妄想トレイン -12ページ目

妄想トレイン

科学では説明しきれない人間の無限の欲望を惜しみなくさらけ出す赤裸々ブログを、こっそり始めました。

全く男というヤツは、

イキっちゃう生き物だな。

一度小藪にめちゃめちゃにされてしまえばいいのに!

とか思う。


息子たちや、私も含め、

本人だって、

結婚してからというもの特に、

旦那の両親にはものすごーくものすごーく、

私的には頭が上がらないほどに

大変お世話になっているというのに、

滅多に何かを頼んでも来ないそんな人たちのお願いを、

「無理!」

とか言い放つ旦那にムカついて仕方ない。


あれはイキってんだぜ。

母ちゃんに向かってイキってんだよ。

情けない。

四十にもなろうという男が、

「無理!」

ってなんだ?

「大変申し訳ありませんが、出来ません。

お役に立てず、すみません。」

でしょう!!!


あいつはやっぱりバカだ。

親が死んだとき、

いろいろ後悔して泣いたって、

オマエなんかに同情しねえよ。

こういうヤツってホント、

心から大量の反吐が出る。


こういう奴に限って、

いつまでもいつまでも後悔して、

泣きわめいて、

ズルズル引きずって、

クラーイ顔して、

周りに迷惑かけるんだ。


ああ、楽しみだ。

お前がそうなる姿を見る日が楽しみだ。

絶対傍に居てやらない。

勝手に一人、

ドブの底の方に沈んでおけ。


お前なんぞに、息子たちの教育させないよ。

こんなバカな父親もって、

子ども達が気の毒だ。

反面教師には申し分ないけどな!


クソみたいな男だ。


いや、まさにクソだね。

君はクソだよ。










昨夜、いとこと酒を飲んだ。

私の中では、

彼女はすごーく年下で、

まさか焼き鳥屋で

ともに生ビールを飲むことになろうとは・・・。


でも、年が離れてても、

30過ぎればみな同じ。

男性経験も、

人生経験も、

そう変わりはない。


警察のご厄介になるようなことを

避けて生きているならば、

だいたい同じような道。


ただ違うのは、

彼女の父は他界してるということ。

つまりは私の叔父さん。


彼女に個人的にお誘いを受けるのは

初めて。

いや、一回上海に行かないかと言われたような・・・

でも、

「飲みにいこう!」

なんて言ってくれてうれしかった。


でも、私は分かってた。

泣きたいんだろうなって

思ってた。


案の定、

居酒屋のカウンターに座り

五分も経たぬうちに泣き始めた。


普段はこの上なく明るい子。

だから家族の前で

思いっきり泣けなかったんじゃないかと思う。


友達に向かって泣くのもアレだし、

旦那に向かって泣くのもナニだし、

そう考えると、

同じ血が流れているいとこの私が丁度いい。


叔父さんの話をしながら、

二人でボロボロ泣いた。

泣きながら笑ったり、

笑いながら泣いたり、

飲んで食べてシッコして、

ある意味本能丸出し。


カウンター越しの店員たちは

ちょっと引いてたかもしれない。


でも、

泣かせてやろう

連絡があった時から

そう思ってた。


彼女はいっぱい泣いてた。

彼女が泣けば泣くほど、

私は安堵する。


涙がこぼれる分だけ、

苦しみと悲しみを受け入れることができるから。

消化するには、

まず吸収しなくちゃいけない。

無理にごまかしたり、

考えないようにしたり、

忘れようとしたりすると、

身体の信号がおかしくなる。


彼女が私を利用して、

全力で父の死を吸収しようとする姿が、

逞しく思えた。

前々から思ってたけど、

気持ちのイイ子だなあって

思った。


こんな風に育ったのって、

叔父さんの力だと思う。

おばちゃんの力もあると思うけど、

叔父さんはこんな娘を誇らしく思うだろうな。

つまりは

叔父さんの子育ては大成功。


やるな!おじちゃん!




やっと終わった・・・。


幼稚園のデッカイイベントが終わった。



携帯の歩数計に、

13000以上の数値が出ることも初めて。


頑張った!

オレ!ちょーがんばった!


今までの人生で、

緊張で吐き気がすることはあったけど、

動きすぎて吐き気がした。

心臓がバクバクしすぎて

吐きそうだった。


でももうなんでもいい!

終わったからいいの!


