『裏天正記』ゴア編 第5話「炎を求める刃」 | ゆうがのブログ

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世の中辛いよね。なんで辛いのかその理由がわかれは少しは、楽になるかも。そんなブログです。
信じるか信じないかは、あなた次第です!

港を見下ろす丘に、烈馬はひとり立っていた。
 行き交う船は銀と香辛料を満載し、砦の大砲は陽光を浴びて黒々と光る。街路には兵と商人と聖職者が入り混じり、秩序は揺らいでいない。

「……小さな揺さぶりでは、この鎖は切れぬ」
 烈馬の吐息は熱を帯びていた。

 背後で、彰馬が足音もなく近づく。
「焦っているな」
「当然だ! 奴らはびくともしていない。倉庫を燃やし、船を沈めても、翌日には同じように人を売り買いしている!」
 烈馬は拳を握りしめた。

 彰馬は冷ややかに返す。
「草は根を張るものだ。一夜で樹になろうとするな」
「……草が目立たねば、誰もその存在に気づきはしない!」
 烈馬の言葉は、炎のように弾けた。

 そこへ按針が現れ、地図を広げる。
「港の心臓は大教会と総督館だ。確かにそこを狙えば大きな衝撃になるだろう」
 烈馬の目がぎらりと光る。
「ならば――」
「だが、一度の炎で帝国は退かぬ。むしろ報復は十倍、百倍となる」
 按針の声は静かであったが、その冷徹な響きは烈馬の胸を刺した。

 ミゲルが口を挟む。
「烈馬、お前は敵を滅ぼすために戦うのか? それとも人を救うために戦うのか?」
 烈馬は答えられなかった。

 夜、焚き火の灯りを囲んで、解放された者たちが語り合っていた。
 ある若者は烈馬の前に進み出て言う。
「俺はもう小さな揺さぶりじゃ満足できない。大きな戦を起こして奴らを怯えさせたい」
 別の男は首を振った。
「いや、俺は草の戦を選ぶ。小さな刃を重ね、長く生き延びる道を」

 仲間の間に裂け目が生まれた。
 烈馬の胸には、それが自らの叫びの反映であると突き刺さった。

 夜空を仰ぎ、烈馬は拳を固く握る。
「必ず……必ず、大きな炎を灯してみせる」

 その呟きは闇に溶けたが、彰馬の耳には確かに届いていた。
「烈馬……その炎は、お前自身をも焼き尽くすぞ」

 炎と草。
 その相克は、静かにしかし確かに、彼らの運命を裂き始めていた。


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🔍炎と草の相克

 

第五話は、烈馬の焦燥が頂点に達し、「草であること」と「炎になろうとする衝動」が真っ向から対立する章です。第四話までで烈馬は忍びとしての戦略――小さな揺さぶりの有効性――を学び始めました。しかし若さゆえに、「大きな一撃」で敵を屈服させたいという感情を抑えられません。この心理は、人が歴史的にも陥りやすい「短期的成果への渇望」を象徴しているといえるでしょう。

 ここで注目すべきは、三人の人物との対話です。

  • 彰馬は「草は根を張るもの」と諫め、忍びの理念を突き付ける。

  • 按針は冷徹に「一度の炎では帝国は退かぬ」と戦略的現実を告げる。

  • ミゲルは「人を救うためか、敵を滅ぼすためか」と烈馬の心の軸を問い直す。

 この三者三様の視点によって、烈馬の内面は揺さぶられます。しかし烈馬自身は「炎がなければ草は誰にも気づかれない」という独自の理屈を形にし始め、仲間たちの間にも「烈馬派」と「彰馬派」の裂け目が生まれていきます。この「分断」は小さな描写ですが、後に烈馬の無謀な行動が多くの犠牲を生む伏線となっています。

 また、この章では烈馬の叫びが「解放者たちの心を二分させる」という点が重要です。彼の焦燥は個人の問題ではなく、周囲をも巻き込む力を持ち始めています。つまり、烈馬はただの若者ではなく、カリスマの萌芽を秘めた存在であることがここで示されます。しかしそのカリスマは未熟であり、炎のように燃え上がると同時に、仲間をも焼き尽くしかねない危険を孕んでいます。

 第五話の意義は、烈馬が「草であることを拒む可能性」を初めて明確に示した点にあります。これは物語にとって緊張を高める仕掛けであり、読者に「この若者は果たして草となれるのか、それとも炎に飲まれて消えるのか」という問いを投げかける役割を果たしています。

 次の第六話では、この衝動が具体的な行動となり、烈馬自身と仲間に大きな代償をもたらす展開が待っています。第五話の最後に灯された「炎を求める誓い」が、果たして何を焼くのか――それを描くことで烈馬の成長と葛藤はさらに深まることになるでしょう。