『裏天正記』第1章 第2話 :声なき祈り | ゆうがのブログ

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世の中辛いよね。なんで辛いのかその理由がわかれは少しは、楽になるかも。そんなブログです。
信じるか信じないかは、あなた次第です!

雨が降り出したのは、夕刻近くだった。
城内の廊下を歩く明智光秀は、音もなく水を吸う畳の匂いを感じ取っていた。

奥の部屋からは、かすかに唄のようなものが聞こえてくる。
それは、煕子の声だった。

「主よ、我らをお守りください。病なき日々と、平らかな夜を……」

異国の言葉に似た響き。
それが“祈り”だと理解するのに、時間はかからなかった。

「……その言葉、どこで覚えた?」

光秀が戸を開けると、煕子は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく笑った。

「神父様に教えていただきました。“オラショ”と呼ぶのだそうです」

「神父だと? お前は、宣教師と祈りを交わしていたのか」

「この世には、誰もが救われるべきだと……そう言われました。
私はただ、領民の幸せを願っただけ。あなたの戦も、同じでしょう?」

光秀は言葉を失った。

煕子は変わっていない。だが、内側に別の“信仰”が根を下ろしつつある
それは彼女を優しくし、同時に、遠ざけてもいた。

「煕子、お前は——誰のために祈っている?」

彼女は少し首を傾けたあと、静かに言った。

「あなたのため。民のため。そして……すべての“見えぬ人々”のため」

光秀は、濡れた庭に視線を投げた。
草の根に染み込む雨音が、耳に絡みついた。


【考察】祈りは救いか、侵略か?——明智煕子の信仰をめぐって


こんにちは。「裏天正記」第1章の第2話をご覧いただきありがとうございます。

今回のパートでは、光秀の妻・煕子が宣教師の教えを受け入れ、「祈る」ことで世界と関わり始める姿を描きました。


■ なぜ“祈り”が危ういのか?

煕子は決して悪人ではありません。
むしろ、善意のかたまりのような女性として描かれています。

しかし、宣教師の言葉を通じて「オラショ(祈りの言葉)」を覚え、
信仰という“目に見えないつながり”で異文化と心を結び始めたことで、
彼女は少しずつ光秀の手の届かない存在へと変わっていきます。

これは一種の精神的な“占領”です。


■ 現代に通じる“思想の浸透”とは?

このシーンでは、「武力ではなく信仰で人の心を変えていく過程」を表現しました。
異文化は、戦ではなく「善意」や「道徳」「救済」を通じて入ってきます。
そしてそれは、国家や家族という枠を越えて、人の“信じる軸”を変えてしまう。

実際、当時の宣教師たちは「救済の名のもとに忠誠心を崩す」戦略を持っていました。
それがやがて、政治的支配や経済的従属にまで繋がることを、光秀は直感的に感じ取っています。


■ 祈りは誰のためのものか?

煕子のセリフ「すべての見えぬ人々のため」は、
純粋な信仰と、宣教師の教義がすでに融合している証です。

それは、もはや“日本の武家の妻”という立場から逸れつつある兆し。
光秀にとって、その優しさが「脅威」にもなっていくのです。


■ 今後の展開に向けて

この段階で、煕子が明確に「人質」になったわけではありません。
しかし、この信仰がのちに“拘束”の道具となり、
光秀自身を動かす“鍵”になることは、読者の皆さんにも予感として伝わったかと思います。

次のパートでは、宣教師たちがさらに深く家族へ接触し、
光秀の家族が“静かに縛られていく”過程を描いていきます。

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