いつか思い出となる刻 -4ページ目

いつか思い出となる刻

大学4年生なう。

学生として過ごす残りの10ヵ月の軌跡をここに記す。
10ヶ月後、このページを見たときに充実していた日々を感じられるように・・・

夕立ちを警戒し、今日は外出するのを控えてしまいました。


でも、それはよく考えればそれを理由にしただけで、根本的な理由は起きるのが遅かったために、


行く気分にならなかったことが要因だったに違いない。


そんなこんなで今日は1時間しか雨が降らず、ほぼいい天気だった・・・という事実は今となっては結果論ですね。


今日という一日は、充電の一日。


そう割り切って明日(今日)こそは、外に出て、思いっきりタイヨウから元気をもらってきます!

温かい日が続いたと思ったら、突然の雨。


夏がそこまで来たかと思ったら、その前に梅雨がやってくるのを再確認させられるそんな一日でした。

天気予報ではどのチャンネルでも夕方から雨が降ると言っていたにもかかわらず、私は傘を持たずに外出しました。結果、今日の帰り道は雨のシャワーを浴びることとなったので、天気予報をもう少し信頼してあげることにします!


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サークルの集まりに行ったとき、自分が就職活動を終えたことが言わずとも知られていました。


それまで私は、人から聞かれるまでは特に言う必要のないものだと思っていたので、偶然聞いてきた数名の後輩を除けばだれにも言っていませんでした。

とりわけ、同期で頑張っている人もいるので、ペースを乱してしまっても嫌だというのが大きな理由です。


数人だけに言ったはずなのに、数人の数倍の数の人が私の話を知っていました。

別に広まることが嫌なのではなく、情報の浸透する速さという点に驚いている次第です。


しかし、それだけ広がったということは、その話に周囲が興味を持っていた可能性があったということ。

そして、振り返れば自分も先輩の進路の行方には興味があったということ。

要するに、良くも悪くも、知人の人生の行方というものには、興味を持つ確率が高いということがわかりました。


ただ、気になることはドコでどんな仕事をするというよりは、現在の状況と、企業名を聞いてくるといった、表面的な部分に関してしか興味が行っていないという点です。

彼らに悪気はないのですが、こういう場面を見ると自分が就職活動の前半期にミーハーな選び方をしていたことや、大手にだけ固執している就活生のことを思い出します。大切なのは、内定の数、知名度、終了した時期ではなく、どんな意図をもって、どんな活躍を夢見てその仕事を選んだかだと思います。こういった点で、どんなリアクションをされてもここに胸を張っている人ならば、きっと後ろめたさは感じることはないのだと思います。

そして、それが語れる人はその企業としっかりマッチしているということになっているということなのだと私は認識しています。


ゆえに私は、努力の結果だけを見るのではなく、努力の過程まで汲み取れるような人間になりたいと思います。

(なんか、面接の1フレーズみたいだな。。)


◇◆◇◆◇

今日は涼しい風と、少し強い日差しがうまくコラボレーションしていて、いい天気!


2ヵ月振りに参加した授業も、2ヵ月振りに再会した友も、どちらも相も変わらず。

しばらく会っていないと、話す話題も時間軸もぐちゃぐちゃで、何処までの話を共有できているのか戸惑いますね。


こんな時代でも、みんながそれぞれ楽しそうに日常を送っているようで感心しました。

それが本心なのかどうかはわからないけど、少なくともその場にいるときは笑顔で居られる。

そんな環境、居場所ってとても大切なんだな~って思いました。


大学の後、バイトの仲間たちと軽くお茶をしたんですが、その時にひとつだけ今でも引っかかることがあります。


「悩みがあったら、遠慮せずにいっていいんだよ?」


この言葉にはいつも困ってしまいます。

自分は悩みがないと言い張れば、かえってそれが相手に強がっているように映り。


逆になにか悩みごとをあらさがしして打ち明けたところで、それはあらさがしして出てきたものだから自分にとってはあまり悩みでは無かったり。


いつも明るく元気にが取り柄だと思っているから、本当に悩んだ時でないときっと悩みって出てこないんだと思う。


でも、そういう規模の悩みごとは、誰かに話してもどうにもならない問題ばかりなのだと自分でわかっているから、結局胸の奥にしまっていつかは忘れていくものなのです。