今日は母の日ですね。
先日、私はカーネーションを買って、
実家の母に渡しました。
とても喜んでくれて、玄関に飾ってくれましたブーケ2ブーケ2指差し

私は維摩会(春秋館)で仏教を学んでいますが、
「偉大な高僧は、母親とどのように接していたのだろう?」と、ふと思いました。

真言宗の開祖・弘法大師空海様と

母親の玉依御前(たまよりごぜん)との関係について
次のようなお話があります。

ある日、玉依御前は「我が子の開いている山を一目見たい」との一念から、住んでいた香川県善通寺から息子の

弘法大師・空海様を訪ねて高野山へ向かいましたランニングアセアセ
当時、玉依御前はかなりのご高齢だったようです
しかし、当時、高野山は大師自から七里(28km)四方を

女人禁制としておられたので、玉依御前が山に入ると

雷鳴がとどろき、火の雨が降ったといいます雷雷

そのため、弘法大師はやむをえず、母親を山麓にある

慈尊院で迎えられました。
慈尊院は、弘法大師が高野山を開創した時に、

高野山参詣の表玄関として創建したお寺です。

弘法大師は、月に9度は必ず高野山上から20kmもの

山道を下って行かれ、母親の玉依御前を尋ねられました。
弘法大師の温かいお人柄がうかがえますねニコニコラブラブ
弘法大師が月に9度も母親を気遣って尋ねられことから、

この地名は「九度山」と称されるようになりました。

玉依御前が亡くなられた時、弘法大師は母親が弥勒菩薩に

なられたという霊夢を見ました。
そして、廟堂を建立して、自作の弥勒仏と御母君公の霊を

安置されたと伝えられています。
慈尊院は女人高野と呼ばれて女性の信仰を集めて安産や

授乳祈願の寺となっています。立ち上がる飛び出すハート
(参考資料 慈尊院ホームページ)

皆様のお母さんが今日も健康でありますように。

合掌お願い

 

「三省堂」と「有隣堂」。
有名な本屋さんですね。おねがい
学生の頃、御茶ノ水にある三省堂をよく利用していました。
最近、本はネットで注文するようになってしまい、書店に行く回数が減りましたが…。

 

さて、昨日お話をした『論語』について、

今日もお話させて頂きます。
この2つの書店の名前は、『論語』の中の言葉から

名付けられています指差し

三省堂のホームページを見ると、「社名の「三省」は、

論語の曽子の言葉からいただいたものです。創設者、

亀井忠一がはじめた古書店業の時代から一世紀を経た

今でも、常に変わることのない基本精神として

社名とともに生き続けています」と書かれていますオッドアイ猫

『論語』学而篇にある原文は以下の通りです。

「曾子(そうし)曰く、吾(われ)、日に三省す。

人のために謀(はか)りて忠ならざるか。

朋友と交わりて信ならざるか。習はざるを伝ふるか」

『論語』(貝塚茂樹訳註、中公文庫)より訳をご紹介します

 

「曽先生が言われた『私は毎日三回、自己反省する。

他人の相談に真心をこめて乗ってやらなかったのではないか。友達との交際に、約束を違えたのではないか。

先生に教わったことを、十分復習せずに君たちに教えてしまったのではないか』」。

曽子様は孔子様より四十六歳年下のお弟子さんです。
私も曽子様を見習って、自分を省みる習慣をつけたいと思います。

つぎに有隣堂ホームページを見ると、

「社名「有隣堂」の由来」として、
「徳は孤ならず、必ず隣有り」(論語里仁篇)から出ている。 その大意は、徳のある人は決して孤立することはない。

いつの日か、またはどこかで、必ず理解し、共鳴する人が

現れてくるものである、ということであって、信念をもって正しいと思ったことを断じて行わんとする孔子の力強い章句である。同じ里仁篇で「利によりて行えば怨み多し」と

いっているように、その行為が自分の利益になるかどうかをまず先に考える、あるいは功利を一切の価値の原理とする

西欧功利主義とはおよそ正反対の東洋的思想といってよい

であろう。
わが社が、この言葉を企業精神として経営方針第一条の

冒頭に掲げているのは、私たちが正しい経営理念をもって

最大限の努力をしたならば、たとえどのような障害が

現れようと、社会は必ず私たちの正しさを認め、

お客さまの支持がいただける筈であり、また社内においても、心から協力しようとする同志をつくることができる、

という信念を確立するためである。 そして、 これこそ

まさに商人道の原点といってよいであろう」とありました。

 

すばらしい経営理念ですね。ひらめき飛び出すハート

明日、私は維摩会(春秋館)の行事に参加して、

友と語り合います。
皆様の隣にも、良き友がいますように。

合掌お願い

ゴールデンウイークの時に、維摩会(春秋館)の行事が

あり、大勢の人たちが各地から集まりました。
広島、兵庫、京都、名古屋などに住む友人たちとは

久々に会うことが出来て、「朋あり遠方より来る、

また楽しからずや」という感じでした。ひらめきウインクニコニコ

これはご存じの通り、『論語』学而篇の中にある言葉ですキラキラ

『論語』といえば、「故きを温ねて新しきを知る」

「巧言令色、すくなし仁」「学びて思わざればくらし。

思うて学ばざればあやうし」などの言葉が有名ですね。

維摩会には東洋哲学研究会があって、

そこで『論語』などの儒教も学んでいます。

維摩会は「世俗の生活の中で仏法を学ぶ会なのに、

なