1972年公開の「ゴッドファーザー」から二年後の1974年に公開されたパート2。何十年ぶりかわからないが見てみた。内容はざっくりは憶えている。パート1は何度見たかわからないが、久しぶりにパート2、3を見て、なんでパート2、3を見返さないのか自分で改めて分かった。
 パート2は1901年9歳のビトー少年がシチリアから脱出し、移民としてアメリカに入国、”ファミリー”を始動し「故郷に錦を飾る」までと、1958年以降、二代目マイケルの家庭崩壊のストーリーが平行して語られる。
 とにかく長い。一作目制作の内幕を描いたドラマ「ジ・オファー」で長さでモメていたが結局長いほうが選択された(2時間57分)。パート2はそれがさらに伸びて3時間22分(インターミッションあり)。私は基本的には90分が映画一作の適正な長さだと思っている、集中力の続かないタイプだ。それが倍以上って。「ジ・オファー」では”悪役”ともいうべき親会社のバリーが「2時間にしろ、妥協して2時間半だ」と命令する。バリーのほうが私より許容範囲が広い。シチリアのシーンを切るのはないと私も思うし、パート1は稀有な傑作だったのでほぼ3時間も例外中の例外としてOKだ。「ジ・オファー」はパート1制作の話で終わっているけれど、パート2のときは三時間半にすんなりOKが出たのか? どうせ家で見るんだから、連ドラのつもりでこま切れに見ればいいじゃないか、といわれそうだが、メリハリに欠けているのかテンポも遅く感じる。普通の連ドラならもっとテンポが速いはずだ。
 そもそも長いにしても、なぜこんなに長さを感じるのか。話が分かりづらい。ビトーの部分はそうでもないが、マイケルのほうは新しい登場人物も多く関係も複雑で、その上カマをかけるようなセリフばかり。真意は何なのか、一回サラっとみただけだと、あたし程度の知能と集中力ではわからないシーンが多すぎる。新しい名前もほとんど説明なしにバンバン出てくるし、誰と誰がその時点でどういった対立関係にあるのか、いまのシーンで本当に描かれていることはなんなのか、そもそも何のシーンなのかいまいちつかめないまま話が進んでいく。そんなんでメリハリやテンポの良さを感じられるわけがない。キューバ革命も背景にしていて、その辺の知識もある程度ないと、映画で描かれているハバナの人たちの行動も、それに対するマイケルや大物ロスの言動も何を意味しているのか理解できない。
 ハバナのシーンだけ解説してみる。マイアミの大物ロス(実在モデルが存在)はキューバ政府(大統領)と太くつながっていて、反政府ゲリラを軽視しているが、ハバナに初めて?足を運んで現地の様子をみたマイケルは反政府軍を侮れないと判断している。ロスはかつてマイケルの父親(ビトー)とも仕事をしていたし、ベガスのモー・グリーンを可愛がっていた。モー・グリーンは第一作目のラストの一斉粛清で殺されている。パート2の冒頭でマイケル邸が襲撃されるが、マイケルはロスにあなたの指示によるものではないのか、とほのめかす。それに対しロスはモー・グリーン殺害がマイケルの指示によるものだと知っていると告げる。ここで体裁上は「仲間」だったはずの二人の対立が誤魔化しの余地なく表面化する。ちなみにベガスを作ったのは「バグジー」だよね? 昔ウォーレン・ベイティ主演の映画を見た。要はモー・グリーンのモデルがバグジー(ベンジャミン・シーゲル)だってことか。今回ようやく知った。
 話が逸れた。ロスはマイケルにキューバ大統領への投資(賄賂)として200万ドル用意するよう指示し、マイケルは大金を兄フレドに頼んでハバナまで持ってきてもらう。フレドはマイケルに尋ねる。

「(今マフィアの大物たちがハバナに一同に会しているが)俺の知り合いはいるか?」
「ロスに(その配下の)ジョニーがいるよ」

「会ったことはないな」
 ちなみに字幕(U-NEXT)では「知らないな」となっていたが、”I've never met them"と言っている。その世界にいるフレドが大物ロスを「知らない」のは不自然だ。字幕には制限が多いとはいえ、この字幕担当者はちゃんと作品を見ていない気がする。
 ハバナ大統領府での年越しパーティーにマイケルらは招かれる。そこでフレドはジョニー・オラと握手を交わす。「初めまして」と微笑むジョニーにフレドは特に言葉を返さない。一行はフレドの案内で卑猥なショー会場に足を運ぶ。酔いもあったのか、フレドはジョニーやロスと懇意であるからこの場所を知っていると口を滑らせる。
