『裏天正記』国内編 第二話・前編:鎖すべき門、拓くべき影  | ゆうがのブログ

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江戸城西の丸。かつて家康が築いた静謐な書院に、四人の男たちが集った。幕府の重臣・井伊直政、本多正信、そして服部半蔵。そして異国から渡来し、家康の信任を受けた男、三浦按針(ウィリアム・アダムス)。

「半蔵殿、状況を」

井伊の一言で、半蔵は懐から数枚の書状を取り出す。火薬と海風に晒された紙には、影たちから寄せられた報が記されていた。

「南蛮貿易に紛れて、教えが町に根を下ろしております。商人、通訳、医師、僧……その姿と名は様々ですが、目的は一つ、心の奪取にございます」

本多が唇を引き結ぶ。

「長崎の教会も、京の宣教師の館も、口では交易、裏では信仰を広め、民の心を少しずつ離れさせている……」

そこに按針が口を開いた。

「諸君、諸国の船がただ交易を求めて海を越えるとお思いか?彼らは“神の旗”の下に、剣と十字架の両方を携えて参る。まず商人、次に宣教師、そして兵士。これが彼らのやり方だ」

静まり返る部屋。

「異国の港でそれを見て参った。マカオ、ゴア、マラッカ……いずれも同じ轍を踏んでおる。いま、日ノ本は岐路にある」

井伊が問う。

「ならば、どうすべきか」

按針は一枚の地図を広げる。日ノ本の周囲に赤で記された点――ルソン、マカオ、ゴア、そしてマラッカ。

「まず、外を閉じること。港を絞り、出島にて交易を制限せよ。だが、閉じるだけでは守りきれぬ」

半蔵が頷く。

「仰せの通り。ゆえに、影を潜ませる。中国の港町、インドの集落、果ては欧羅巴の地にまで、我らの目と耳を潜らせる。今後百年、二百年を見据えた構えにございます」

本多が小さく笑う。

「まさに日ノ本の“地中根”よな」

この会議ののち、幕府は鎖国政策に踏み切り、同時に服部半蔵に命じて影の草たちを内外に配置する「新たな影の網」を構築することを決定する。

(後編に続く)

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【考察:閉ざすことと、見つめ続けること】

この第二話・前編では、「鎖国政策」という日本史上の重大な分岐点と、その裏で進められた“影の外交”が交差する場面を描きました。

表向きには、異国の文化や宗教の流入を防ぐという名目で門戸を閉じることが幕府の決断でした。しかし本作ではその裏で、服部半蔵らが「外の世界」にむしろ深く目を凝らしていたことが描かれます。つまり、“鎖国”とはただの遮断ではなく、「内を守るために外を知る」戦略的選択でもあったのです。

とりわけ興味深いのは、三浦按針という“異国の者”の提言が、日本の防衛方針の礎となっている点です。異文化の理解者でありつつ、それがもたらす危機にも目を向けていた彼の存在は、単なる敵味方の二元論を越えた立場の象徴とも言えるでしょう。

また、「地中根」というキーワードは、これから先の物語の中心テーマ――“長期的視点に立つ影の存在”を象徴しています。百年、二百年後を見据え、海の向こうに根を張る。その構想のもとに育った草たちは、後にどのような運命に身を投じていくのか。

“開国”とは逆方向に向かう鎖国政策の陰で、逆に世界へと潜り込もうとする影たちの姿。このパラドックスが、日本という島国の特異な外交・諜報戦略の核心であり、本作の大きな見どころのひとつでもあります。

後編では、より具体的な拠点構築と「草」の運用計画、そして半蔵の構想がどのように実行へと移されていくのか――「守る」だけでなく「見透かす」ための戦いが、ついに本格始動します。