会長って、

きっとどこの会長も大変なんだよ。

小さい規模でも

大きい規模でも

めんどくせーし、

煩わしいし、

なんかしらんがたぶん、

上手くいってもいかなくても、

全部責任のっかってくるし、

ある意味、

ギャンブルみたい。

ゴー!

を出すのも、

ストップ!

かけるのも、

全部、

根拠なんてちっともないけど、

会長が決めなくちゃいけないし、

スゲー必死にやってるのに、

それに不満を感じられちゃったりして、

踏んだり蹴ったりだよ。


達成感というよりは、

疲労感、脱力感。


もう二度とやりたくねー!バカヤロー!



そんな気分で挑んだ次の日の飲み会。


あたしは壊れた。


泥まみれになって帰ってきた私を、

タオルで拭いて、

寝かしてくれた夫。


久しぶりーに

感謝した。



いろんな夫婦のカタチってあると思うけど、

普通に

「旦那さんのこと好きです」

って言えるってことが、

純粋にうらやましい。


私は今、

旦那のこと好きでも嫌いでもない。


嫌いな方がまだいいと思う。

好きでも嫌いでもないってことは

末期症状だもんね。


他人の誰よりも一緒にいることになる相手、

せっかくなら好きでいたい。

もしくは嫌いなほど興味を持ちたい。


でも無理だ。


僻みとかじゃなくて、

ほんとに羨ましいなあって

思った。



女って、

どんなになんでもできる人でもやっぱり、

守られたい

とか

思う生き物なのかもしれない。


子どもを産みたくなるのと一緒で、

本能というのか・・・。


それなのに妙に強くなっちゃって、

本能と逆走する理性に

自分で勝手に息苦しくなって、

結婚する気になれなくなるのかもしれない。


いっそ女の賃金をすーっごく安くして、

かわりに男は無条件に女の五倍くらい高くなって、

「こりゃ働く男のそばで生きる方が楽だわ」

ってことになって、

男の給料で十分に暮らせる環境に身を置いて、

「男のそばにいれるのってありがたいなあ」

なんて思いだして、

「それなら早くどっかの男と結婚したいわあ」

ってなって、

「私が働いてもどうせ給料安いし、

あなたに守ってもらいながら家で子育てに専念するわ」

ってなれば、

本能も満足するし、

私だって旦那のこと自動的に好きになるかもしれない。


子どもを産んで、

溢れる母性のもとに子どもを育てなきゃいけない女は、

やっぱり外で働くべきじゃないのかもしれない。


男が、

「誰が食わせてやってると思ってるんだ!」

なんて言ったりしなければ、

女は自分が家のこと以外何もできない人間だなんて思わない。


「だってあんた男でしょ? 

男だから給料いいだけでしょ?

