倉庫の奥に灯された蝋燭が、四人の顔を照らしていた。烈馬は机に拳を叩きつけた。
「もう一度だ! 正面からぶつかれば、必ず……!」
声は震え、悔しさに滲んでいた。
按針は静かに地図を指で叩いた。
「軍勢に軍勢をぶつける愚を犯すな。彼らは列と火薬で守られている。我らの刃は届かぬ」
彰馬も頷いた。
「一度の勝ちに執着すれば、草は根ごと刈られる。小さく揺らせばいい。百度、千度、揺らせば必ず綻びは出る」
烈馬は歯を食いしばった。だがミゲルが肩に手を置き、言った。
「奴らの首を刎ねるより、奴らを眠らせる煙の方が効くときもある」
――そして夜。
影が港に忍び込み、火薬庫に火を放った。爆音が夜空を裂き、炎が闇を紅く染める。
別の晩には、補給船の錨を切り落とし、波間に流した。
倉庫に忍び込んで香辛料に火をつけると、甘い煙が空へ立ち昇った。
烈馬たちは神出鬼没に現れ、消えた。傭兵たちは追い詰められ、怒声を上げるばかり。
だが敵の支配は揺らぎこそすれ、崩れることはなかった。
「これでは……小さな傷しか与えられぬ」
烈馬は悔しげに呟いた。
その横で、彰馬は解放した奴隷の男を見やった。
黒い肌に傷跡を残したその男は、烈馬に深く頭を下げた。
「俺も戦う。自由をくれたあんたに、今度は俺の刃を返す」
また別の女は、涙を拭いながら言った。
「私は故郷に戻る。仲間を集め、この影の戦を広げる」
烈馬は目を見開いた。自分たちの小さな揺さぶりが、見えぬ場所で芽を出している。
だが胸の奥では、なおも焦燥が燃え続けていた。
「もっと……もっと大きな一撃を」
その呟きを、彰馬だけが聞き取っていた。
「烈馬……草は刃ではない。だが、お前の炎が消えるのを待つわけにもいかぬ」
蝋燭の炎が揺らめいた。
影の戦は始まったばかり。小さな火が、やがて大地を覆う炎となるか、それとも刈り取られるか――答えはまだ闇の中にあった。
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🔍考察:小さな揺さぶりが生む芽吹き
第四話は、烈馬たちが「正面からの武力戦では勝てない」という現実を受け入れ、戦略を再構築する転換点です。ここで初めて彼らは、忍びらしい戦い方――神出鬼没の撹乱戦術――を本格的に実行に移しました。
重要なのは、この章が「勝利の物語」ではなく、「限界を抱えた戦い」として描かれている点です。確かに烈馬たちは弾薬庫を爆破し、補給線を断ち、香辛料の倉庫を焼き払うことに成功しました。しかしそれは敵の大枠を崩すには至らず、烈馬は焦燥感を募らせていきます。ここに彼の若さと、短期的成果を求めてしまう人間的な弱さが浮き彫りになります。
一方で、彰馬は「百度、千度の揺さぶりが綻びを生む」と語り、草の戦い方を体現します。忍びにとって勝利とは「一撃で相手を倒すこと」ではなく、「相手の基盤をじわじわと腐食させること」です。この思想は現代のゲリラ戦、非対称戦争の概念にも重なり、歴史改変の物語である本作に現実味を与える仕掛けとなっています。
さらに、この回では「解放された者たちが戦いに加わる」という展開が加えられました。これは小さな成果の積み重ねが「拡散」していく様子を描いたもので、草の根の戦いが本当に草のように広がっていくことを示唆しています。烈馬たちの行動は大局を変えるには至らないが、確実に「次代を担う芽」を生みつつある。これこそが家康が“草”と名付けた意味の一端であり、物語後半への布石になります。
焦りと成果、敗北と芽吹き――相反する要素が同居していることが、第四話の最大の魅力です。烈馬はまだ完全には「草の論理」を飲み込めず、「もっと大きな一撃を」と願いますが、それこそが彼の人間らしさであり、また後の危うさにも繋がっていくでしょう。
