滑って転んで、本末転倒。 | 妄想トレイン

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科学では説明しきれない人間の無限の欲望を惜しみなくさらけ出す赤裸々ブログを、こっそり始めました。

幼稚園の大きなイベントの一つが終わった。

来週のイベントはもっともっと大変になると思うけど、

それでも一つ終わったこの安堵感と疲労感は半端ない。


一日中頭を駆け巡らせながら、

会場を駆け巡って、

それでも笑顔を振りまいて、

「子どもたちのためにがんばってますう~」

みたいなフリして、

終わった帰り道、

「抱っこしてえ~」

と甘える息子に、

「うるさい!さっさと前見て歩け!」

と怒鳴る私。

なんだか本末転倒というのかなんなのか・・・。


ある種の精神分離症じゃないかと自分で自分に首をかしげる。


私にとって子どもってなんなのか。

子どものために必死になればなるほど、

よくわからなくなる。


テレビでオカマの芸能人や独身の芸人が、

公共の場で見るガキどもの言動に、

容赦なく不満をぶつけ、

その親を批判する。



できれば私もその立場になって、

思う存分悪態をつきたいと思う時もある。


でも、


その時はたまたまもう怒る気力もなくて、

つい子どもを放置してしまったのかもしれない。


育児に追われ、

久しぶりにやっと親友と会えて、

つい子どもそっちのけで話に夢中になっていたかもしれない。


公園に来て、

子どもが砂場で夢中になってくれて、

やっと少しベンチに座ってゆっくりできて、

溜まっていたメールの返信があって、

つい子どもから目を離して

携帯電話をポチポチやってたのかもしれない。


そんな、

ちょっと道行く人には決して見えない事実が分かるから、

何のためらいもなく誰かを批判することができなくなってきた。


批判できるとするなら、

自分のことだけ。

自分の事情は自分が一番よくわかるから、

言い訳できない事柄も、

自分が一番よくわかってる。


だけど、

幼稚園でせかせか動き回って頑張っている私を見て、

周りの人はきっと、

「あのお母さんは子どものためにあんなに必死になって、

いいお母さんね」

などと思っている人もいたかもしれないけど、

私は決して子どもために頑張っているわけじゃないっていうことを、

私が一番よくわかってるから、

褒められると、

ものすごーく嫌な気分になる。


すごーく頑張ってるのに、

結局すごーく嫌な気分になっている自分。


これこそ本末転倒。


一体なんの意味があるっていうんだ。