あんたがすごいから私より給料がいいわけじゃなくて、

チンコがあるから給料いいだけなんだからね?」


ってことで、

納得できると思う。


でも男ってバカだからなぁ。


「俺が応援したから勝った!」

とか平気で思う人種だもんなあ。



どうしようもないな。










幼稚園の大きなイベントの一つが終わった。

来週のイベントはもっともっと大変になると思うけど、

それでも一つ終わったこの安堵感と疲労感は半端ない。


一日中頭を駆け巡らせながら、

会場を駆け巡って、

それでも笑顔を振りまいて、

「子どもたちのためにがんばってますう~」

みたいなフリして、

終わった帰り道、

「抱っこしてえ~」

と甘える息子に、

「うるさい!さっさと前見て歩け!」

と怒鳴る私。

なんだか本末転倒というのかなんなのか・・・。


ある種の精神分離症じゃないかと自分で自分に首をかしげる。


私にとって子どもってなんなのか。

子どものために必死になればなるほど、

よくわからなくなる。


テレビでオカマの芸能人や独身の芸人が、

公共の場で見るガキどもの言動に、

容赦なく不満をぶつけ、

その親を批判する。



できれば私もその立場になって、

思う存分悪態をつきたいと思う時もある。


でも、


その時はたまたまもう怒る気力もなくて、

つい子どもを放置してしまったのかもしれない。


育児に追われ、

久しぶりにやっと親友と会えて、

つい子どもそっちのけで話に夢中になっていたかもしれない。


公園に来て、

子どもが砂場で夢中になってくれて、

やっと少しベンチに座ってゆっくりできて、

溜まっていたメールの返信があって、

つい子どもから目を離して

携帯電話をポチポチやってたのかもしれない。


そんな、

ちょっと道行く人には決して見えない事実が分かるから、

何のためらいもなく誰かを批判することができなくなってきた。


批判できるとするなら、

自分のことだけ。

自分の事情は自分が一番よくわかるから、

言い訳できない事柄も、

自分が一番よくわかってる。


だけど、

幼稚園でせかせか動き回って頑張っている私を見て、

周りの人はきっと、

「あのお母さんは子どものためにあんなに必死になって、

いいお母さんね」

などと思っている人もいたかもしれないけど、

私は決して子どもために頑張っているわけじゃないっていうことを、

私が一番よくわかってるから、

褒められると、

ものすごーく嫌な気分になる。


すごーく頑張ってるのに、

結局すごーく嫌な気分になっている自分。


これこそ本末転倒。


一体なんの意味があるっていうんだ。




子どものこと悪く書いたら、

最低の事態が起きた。


何度も「気を付けてよ!」って言ってた矢先に

息子がパソコンキーの上に

ザバーッとコーヒーカップを倒してくれやがった。

子どもが生まれてから、

これ以上ないってくらい発狂する私。

大切な資料とか、その他もろもろの大切なものが、

一瞬にして消えたショックで、

思わず泣き叫んだ。


ビビる長男。


何度も泣きながら謝ってくるけど、

許せない。


ガキのこういうところが本当に許せない。

私だって昔はガキだったけど、

だからって許せない。

わが子でも、

許せない。

器がちっちゃいなーと思いながらも、

一時間たっても全然許せなかった。


一日半経って、

息子の貯金から新しいパソコンを買ったら、

やっと気持ちが落ち着いた。


こういうところ、

やっぱり譲れない。

ああ、私はそういう人間なんだ・・・って、

知ってたけど確信した。

こうやって文章にして読み返すと

、「最悪やな、オマエ」 って思うけど、

しょうがないんです。

だって気持ちが切り替えられないんだもの。


実は今もまだちょっとムカついている。

私の怒りとショックはゼロになっていない。

私だって早く忘れて、

心から息子を愛しいと思いたい。


でも息子が違う方向を見ているとき、

ヤツをこっそり睨んでいる私がいる。



ああ、恐ろしい。

こんな親、

いるよね?

