金と真紅の装飾が張り巡らされたミゲル邸の大広間には、数十人の貴族たちが集い、宴の華やかさが満ちていた。
グラスの中で揺れる葡萄酒の深紅に、烈馬はただ静かに視線を落とす。
「レイ・カゲ殿。お前は、我々の世界に何を見た?」
ミゲルの声が、酒気の中で鋭く響いた。
周囲の会話が止まる。
烈馬はその言葉の意図を測りかね、口を開こうとする。
だが、次の瞬間──銃声。
広間の空気が凍りつく。
烈馬の肩口から血が散り、体がよろめいた。
「……ミゲル、貴様……」
そう言いかけた烈馬に向けて、二発目が放たれた。
今度は、背中。
その体がぐらつき、椅子を倒しながら崩れ落ちる。
悲鳴すら漏れない。
貴族たちは、恐怖とも興奮ともつかぬ表情でその光景を見つめていた。
床に伏した烈馬から、血がじわりと広がっていく。
ミゲルは無言のまま銃を下ろし、振り返った。
「不穏分子の排除に協力できたことを、我が一族の名誉とする」
彼の言葉に、控えていた召使いたちが一礼し、“遺体”を慎重に回収する。
その様子は、まるで儀式のように整然としていた。
その夜、ロンドンの新聞にはこう記された。
──「東洋よりの謀略者、貴族の宴で討たる」──
草の活動は完全に潰えたかに見えた。
それを見た霞は、ただ一言も発せず記事を読み、窓を閉ざした。
夜更けの静寂。
ひとつの館の扉が、音もなく閉じられる。
誰も知らない。
“死んだ男”が何を遺し、誰に託したのか。
ただ、空が白み始めた頃、ロンドンの片隅にて、
一人の老兵がぽつりと呟いた。
「嵐のような男だったな……まるで、風のように」
──それだけが、この夜を語る最後の言葉だった。
▶『裏天正記』ヨーロッパ編 第13話「貴族の夜、銃声の契り」をカクヨムで読む。
📖考察:「貴族の夜、銃声の契り」──草の終焉、あるいはただの断絶
1. 🔫烈馬の最期は、裏天正記の転機
貴族の宴という、もっとも華やかで冷ややかな舞台にて、
草の中核であった烈馬が“射殺”されるという結末は、物語全体に深い断絶をもたらします。
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東洋から海を越え、思想と刃で挑んだ烈馬
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“敵の中に入る”という危険な賭け
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その結末が、信頼していた同志の手による銃殺だった
この“沈黙の死”は、草の存在そのものに終止符が打たれたかのような印象を残します。
2. 🧊「死んだ者」によって止まる時計
烈馬の死後、ミゲル邸の空気は凍りつき、草の活動は沈黙する。
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霞はその場に立ち尽くす
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ミゲルは称賛と疑念を浴びながら沈黙する
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半蔵への通信は絶たれ、蓮は姿を消す
まるで、一人の死が全ての歯車を止めたかのような章末。
これまで熱と血で動いていた物語が、ここで一度“冷える”。
読者は「終わってしまったのか?」という、焦燥に近い虚無を抱くことになるでしょう。
3. 🔍「語られなかった何か」の気配
この章で重要なのは、“何が起こったか”ではなく、
“何が語られなかったか”です。
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ミゲルの言葉は曖昧で、説明を避ける
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烈馬の遺体に対する描写は最低限
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草の他の仲間たちの反応は描かれない
これにより、「烈馬は死んだ」という事実の周囲には、わずかな“靄”が残ります。
それはまだ“物語が終わっていない”という、無意識の違和感として読者の中に種を蒔くのです。
