監視社会・盗聴社会・発言による社会制裁といった問題に重なる非常に現代的なテーマです。
まさに、草たちの行動が未来を映しているといえるでしょう。