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トトブログ 巡礼記

時空を超えた自分との出会い

最近、毎日のように行ってるインド料理というか、カフェのような店のママが、温泉に行きたいって話してて、私も温泉行きたいなあという話をしてたら、海南市の介護付き老人ホームから一般開放した温泉が良かったというので、早速行ってみました。行ってみました、と言っても、実は行くまでに葛藤があったんですが、ここは身体を回復させること、自分を大事にすることを選択しました。


とはいえ、ついつい、神社仏閣を探してしまいます。近くにありそうなのは藤白神社でした。そこから上の岩峰寺も気になったので登って行くことにしました。


藤白神社は、驚くような御神木がいくつもあって、写真や動画だと伝わりにくいんですが、圧倒されます。それだけで来て良かったと思いました。ここは御神水もあるんですけど、その横あたりがエネルギーを集中させやすかったです。ただ、私が心惹かれたのは十一面観世音の上りでした。ただ、セコムに入ってる立派なお堂で、近づくと、電気が自動で着くタイプでした。そのお堂は熊野三山の本地仏が中央に並べられていました。

















藤白神社を一周してから、藤白坂を目指します。実は最初にここを通ったときはサラッと流してしまったんですが、十七丁のお地蔵さんが祀られていて、どれにも綺麗なお花が供えられていました。この看板を後で読み返すと、古いものは四体だけで、また後で祀り直したようです。素晴らしいです。


私は那智の熊野古道も歩きましたが、観光客がほぼいないからかもしれませんが、藤白坂の方が良かったな思いました。パワー自体は那智のところの方が強いかもしれませんが、信仰の現役感はこっちの方がありました。伝わりにくいですよね。ちなみに、こういう丁ごとのお地蔵さんとかは割と珍しくないのですが、設置されたのが新しいからか、本当に全部丁寧に祀られていたのは初めてでした。





























藤白神社を登り切ると、地蔵峰寺があります。お寺の横のトイレから少し上がって行くと、絶景が見えます。おそらく和歌の浦を眺めるにはここが最高のスポットだろうと思います。











右斜め奥が和歌の浦です。


目指した岩峰寺は、案内板にも掲載されていない、昭和とかに作られた新しいお寺でした。そして、ここは出張で誰もいらっしゃらなかったので、なんともという感じでした。ただ、この一帯、磐座ならぬ、まさに岩の峰で、パワフルで、道場に選ばれるのも納得ではあります。なので、特に写真はないです。


降りてきて有馬皇子のお墓に気が付きました。


実は、権現堂まで戻って来たら地元の方がなにか仏事をされていて、中でお詣りさせていただきました。仏像、素晴らしかった。


さらに面白いお話を伺いました。それは、なぜ熊野でここだけ神仏習合の仏像が残ったのかという話でした。要は、秀吉の紀州征伐のときに、地元の方たちが仏様を隠して守った経験があったので、廃仏毀釈の時も同じように地域の人たちが守って来た。このお堂はもとは中道寺のものだけど、古くなって、地元の人たちには建て替える資金もないので、所有権を神社に明け渡して、お堂を建て直した、ということでした。秀吉という権力者の侵攻を経験してたからこそ、明治政府の侵攻にも耐えたんですね。神社もそのときは必ずしも味方ではなかったのかもしれない。実は、あたかも藤白神社が熊野の神仏習合の伝統を守ら続けてる体でどれも説明されてるんですが、不自然なほど短く一行で廃仏毀釈の頃のことは書かれてるんですよね。たしかなことは、今に続く地域の人の信仰が、今なお仏様たちに力を与え続けているということです。


すっかり忘れてたけど、藤白神社は御祭神が饒速日命で、気になってたんだった!そのことについてはまったく掘り下げられてないです。



あ、ちなみに、温泉の泉質はとても良かったですよ!

賀茂社めぐりのあとはバスで晴明神社に向かいました。私はあんまり陰陽師に良い印象はないんですが、安倍晴明公の母君である葛の葉には関心を持っていて、阿倍王子神社の境内社葛之葉稲荷神社には何度も行ってますし、信田森にある葛葉稲荷神社や聖神社も行きました。また、セッションを受けたときにメッセージをくれたのも安倍晴明公だったので、なんとなく気にはなっていました。


ただ、晴明神社はこの時間に行ってもダメでした。いろんな人たちがたくさんいます。その中には、外国の方や日本の普通の方だけでなく、怪しい術を唱える人とそのファンみたいな集団もいて、若干引きながらお参りしました。次は朝一に行きたいです。







