前回は「昭和の大横綱」大鵬さんのお話をしました。
大鵬さんにウクライナ人の父親がいることが一般的に
知られるようになったのは、2000年のこと。
この年に大鵬さんが日経新聞に寄稿したコラム
『私の履歴書』で、父親が白系ロシア人であることを
明かされました。
そして、マスコミの取材によって、父親はウクライナ系の
ロシア人で貴族出身であることなどが明らかになりました。
このことは、ウクライナでも知れ渡り、ボリシコの出身地、ハリコフ州では「大鵬は英雄」と讃えられるように
なったのです![]()
さらに、ウクライナで相撲も注目されるようになって、
子供向けの相撲教室も開かれました。
「礼に始まり、礼に終わる」という礼儀作法も教えるため、「子供が礼儀正しくなる」と親からの評判も上々だった
ようです![]()
2015年の世界相撲選手権大会で、ウクライナチームを
率いたセルゲイ・ヴィクトロヴィッチ監督は、
サンボ(ロシア発祥の格闘技)の元・世界チャンピオン
でした。
ある時、「相撲の大会に出てみないか」との依頼を受け、
1997年にウクライナ代表として相撲大会に出場します。
善戦したけれど、セルゲイ氏は惜しくも決勝で敗れて
しまいました。
その時、勝った力士が、土俵に倒れたセルゲイ氏に
手を差し伸べてきたそうです。![]()
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セルゲイ氏が「なぜ?」と聞くと、
勝った相手から「当たり前だろう」という返事が
返ってきたといいます。
敗者に敬意を払う相撲の精神に感動したセルゲイ氏は、
1999年にウクライナ相撲協会を設立しました。
土俵とまわしを日本から入手したセルゲイ氏は、
レスリングの経験者から優秀な選手をスカウトし、
ウクライナを相撲の強豪国に育てていきました![]()
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ところで、『日本書紀』に、「相撲の起源」とされる
次のような話があります。
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垂仁天皇7年、大和国に當麻蹶速(たいまのけはや)と
いう、強力の男がいました。不遜な行ないが多く、
「自分が一番強い」と言ってはばからない男でした。
垂仁天皇は「蹶速に比すべき者はあろうか」と
尋ねられます。
すると、ある臣下が「出雲国に野見宿禰(のみのすくね)と
いう勇士がおります」と申し上げ、両者が力比べを
することになりました。
お互いに足を上げて蹴り合ったのですが、野見宿禰が
蹶速の腰を踏み砕いて勝利しました。
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敗れて死亡した當麻蹶速の出身地とされる奈良県の
葛城市當麻には、蹶速の墓といわれる五輪塔があり、
相撲関係者の信仰の対象になっています。
世界大会の翌日、セルゲイ氏は選手たちを連れて、
負けた蹶速の墓参りをしています。
セルゲイ氏は「負けた人物なのに、石碑に祀られ敬意が
払われている。日本の『道』の教えは、勝つことよりも、
自分の鍛錬と相手を思いやる気持ちを大切にしている。
私はそんな相撲道をウクライナで伝えていきたい」と
語りました。
「勝ち負け」とは、いったい何でしょうか?
「本当に戦う相手」はどこにいるのでしょうか?
『ダンマパダ』(“真理のことば”という意味)という
原始仏典にあるお釈迦様の言葉をご紹介します。
「戦場において百万人に勝つよりも、
唯だ一つの自己に克つ者こそ、じつに最上の勝利者である」
(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳、
岩波書店より)
一日も早くウクライナに平和が訪れますように。
合掌![]()