実は8月10日にあびこ観音に行こうと思ったんですが、帰りに行ってみたい店が月曜、休みだったので、1日ずらしました。ちょうど四天王寺の千日参りもあいまって、良かったです。
四天王寺に行った話はこちら。
あびこ観音になぜ行こうと思ったのかというと、たまたま検索してるときに、縁起が出てきたんです。もちろん、なんせ自転車で15分くらいの近所なので、あびこ観音にはもう何度も行ったことがあるので、当然このホームページも何度も読んだことはあります。しかし、このタイミングでおーっとなったところがありました。
あびこ観音の始まりは、渡来人の信仰なんですね。そこから、欽明天皇が、聖徳太子が、力を添えたことで発展して行き、さらには聖武天皇の病気を治したことでも、より発展していきます。しかし、応仁の乱の戦禍を避けて観音様は高野山聖無動院に疎開されます。そして、この聖無動院の名跡を継承している寺院こそが先日、私が訪れていた金剛三昧院だったのです。この時点で正直、かなり驚きました。戦後まで長い間、真言宗山階派だったようです。
さらに、夢告により、観音様をお連れした快敬上人が、徳川家康の幼少期に面倒を見てくれた元武将の僧侶だったり、さらに真田軍から家康を匿ったり、と、そこで繋がる?って感じになっています。
高野山に一睡もせずに行ったときの話はこちらです。
さらにさらに、この快敬上人の息子が家康の息子の頼宣公に仕えていた!という繋がりまで。
そういえば、真言宗から独立した寺院としては、和歌山の紀三井寺が思い浮かびますが、戦後に宗派を離脱するというのは、等しく戦争の影響もあるのだろうなと思います。とはいえ、紀三井寺もあびこ観音も真言宗的な雰囲気が色濃く残っています。今日は修験っぽいなあと感じました。修法は引き継いでそうな気もしますよね。
実は紀三井寺の部分は家康公、頼宣公のところを書く前に書いていたのですが、紀三井寺も含めてガッツリ歩いていました。この和歌山を歩いた日は3回に分けて書きましたが、全部が繋がってますね。
本堂。
白龍池。ここの鯉は立派です。
山門
あびこ観音の中核はもちろん、本堂の聖観音。しかも本堂の裏手にはおそらく西国三十三所の観音様が祀られており、さらにパワーアップしています。ただ3つほどその間に立っている石の御社が何を祀っているのかは謎です。
この他には有名な護摩が行われる不動明王がいて、その他には白龍弁天、それから大日如来、不動明王、弘法大師と阿弥陀如来、聖武天皇、行基が祀られています。そのどこも強いんだけど、今日は私は観音様でした。
あびこ観音は、入ったところに見事な御神木が三本立っています。楠です。そこの横に不動堂が立っています。この辺りは修験の気が今日は強かったように思いました。私はそこから少し先に行った灯籠の前に立ち、般若心経と光明真言を唱えました。唱えているうちに、多宝塔のイメージが降りて来ました。このイメージがかつて大伽藍時代のものなのか、多宝塔的なエネルギーを降ろしたというとなのか、そこら辺は分かりません。
聖徳太子、聖武天皇、行基あたりは、何か近付いてる気がしますね。特に聖徳太子は、復習させられてる感が強いです。
*あびこ観音寺が正式名称なのは知ってるのですが、あびこ観音だけは日常的にあびこ観音と呼んでるので、その習慣のままの表記にしてあります。











