この記事は淡路島2からの続きです。
岩神寺・岩上神社→伊奘諾神宮→岩戸神社→千光寺→岡尾山大師堂・御嶽神社→諭鶴羽神社→諭鶴羽山頂→平和祈念塔→由良湊神社・金刀比羅神社・心蓮寺→伊勢久留麻神社→恵比須神社・岩樟神社→松帆恵比寿神社
千光寺を出て、沼島に行くフェリーの場所を一応、設定したんですが、とてもとても間に合いません。そこでナビはそのまま、直接、次の予定の諭鶴羽神社に向かうことにしました。ただ、その途中で、不意にミシェルさんたちが御神事していた御嶽神社に行ってみたいと思いました。友達に調べてもらうと、どうやらそんなに大きくルートを外れなくても、寄ることが出来そうです。こういうのは二人だとありがたいですね。
実はこの御嶽神社、下のところに大師堂があります。どこかの奥之院みたいなんですが、意外とちゃんとというか、しっかりしています。そして、現役感がすごいです。周りにはたくさんの仏像もあります。
役行者の前鬼、後鬼かな
十一面観世音かな?
お地蔵さん
ずらっと神像
動画の中では、拝殿の中にみなさんが入ってそのなかに書かれている神様の神像が祀られていることを地元の方が説明されていました(帰ってから見返して気が付きました)。十三柱の神様たちが掲げられています。
友人と私の感覚だと、ここは修験の人たちと地域の人たちが共同で作り出したものだと思います。友達とどちらからともなく、修験だね、うんそうですね、という感じで確認しました。
私がここで強く感じたのは、神様が先にありき、というよりは、人々の信仰がここを作ったということです。もちろん、そもそもなぜここを選んだのかということはあるでしょう。それにしても、信仰に信仰が重ねられている。それはときに修験であり、仏教でもあったのでしょう。ともかく、修行して霊力を持った人を中心に、この場所を作ったことであろうことは想像されます。
〇〇霊神という僧侶みたいな石像がいろんなところにありました。これは諭鶴羽神社の境内にもあったんですが、私は淡路島以外で今のところ見たことがありません。おそらく、淡路島で修行して霊力を得た、今風に言えば、スピリチュアルリーダー的な人だと思います。淡路島の信仰は、本州とも少し違う独特なもののような気はしています。もちろん、それが良いとか悪いとかいう話ではありません。
この御嶽神社と大師堂は、淡路島の南の要所になっているのだろうと思います。