本当は。



最近のアイドルはよく踊るなぁと感心しながらテレビを消す。

歌詞にも共感しないし、

声質も気持ち良いわけじゃない。

感心するのはただただよく踊るなぁってことのみになった。

私だって昔は南野陽子が好きだったしウィンクも唄った。

でもやはりいつしかアイドル達からは興味がなくなる。


ここ何年かは、

昔聞いてたCDを掘り返してグルグルと聴く。


今日は久しぶりにボ・ガンボスの曲をカバーをしたCDを聴いた。

誰だか分からんが、だみ声で唄う女の声が心地いい。

ゴーゴーとひたすらと唄うヒロトの声に興奮する。

美しいものよりも、

汚れて揉まれて泥臭い生命力を感じるものに耳が行く。


今の私には致し方ない。

いたしかたない ってこう書くんだと今知った。

これもまたイタシカタナイ。


なんだか今日は特に、生きる事を放棄したくなった。

子供たちがうるさくて厄介で面倒くさいものに見えて仕方なかった。

時々こうなる。

多分、排卵前だから。

イライラする。

やけくそになる。

ガラスをぶち破りたくなる。


それでも理性をなんとか保ち、

子供達に笑顔を見せる。


ウソまみれの笑顔。


「子どもは親を選んで生まれて来た」

なんてクソみたいな戯言をいう大人をぶっ飛ばしたくなる。

「生きる上で一番大切なことは”あいさつ”です」

とかいうオッペケペーなつまらない大人を頭突きしたくなる。

「こんなことしちゃ人に迷惑だからだめよ」

なんて母親ぶって子どもを諭す自分が気持ち悪くなる。


子どもに本性をみせたら、

子どもの人生を狂わすことになるのだろうか。

大人への不信感で非行に走っちゃうのだろうか。


それは困る。


どうして困るのかの本当の意味を知ってしまったら、

きっと私を軽蔑する。



結局私は、私が軽蔑されない様に必死に生きている。

なんともバカバカしい。

一体どういうつもりなんだ。

今日を生きて、明日も生きる。

誰からも軽蔑されない様に必死に頑張って笑顔を見せて。

バカバカしい。



あー、

相当きとるな、これは。













なんだかんだでふと気付けば、

幼稚園のPTA会長などになって2ヶ月ちょっと。

7月のイベントに向けて、

日々がめくるめいちゃっている。


典型的なB型女の私が、

人生で初めてA型に間違われるという事実により、

己の頑張りが身にしみてわかった。

えらいぞ、オレ。



それにしたって頭が忙しい。

あれもこれもそれもと考えているうちに

”あれ”から順に消えて行く。

マックス2個のことしか覚えられない。

仕事もそっちのけで、

家賃があったら間違いなく潰れてる。


相変わらずギリギリの人生。

人生修業のピークだと信じて生きる。



と友人に愚痴ろうと思ったら、

「私、ちょっとインドに行ってきてもいいかなって

気付いたら旦那に言ってた」

と告白された。

前日の夜、私も旦那に言った。

「長距離バスに12時間くらい揺られたい」



と言う訳で、

友人とバスでインドに行けたら問題解決。




変な夢ばかり見る。

怖い夢とか、嫌な夢は、

二、三日気分が悪い。


気分が悪いと言えば、

子供のゲロを素手で受け取っても、

平気になった。

これって我ながらスゲエと思う。


我が子と言えど、

自分以外の人間のゲロを素手で受け止めるなんて、

十年前の私には考えられない。


慣れって素晴らしい。



慣れ

の習慣が人間に備わっていなかったら、

この世は崩壊しているだろう。

なんとなく・・・

なにげに・・・

だんだんと・・・

的な、

あやふやな所があるからこそ

生きていける。


でも時に、

一度嫌と決めたら、

絶対に嫌で在り続ける人もいる。


非常に気の毒。


私が最近編み出した生き抜きの方法は、


『今はキライ』


と思う事。


今後はまた好きになるかもしれないけど、

今は嫌いだとハッキリ自分に納得させる。


「でもいいところもあるから・・・」

とか

「私にも悪いところがあったかもしれないし・・・」

とか、

全てを穏便に済ませようと、

そういう風に無理矢理思う事をして来た時もあったけど、

三日後には余計にストレスが溜まっている。


だから、

「今はキライ」

と、

自分を誤魔化さず

身勝手に

己のエゴイズムに従って

そう言ってしまうことにしている。


そうすると、

非常にスッキリする。


今は


と付ける辺りが、

他人が聞いても、

おそらく今後の余地もあるんだなと

少し安心できると思う。


やっぱ今を生きると

非常にラク。







酒を飲んで迎える朝は、

ちょっと気分が悪いような気がする。

飲まないで寝れば、目覚めが良いのかもしれないとも思う。


でも結局、

ビール、もしくはバーボンのロックを飲んでしまう。


子供が寝静まって、

一人の時間が出来て、

飲まずに何をする?おれ!

って気に、

どうしてもなってしまう。


状況によっては飲まないでいることもできるから、

アル中ではないと思う。

でも、

やっぱ一日の終わりには、

御褒美的に酒が欲しくなる。



私にとって

酒ってなんなんだろう。


たばこと同じように、

依存性の高い物であることも分かるけど、

飲んだからって

酔うのが気持ちいいわけでもない。

普段の酒ではほとんど酔わないし。


ということは、

子供はほぼ100パーセントの確率で、

カルピスを美味いと思うのと同じように、

私は酒が美味いから飲んでいるのだろうな。


アルコール依存症の人は、

おそらく酒が美味いとは思っていないんじゃないか。

酔って、気が大きくなって、気持ち良くて、

だから依存するんだろうな。

最終的に調理酒とか飲むって言うし。


家で飲むハーパーは安上がりだし、

酔えばそのまま寝れるし、

メリットも多いけど、

バーで飲むちょっと少なくねえかってなバーボンのロックは、

めちゃくちゃ美味い。

人に淹れてもらったコーヒーとかお茶も美味しいもんな。


人間ていうやつは実に愚か。

雰囲気とか環境に踊らされる。

同じ酒でも、

上司と飲む酒は不味くて、

親友と交わす酒はこの上なく美味い。


酒のことだけじゃなく、

毎日の日々の中にこのトリックは無限に隠れている。


自分の気持ちの居場所次第で、

自分で自分の首を絞め、

自分で自分を悦ばす。


独りよがりこの上ない。


ああ、愚かだ。

愛しいくらいに愚かだなあ。




愛しくねえよ。