晴明神社とともに晴明公に関係するところとして、真如堂を目指しました。その前にささっと白峯神宮に寄りました。正直、割と新しい宮なので、そんなに期待せずに行ったのですが、良かったですね。特に潜龍大社は力のある龍神がいるなと感じました。ゆっくりお話しせずバタバタと数分で後にしたんですが、とてももったいなかったなと感じています。


ところで、白峯神宮の御祭神がなんとか天皇ということまでしか知らなかったんですが、今調べてみると、崇徳天皇なんですね。それでふと思い出したんですが、実は何年か前、祇園のあたりを歩いているときに、なんだここはというところがあって、確認したら、崇徳天皇御廟だったことがありました。


結果的に、三大怨霊と呼ばれる、道真、将門とともに、早良親王、崇徳天皇、それから最初の怨霊といわれる井上内親王、どなたともご縁ができました。今回は早良親王と崇徳天皇。この中で怨霊っぽいなー、怒ってるなーと感じたのは崇徳天皇御廟での崇徳天皇くらいでした。ただ今回、白峯神宮自体はそういう感じはなく、清麗なエネルギーでした。なんだろう、御廟に通りかかったのは夕方でしたので、時間帯も良くなかったのかもしれません。あの頃は身滌大祓とかも知らなかったしなー。他の存在はどれも禍々しい感じはなかったですね。


道真公は昔チャネリングが出来る人と会ったときに聞いてもらったのは、彼が太宰府に行ったのには、単なる左遷というだけでなく、スピリチュアルな使命があったからですよね、と確認したら答えはイエスでした。その意味を知るためには太宰府に行かないといけないんだけど、もう一年経ってしまった。。。ちなみに、メッセンジャーは私たちのやりとりの意味は分からず、本当に通達してくれただけです。簡単に言うと、私は古来から伝わる天神信仰をある意味、その時代(平安期のこです)にあわせてカスタマイズした形で、広めてそして残したんだと思ってるんです。


そう言えば、そのとき内容は忘れたんですが、道真公が短い言葉でメッセージというかアドバイス的なことをそのメッセンジャーさんにくれたんです。ただ、その人はその意味が分からなかったんですが、私には分かったので、それを説明したら、それであってたんです。道真さんになんで説明が短いのかと聞いたら、それで(その人ではなく)私が分かると思ったから、と言うので「もうちょっと丁寧に説明しようか」と言ったら、笑ってたそうです。あ、私も笑ってるのは分かりました。そんなこんなで、道真公に対しては、仲の良い友達だと思っています笑。







潜龍大社


白峯神宮の前からバスに乗ったのですが、間違えたバスに乗ったところ、運転手さんが次のバスに乗りなさいと親切にもおろしてくださいました。ありがとうございます。そして、京大正門前から吉田神社に向かいます。細かいことは分かりませんが、吉田神道の大本山ということだけは知っています。


吉田神社で気になったのは、山頂付近にある竹中稲荷神社の奥宮になってる竹釼稲荷神社でした。少し元気がなくなってる気がしたので、身滌大祓を唱えました。なんかここには来るべくしてきたと思います。菓祖神社や山蔭神社も良かったんですが、すごかったのは斎場所大元宮です。いわゆる参拝者のためのご祈祷ではなく、御勤めとしてのご祈祷の最中で、おー、そういうことかと思いました。まさに鎮護国家の神道版でした。こうやって今日も国家を守り続けてるんだなと感じました。



今宮社


拝殿


神楽岡社


若宮社


神龍社


竹中稲荷神社


竹釼稲荷神社


斎場所大元宮


吉田神社から真如堂に向かう途中、神楽岡宗忠神社がありました。ここはなんというか、ピリッと締まる威厳のある御神気で、驚きました。天照大神と黒住教の教祖黒住宗忠を祀っていました。黒住教の名前はもちろん知っていましたが、孝明天皇の唯一の勅願所であることも初めて知りました。黒住教って岡山に行ったときに小さな、くたびれた支所みたいなのは見たことあったんですが、ここまですごいとは衝撃です。









この日の最終目的地、真如堂にやって来ました。特別拝観されていると書かれていたのですが、私がここに着いたのが16時少し前で、この日は本当に終わりだったんですね。一瞬だけ覗かせていただきましたが、やはり改めて来ないとダメですね。


本堂はもうあきらめましたが、周辺は少しお参りできました。赤崎弁財天も強力な弁天様でした。そんなに知られてないかもしれないですが、もったいない。それから、新長谷寺の十一面観音様は驚くほど、長谷寺(奈良、鎌倉どちらもです)のエネルギーと同じでしたね。奈良の長谷寺は回廊とかはそこでしか味わえないですが、十一面観世音のエネルギーを浴びたい方は、こちらも良いと思いますよ。









赤崎弁財天


新長谷寺


吒枳尼眞天


そして、京阪に向かって歩きます。



遅い時間になったので、どうしようか迷ったんですが、空があまりにも神秘的で、聖護院門跡に立ち寄ってみました。写真はないですが、お不動様もパワフルでした。さすが本山修験宗の総本山だけはあります。







パート3は賀茂社より、手応えはなかったはずなんですが、書き出してみたら、意外とボリュームありましたね。いつもお付き合いいただきありがとうございます。


次回は藤白神社に行ったお話しです。

崇導神社から上賀茂神社まで、途中の神社に立ち寄りながら、向かっていきました。

 

まずは深泥池貴舩神社と勇身八幡宮に立ち寄りました。この二つは少し離れたところにはあるんですが、このあたり一帯がこの日は御神気にあふれていました。いずれも地域の方々に大事にされているところでした。深泥池貴舩神社のなかには役行者の像もありましたね。ここは街道筋にあって、貴船神社まで行くのが大変な人がここでお参りを済ませるという形で発展したところだったようです。まあ、今は貴船の本宮まで行くのもすぐ行けますからね。でもエネルギーは同じですね。勇身八幡宮は八幡宮というより、この後ろにあったお地蔵さんが力を持っていました。

 

 

 

 

 

 

拝殿を後ろから撮影。

 

秋葉神社も再建されたようです

 

住宅街の路地の一角に急に現れる勇身八幡宮。

 

幸神社。

 

そして、次は大田神社をめぐりました。大田神社は今でこそ上賀茂神社の摂社になっていますが、その創建は上賀茂神社よりも古いとのこと。ここも強力だけど、独特なエネルギーでした。私は出雲系と仏教系が混じり合ったイメージでしたね。御祭神は天細女命様でしたが、私はあまり今まで縁がなかったので、正直よく分からなかったです。ただ、ここが地主神だなというのは感じました。

 

 

拝殿

 

本殿

 

白髭神社

 

鎮守社

 

百大夫社

 

大田神社を後にして、上賀茂神社に向かうのですが、その前に横から二葉神社に向かいました。ちなみに、ここには上賀茂神社からも上がって来れます。ここの下の民家になってるところに元の神宮寺があったようで、ここは少し神仏混淆的な雰囲気もありました。特に神宮寺で祀られていた八大龍王も祀っているんですね。

 

 

上賀茂神社側から来る人はここまで降りて来ないんですが、ここのお稲荷さんは強力でしたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ここが強力な八大龍王を祀ってる場所です

 

上賀茂神社で印象に残ったのは、賀茂山口神社の前の渉渓園ですね。ここは神社の後ろから拝殿を通じて流れてくるエネルギーと、願い石、睦の木(ご神木)、それからきれいに整備された苔むす庭が調和していて、すごく力が強いです。そこから本殿に向かっていく道にある岩本神社もなかなかでした。ただ、全体的には、賀茂山口神社の後ろの森のところがすごくて、伊勢神宮遥拝所、須波神社、片山御子神社や、岩上のところでも感じました。岩上のご神事で蹲踞の姿勢で勅裁を受けるというのは面白かったですね。御本殿は特別参拝でなかまで行ったのですが、やはり、大人数だとなかなか集中できないですね。修行が足りないのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

賀茂山口神社

 

奈良神社

 

渉渓園

 

岩本神社

 

遥拝する場所というより、神職の方たちが神山に入っていく入り口だと思います。

 

 楼門

 

 須波神社

 

 片山御子神社

 

岩上

 

 遥拝所。伊勢神宮というけど、神山じゃないかな。

 

 棚尾神社

 

橋本神社

 

 奥が神山

 

 

 

本当は先にこちらの方が良かったですね。奥が梶田神社。瀬織津姫が御祭神。

 

改めて、賀茂二社と八瀬も歩いてみて、出雲の深い影響を感じました。そして、ここに関しては貴船からのエネルギー的な意味での影響も大きいと感じました。貴船も出雲の影響が強いですよね。

 

まだまだ分からないことが多いですが、そんなに深入りしなくても良いかなという気もしています。ここまではこの日は及第点だったんですが、この後は再訪必須、というか、予習編みたいになってしまいました。なので、もう一回分、京都が続きます。