江戸の町に春の風が吹いていた。だが、半蔵の心には重たい澱が残っていた。
──あの日。御屋形様と交わした最後の言葉が、今なお耳に焼き付いて離れない。
「半蔵よ――国の礎とは、人の心にある。
いずれ民の心は、外より流れ込む“異なる価値”に揺さぶられよう。
わしが生きている間にも、その兆しは見えた。
……わしの死後、その“源”を追ってくれ。
影の者が、日ノ本の未来を守る鍵となろう。」
その時、家康の眼差しは深く遠くを見ていた。あれは、未来を託す目だった。
半蔵は誓った。
……民の心を取り戻すのに、“影”が必要とされているのか。
敵はすでに、“形なきもの”として潜んでおるやもしれぬ。
日々の旅の中、半蔵はかつての草の同志を訪ねた。
四国の山村では、宣教師が残した聖句が掛け軸となって今も壁に飾られ、
九州の城下町では、商家の奥座敷で密かに祈りが捧げられていた。
異国との交易が活発になる中、教会こそ姿を消したものの、
その教えは人々の言葉や暮らしに静かに浸透し始めていた。
市場では異国語が飛び交い、
「デウス様」という言葉を口にする子どもすらいた。
それは、かつて異国の信仰に侵されつつあった時代の亡霊のようだった。
半蔵はひとり、茶屋で静かに湯を啜った。
隣の客が、外国製の皿を自慢げに語るのを耳にしながら、
心の奥に冷たい火がともるのを感じた。
「これは、静かな戦だ。剣では斬れぬものとの。」
草の再招集を決意したのは、その晩のことだった。
風の便りを受け取る者たちが、再び影より集う時が来る。
▶ 『裏天正記』国内編 第一話:影は、今も地を這うをカクヨムで読む
【考察】
この国内編導入では、半蔵の視点から「見えない侵略」の実態と、それが文化や信仰を通して静かに人心へ入り込む過程を描いています。
重要なのは、かつてのように「刃を交える敵」ではなく、「日常の中に溶け込んだ価値観」が相手である点です。
それは宣教師や武力ではなく、“言葉”と“信仰”による内側からの浸食――つまり「文化侵食的な脅威」です。
「影は、今も地を這う」という副題は、表面上の平和とは裏腹に、水面下で静かに拡大する危機を暗示しています。
このシリーズは、まさにその「気づかれぬ脅威」にどう立ち向かうのかを描いていくことになります。