 マイケルの指示により、ミオがジョニーとロスの暗殺を実行する。ジョニーは始末できたが、ロスは医者や看護婦と同席していて手が出せない。ロスは病院に運ばれてしまう。いよいよ新年を迎えようと盛り上がるパーティーの最中にゲリラ組織は大統領官邸占拠を開始する。すぐさま大統領は辞任を表明。ハバナは大混乱に陥る。ロス暗殺を計画していたマイケルはそもそもハバナを去る手筈を整えていた。フレドにも一緒にプライベートジェットに乗るように促すが、内通に気づかれていたのを知ったフレドはマイケルに背を向けてその場を去る。
 ジョニーは冒頭のマイケル邸襲撃事件の後にフレドに電話をかけてきた人物だが、その時も声だけで顔は出ないし、本当に話がわかりにくい。これだけのくだりを理解するのにけっこう時間と手間がかかっている。前回見た時いったい私は何をみていたんだろうか。本当に大筋を「退屈だな~」と思いながらとりあえず見切ったんだろう。内容を理解するためにウィキペディア等ネットの記事を参考にしながら行きつ戻りつして二周した。この長いのをちょこちょこチェックを入れながら二周。暇人ならではだ。
 「ジ・オファー」で「その筋のひとたち」だけを集め、公開前に映画館を貸し切って「プレミア上映」をするくだりがある。自分たちを貶める内容なのではないかと半信半疑だった「その筋」の観客たちが、第一作目の「ゴッドファーザー」にのめり込み、最後はスタンディングオベーションで迎える。このドラマで私が最も好きなシーンだ。もしこのパート2でそれをやったら、大半は寝てしまうのではなかろうか。私ももろもろチェック済みで、先がわかっている二周目のほうが楽しめた。この長いのを調べ物をしながら二周しないと楽しめないってどうよ。パート1がエンタテイメント作品だとすると、パート2は文芸大作といったところか。分厚い文芸小説を苦労して読み切ったような手ごたえはある。
 ビトーを犯罪の世界に引き入れるのはクレメンザだ。クレメンザはパート1の太った男で、マイケルにミートボールのトマト煮から銃撃の方法まで教える。絨毯泥棒のあと急に三人組になっているが、あとから加わっているのがテシオ。ビトー(マーロン・ブランド)の葬儀のあとにバルジーニに内通して粛清される長身の男だ。この辺もパート1との関連はつかみにくい。
 パート2のビトーのエピソードではイタリア語が多く、英語の字幕が出る。最初の殺人(ファヌッチ殺し)のときビトー(デニーロ)はクレメンザとテシオに「俺に任せろ」と言った後、
”Just remember that I did you a favor. Is it a deal?"
 と言っているが「君たちには迷惑はかけんよ、どうだ?」と日本語字幕がつく。ちょっと違くない? 見ての通り、ここは「これから俺がお前たちにしてやることを忘れるな」と言っている。"Is it a deal?"も「どうだ?」なんて軽いものではなく「交渉成立か?」と尋ねているのだ。テシオはすぐに「わかった」といい、ビトーが乾杯を促すとすぐに応えるが、そもそもビトーをこの世界に引き入れたクレメンザはどちらかといえば自分がリーダーだと思っていただろうし、すぐには了承できず、ためらいがちに乾杯(同意)をする。ここは”コルレーネ”ファミリー誕生の発端になる重要なシーンなのに、この字幕がそれを意識しているとは思えない。試しに吹替版をその部分だけ見てみた。
「君らのためにやるんだってことを忘れないでくれ? どうだ?」
 字幕よりは伝わるが、ベストではない気も。こんな有名な作品の字幕担当者にはしっかり作品を理解して臨んでほしかったが、そもそも作品がわかりずらいというのはある。
 「ジ・オファー」を見終わってからパート2をみたのち、また第一作目を見てしまいました。やっぱりこっちのが「面白い」のよね。登場人物は多くても人物関係も話もわかりやすい。よってメリハリもあってテンポもいい。デニーロがいまいちなわけではないが、改めてブランドの存在感が際立つ。「ジ・オファー」でコッポラらがどうしてもブランドだと頑張ったのに納得だ。アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロと並びない名優だが、ドン・コルレオーネとして圧倒的な存在感を放っているのがブランドだと三本見て再認識した。