情報の独り歩き。 | いつか思い出となる刻

いつか思い出となる刻

大学4年生なう。

学生として過ごす残りの10ヵ月の軌跡をここに記す。
10ヶ月後、このページを見たときに充実していた日々を感じられるように・・・

温かい日が続いたと思ったら、突然の雨。


夏がそこまで来たかと思ったら、その前に梅雨がやってくるのを再確認させられるそんな一日でした。

天気予報ではどのチャンネルでも夕方から雨が降ると言っていたにもかかわらず、私は傘を持たずに外出しました。結果、今日の帰り道は雨のシャワーを浴びることとなったので、天気予報をもう少し信頼してあげることにします!


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サークルの集まりに行ったとき、自分が就職活動を終えたことが言わずとも知られていました。


それまで私は、人から聞かれるまでは特に言う必要のないものだと思っていたので、偶然聞いてきた数名の後輩を除けばだれにも言っていませんでした。

とりわけ、同期で頑張っている人もいるので、ペースを乱してしまっても嫌だというのが大きな理由です。


数人だけに言ったはずなのに、数人の数倍の数の人が私の話を知っていました。

別に広まることが嫌なのではなく、情報の浸透する速さという点に驚いている次第です。


しかし、それだけ広がったということは、その話に周囲が興味を持っていた可能性があったということ。

そして、振り返れば自分も先輩の進路の行方には興味があったということ。

要するに、良くも悪くも、知人の人生の行方というものには、興味を持つ確率が高いということがわかりました。


ただ、気になることはドコでどんな仕事をするというよりは、現在の状況と、企業名を聞いてくるといった、表面的な部分に関してしか興味が行っていないという点です。

彼らに悪気はないのですが、こういう場面を見ると自分が就職活動の前半期にミーハーな選び方をしていたことや、大手にだけ固執している就活生のことを思い出します。大切なのは、内定の数、知名度、終了した時期ではなく、どんな意図をもって、どんな活躍を夢見てその仕事を選んだかだと思います。こういった点で、どんなリアクションをされてもここに胸を張っている人ならば、きっと後ろめたさは感じることはないのだと思います。

そして、それが語れる人はその企業としっかりマッチしているということになっているということなのだと私は認識しています。


ゆえに私は、努力の結果だけを見るのではなく、努力の過程まで汲み取れるような人間になりたいと思います。

(なんか、面接の1フレーズみたいだな。。)


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