1988年アメリカ。スティーブン・フリアーズ監督作品。書簡文学の代表のひとつ、ラクロの「危険な関係」を映画化。まだ駆け出しのユマ・サーマンとキアヌ・リーブスがでているのも見どころのひとつだ。
18世紀はフランス革命前夜のフランス。英語しゃべってるけどね。かつて侯爵夫人(グレン・クローズ)を捨て別の女に走った伯爵が、いよいよ正式に若い妻を迎えるという。修道院を出たばかりの若い処女セシル(ユマ・サーマン)だ。愛情というよりはプライドを傷つけられ、いまだに根に持っている夫人は伯爵がセシルを選ぶ第一の要素を奪うべく、これまたかつての愛人である子爵(ジョン・マルコビッチ)にセシルを誘惑するようもちかける。伯爵が侯爵夫人を捨てて走った女は子爵の当時の愛人。お互い面目をつぶされたもの同士、喜んで依頼を引き受けると思っていた侯爵夫人だが、子爵は「簡単すぎて面白くない」と断る。それより自分はこれまた貞淑と美貌で名高い法院長夫人(ミシェル・ファイファー)を落とす計画があるのでそっちで忙しい。
「神や貞操や結婚の神聖を信じたままで、僕に身を任せてほしい。これこそ僕の名声を高める」。
それを聞いた夫人が言うことには、もしその計画が成功したら”ご褒美”をあげましょう、でも紙に書いた証拠(法院長夫人からの手紙)が必要です。
子爵がアテにならないと知った侯爵夫人は、セシルと年齢的にお似合いの騎士(キアヌ・リーブス)をけしかけ、あっという間に二人は恋に落ちる。しかし純情な二人の関係は一向に進展ぜず、侯爵夫人は苛立つ。一方子爵は、法院長夫人に自分の悪評を吹き込んだのがセシルの母親と知り、セシルを落とす決意をする。
冒頭は大勢の使用人にかしずかれ、おめかしと朝の準備に大手間をかける夫人と子爵の描写で始まる。羨ましいというよりはバカバカしい。当然だが原作当時より、より俯瞰的な視線で貴族という「しょーもない」ひとたちを描く制作側の視点が冒頭で示される。衣装はオスカー受賞が納得のゴージャスさ。ドレス等本当に凝っていて見応えがある。当時のフランス貴族ってほんとにこんなの着てたの? 布やレースの量がすごくて重そうでもあるけど。汚れたらどうするんだろう。貴族って社会のお荷物、と思う反面、こういう人種が文化を育てるというのがこの衣装でわかる。女優陣は出るたびに違うドレスを着ている印象なので、本当に見ごたえがある。
原作はフランス革命前夜とはいえ、貴族批判というよりは色恋の術数にふける背徳者・不信心者たちを描くのがテーマだ。もちろんこの映画のテーマもこっちがメイン。原作も映画も「悪の華」が主役のエンタテイメント作品だ。主役二人(グレン・クローズとマルコビッチ)の名優が静かな迫力を絶えず維持。あたしも50歳になってそれなりに人生経験積んだから、と「マディソン郡の橋」をみたら、イーストウッドがあまりに爺さんでげんなりして中途挫折したが、こっちはこの年齢になったからこそ20歳前の時とは違う見方で楽しめた。スリリングで面白い。主役二人が美男美女じゃないことが説得力があるパターンになっている。結婚詐欺の常習犯は美男美女でないことのほうが多い。二人ともいわずもがな、アクが強いのよ。学生時代にみたときは主演の二人が美貌でないのがちょっとひっかかったが、この年になるとこの二人の存在感たっぷりの怪演あってこそ、だ。
それにしても、若い頃遊びまくった伯爵やセシルの母親が中年以降になって反動のように貞淑に価値を見出すのもわかる気がする。禁忌があるからこそよけいに快楽に没入し、歳を経てその禁忌のほうの価値を改めて知る。そこにキリスト教という背景があってこその振れ幅ではあるけど、こういうのもこの歳になるとしみじみ理解できる。
長い小説を大衆向けに要領よくまとめた脚本は素晴らしいが(これまたオスカーの脚色賞受賞。端折り気味なのは文学作品を映画化する常)、一番の見どころはグレン・クローズの芝居かな。侯爵夫人を強く突き動かすのは傷つけられたプライドに対する復讐であり、色恋沙汰において他人を支配、コントロールしたい、しなくてはらないという欲求だ。もはや強迫観念に近い。性的な快楽や恋の高揚感はもはや二の次。そんな女性を貫禄たっぷりに演じきった彼女にオスカーあげないのもウソな気が。ノミネートされてはいるが、獲ったのは「告発の行方」のジョディ・フォスター。
大学の時、映画館で見て以来30年振りか。友人と当時の話をLINEでしていたら懐かしくなり、本を買いなおして読みだしたらやっぱり映画も見たいとなり、アマゾンプライムで300円払ってみた。300円はいいが、48時間が短い。ちょっと不測の用事ができたりするとあっという間に見る時間がなくなる。その日ジムには行かないし夫は飲み会だし、これならと見始めたら野暮用(かなり不愉快な)が入り、結局タイムリミットを気にしながら焦ってみるハメに陥った。そこまで忙しいわけじゃないけど、まとまった時間がとりにくい大人って多いはず。値段はそのままで、一週間は見られるようにしてほしい。BSとかWOWOWでやらないかな。録画してゆっくりリピできるのに。とりあえずネットでリクエストしておいた。
原作は180通弱の手紙で構成される書簡小説で、一日一通ペースで読んでいる。歩みは鈍いが、読み終わったら記事にしたい。ぶっちゃけ映画のほうは終盤かなり端折ってる感がある。開戦に踏み切った両者だが、先に仕掛けた侯爵夫人はあれだけのことをすれば同等以上にやり返され、そもそも評判の悪い子爵より自分のほうが大きな痛手を食らうとは考えなかったのか。そんなことも考えられないほど頭に血が上っていた、ということかもしれないけど、奸計に長けた悪女として何十年も社交界を生き抜いた侯爵夫人にしてはあまりに拙攻だ。策士策に溺れるの典型なんだろうか。結局夫人はある種の満足や刺激は常に求めているが、自分が「幸せ」になることなど目指していない。子爵は侯爵夫人にとってやはり最も特別な男(共犯者)であり、あれが彼女にとって生涯唯一、激高した痴話げんかだったのかもしれない。
※おばはん「マディソン郡」挫折の詳細↓
※同じくスティーブン・フリアーズ監督作品↓
