教会――それは異国にあって、唯一静寂をもって人心を縛る建物だった。
草の一行は、夜陰に紛れ、マニラ旧市街の教会跡地に潜入していた。
宣教師たちが「学び舎」と呼ぶその場所は、子どもたちが集められ、言葉と歌と祈りを“教え込まれる”空間だった。
白壁の回廊には、淡く香のする蝋燭が灯されている。
部屋の奥では十数人の子どもたちが、ロウソクの火に照らされながら小声で復唱していた。
「サン・ペドロに祈りましょう……サンタ・マリア……」
「主に従いなさい。主に従えば、楽園が訪れます」
言葉の意味をわかっている者はいない。
だが、唱えることが“褒められること”だと、彼らは知っている。
草の一人・霞が息を呑んだ。
その中にいた、一人の少年に目を留めたのだ。
「……あれは、三河の侍の子だ」
「たしか、天正遣欧少年使節とともに一時期姿を消した、と……」
葛城が筆を走らせる。少年の髪型、肌の色、衣の裾の癖――
そのすべてが“倭”を物語っていた。だが、彼は祈っていた。異国の神に、従順に。
烈馬はその姿を見つめながら、ひとことだけ呟いた。
「……これは、斬れぬ」
葛城が応じる。「いや……だからこそ怖い」
言葉を奪われ、祈りを強いられ、
異国の名を与えられ、“倭”であることを忘れていく――。
それは、鉄砲も火薬も使わずに行われる“征服”だった。
「……心を染められた者を、我らは斬れぬ」
「だが、その教えを振るう者は、斬らねばならぬ」
烈馬が手の内に小さく折った紙を見つめる。
そこには、こう記されていた。
「影は、語らず。だが、忘れぬ。
心を染める者があらば、必ず影がそれを断つ」
灯が揺れる。誰かの声が、遠くで祈りを繰り返していた。
草たちは静かにその場を去った――声を発せず、気配を残さず。
▶ 裏天正記 第2章 第6話:神の教えと静かな侵略 をカクヨムで読む
📝考察:「征服」は火ではなく、言葉と祈りで行われる
この章で草たちが見たのは、「兵力ではなく信仰によって支配される倭の子供たち」の姿です。
■ なぜ“祈り”が脅威なのか?
子どもは、意味のない言葉でも繰り返せば覚える。
やがて、“意味がない”という疑問すら抱かず、“自分の言葉”としてそれを使いはじめる。
その瞬間、人は“支配される側”から“支配の一部”になってしまうのです。
■ かつての侍の子が「異国の神」を祈るということ
烈馬たちが出会った少年は、“名”を失い、“心”を染められた存在でした。
彼を斬ることはできない。だが、その心を染めた存在――
つまり、「教えをもって民族を征服する者」こそ、草が立ち向かうべき敵なのです。
■ 次回予告:訃報と覚悟の再燃(D-3話)
その頃、日本では徳川家康が床に伏し、静かに命を終えようとしていた。
長く続いた影の指揮官の退場は、草たちにとってひとつの転機となる。
次回、半蔵は密かに“第二の計”を動かし始める――。
