夜の港は不気味なほど静まり返っていた。
船の軋む音も、人夫の叫びもない。ただ波と風のざわめきだけが耳に残る。
「……大規模な人買いがあると聞いたが、影も形もない」
烈馬は眉をひそめ、足を止めた。
解放者の一人が囁く。
「隠しているのでは……?」
そのときだった。烈馬の鼻をかすめる匂い――火薬。
「伏せろ!」
烈馬の叫びと同時に、闇が閃光で裂けた。
轟音。銃列の一斉射撃が倉庫街を揺るがした。
仲間の身体が火花を散らし、次々と倒れていく。
悲鳴。血の匂い。烈馬は歯を食いしばり、必死に仲間を引きずった。
「走れ! 散れ!」
ミゲルの声が響く。
烈馬は刀を抜き、敵の火縄兵に斬りかかった。だが次の瞬間、胸に灼ける衝撃。
銃弾が肉を裂き、背中を抜けた。
地面に崩れ落ちる。視界が赤に滲み、遠ざかっていく仲間の背が霞んだ。
「……俺のせいで……」
その呟きは血に溶けた。
ミゲルが駆け寄り、烈馬の身体を抱え上げる。
「死ぬな、烈馬! お前はまだ……!」
敵の足音が迫る。銃声が雨のように降る。
ミゲルは烈馬を背負ったまま、路地を駆け抜けた。
海が見える。
砦の灯火が赤々と揺れ、追撃の影が迫っていた。
「ここしかねぇ!」
ミゲルは叫ぶと、烈馬を背負ったまま波間へ飛び込んだ。
冷たい水が全身を包み込む。銃声は遠ざかり、潮騒だけが耳に響く。
烈馬の意識は闇に沈み、ただ背に感じるミゲルの力強い腕だけが、彼を現世につなぎとめていた。
その夜、港の倉庫は沈黙を保ったまま。
犠牲となった仲間の声だけが、烈馬の胸に焼き付いた。
考察:衝動の果てに残るもの
第六話は、烈馬の「炎を求める衝動」がついに現実となり、その代償として仲間の犠牲と自身の重傷を負う章です。物語的には第五話まで積み上げてきた烈馬の焦りと反発を、一度大きな「破局」として結実させる場面といえるでしょう。
烈馬は「小さな揺さぶりでは敵は揺らがない」と考え、大規模な人身売買を狙った作戦に踏み切りました。しかしその選択は、周到に仕組まれた罠に嵌る結果となりました。ここで強調されるのは、若さゆえの短慮と、それを狙い撃つ敵の狡猾さです。烈馬が「硝煙の匂い」に気づいた時点で、彼の忍びとしての成長は確かに芽生えているのですが、それでも遅すぎました。これは彼の能力の不足ではなく、「未熟な焦燥が判断を歪めた」という心理的な敗北です。
犠牲となった仲間たちは、烈馬の焦燥に巻き込まれた存在でもあり、また「烈馬の炎に共鳴した者」でもあります。つまり、彼はすでに周囲に影響を与えるカリスマ性を持ち始めており、その力が危うさと同時に可能性を示しています。仲間を失った痛みは、烈馬に「一人の衝動が多くの命を左右する」という現実を突き付けました。
また、この章でのミゲルの存在も見逃せません。彼は烈馬を背負い、命を賭して海に飛び込みました。これは烈馬にとって単なる救助ではなく、「異国の友が自分に未来を託した」という強烈な経験となります。烈馬の心に、この救いがどう刻まれるか――後の行動に影響を与えるはずです。
そして彰馬の立場。彼は作戦そのものに加わらず、烈馬の失敗を「草でなく炎となった結果」として受け止めるでしょう。烈馬にとって、この敗北は「草の論理」を理解する最大の契機となり、今後の成長を決定づけることになります。
第六話は、烈馬の衝動の破綻を描くことで、「草として生きる意味」を物語全体に強く印象づける回となりました。次話以降、烈馬は生死の狭間で「生き延びること」そのものが使命であると悟り始めます。ここから物語は、烈馬が真の“草”へと成長していく過程へと進んでいくのです。
