先人たちが創り出した和製漢語 西周「observe=観察」『風、薫る』
NHK連続テレビ小説『風、薫る』は、
これから面白くなるのかどうかというところ。
フィクションなのでいいのですが、モデルとなった人物がいるわけで、
どうして、主人公・直美を被差別階級にしたのか、と思います。
直美のモデルの鈴木雅(まさ)は士族の娘ですが、
陸軍士官の夫が病没し、
雅は2人の子どもを育てなければならないシングルマザーとなります。
もう一人の主人公・りんのモデルである大関和(ちか)も、
2人の子を育てるシングルマザーですから、似た状況にありました。
史実を活かしたほうが面白かったのではないかと思ってしまいます。
ともに士族でしたが、そうではなくて、
あえて、一方の境遇を下げて、
対比させる形が活きてくるのか、注目したいです。
さて、今週は「observe」の訳に奮闘するというお話。
とても興味深かったです。
先人たちの外国語と向き合う姿勢が丁寧に描かれました。
フローレンス・ナイチンゲールの著書『NOTES ON NURSING』には、
「observe」が頻出しています。
たとえば、この文の前半。
The most important practical lesson that can be given to nurses is to teach them what to observe-how to observe-what symptoms indicate improvement-what the reverse-which are of importance-which are of none-which are the evidence of neglect and of what kind of neglect.
(略)最も重要な実践的な教訓は、何を観察すべきか、どのように観察すべきか(略)
とあります。
思想家、哲学者、教育者の西周(にしあまね)は「observe」を「観察」としていて、
「観察」は、従来、仏教語で「ありのまま観て、物事を察する」という意味だとか。
このように、既存の語に別の意味を持たせたのでした。
西周はほかにも哲学、概念、客観、理性、感性、心理、物理など、
今も使われる和製漢語の元となっています。
元々、日本語は中国の語を借りてきたものが多いものの、
それだけでは飽き足らず、さまざまな和製漢語を生み出してきました。
日本人の漢語の創作は江戸時代以前からあり、
最もよく知られているのが
前野良沢や杉田玄白、中川淳庵、
桂川甫周らの『解体新書』で生み出された訳語でしょう。
解剖学という概念すらない時代に、彼らは軟骨、神経、筋肉、十二指腸、頭蓋骨など、
多くの言葉を創り出しています。
時代は下って、福沢諭吉はfreedomやlibertyに適した日本語がないとして、
「自由」を当てはめました。
このケースは、西周の「観察」のように、
既存の語に別の意味を持たせたというもの。
元々、大陸から伝来した「自由」は「我儘放蕩」「世俗に縛られない様」でした。
吉田兼好の『徒然草』には、
よろづ自由にして、大方、人に従ふといふことなし
とあり、物事にとらわれず勝手気儘な僧侶の姿を描写しています。
また、仏教では執着から解き放たれた状態を指すことも。
日本人が創り出した、あるいは既存の語に別の意味を当てはめた事例は多く、
会話、火事、立腹、主義、資本、共産、計画、人民、主観、客観、
記号、現実、銀行、議会、芸術、作家、社会など無数にあります。
私たちが使用する漢字は大陸からもたらされたものですが、
「中華人民共和国」のように、国名にもなり、
社会主義、共産主義のように、
中国が日本から輸入した漢語も珍しくないのでした。
You see, but you do not observe. The distinction is clear.
- Sherlock Holmes
