『裏天正記』マカオ編 第6話(梅之助編)「誤字の種」 | ゆうがのブログ

ゆうがのブログ

世の中辛いよね。なんで辛いのかその理由がわかれは少しは、楽になるかも。そんなブログです。
信じるか信じないかは、あなた次第です!

「静かに、そして深く潜れ。
墨の滲みは、時に刃よりも深く心を裂く」

かつて半蔵からそう教わった言葉が、今、梅之助の胸中で蘇っていた。

書写所の帳の向こう、霞が軽く顎をしゃくった。
その合図で、梅之助は筆と布を携え、静かに歩を進めた。

名前は「リカルド」。偽名。
役職は「補助筆耕生」。これも偽り。

だが、文字を綴る手の確かさだけは、紛れもない本物だった。

修道士の一人が紙束を差し出す。

「この“赦し”の語、現地語訳に違和感がある。
お前、異国の文も読めると聞いた。見てくれ」

梅之助は一礼し、紙面を覗き込んだ。
目に飛び込んできたのは、《perdão(赦し)》という単語と、
その下に翻訳された文字。

《服従》。

梅之助は眉を微かに動かし、筆を走らせた。

《赦しは罪の解放。命令の服従とは異なる》

その字を見た修道士は一瞬黙ったが、やがてこう呟いた。

「言葉は、神に通じる道であると同時に……迷路でもあるな」

その通りだ、と思った梅之助は、無言で微笑んだ。

その夜。梅之助は書写台の下に、紙片を一枚滑り込ませた。

そこには、小さな誤字。
ラテン語の句の中に、わずかな文字の違いで、
“愛”が“恐れ”へと転じる仕掛けが仕込まれていた。

ほんの僅かな改鼠。
だが、その一文が巡り巡って別の宣教師の説教に混じれば、
教義そのものを内側から蝕む毒となる。

梅之助は筆を置き、灯りを吹き消した。

「言葉を操る者が、信仰を操る。
信仰を操る者が、民を操る。
その文字に、影を刻めば……やがて敵は、己の言葉に溺れる」

月明かりが紙片に落ち、僅かな影を描いた。

▶ 『裏天正記』マカオ編 第6話(梅之助編)「誤字の種」をカクヨムで読む


📝考察:「筆の刃」――葛城 梅之助という思想戦の忍

梅之助の力は、物理的な力ではなく“誤情報”という武器にあります。
イエズス会の教義と翻訳に潜り込み、彼は「一文字の誤り」という形で思想の土台を蝕みはじめます。

この話では、「赦し=服従」といった翻訳操作の危うさを暴くと同時に、
草としての活動が単なる破壊ではなく、「敵の内部からの変質」を狙っている点が強調されています。

霞と梅之助――二人の草が組むことで、“思想の戦場”に踏み込む体制が整いました。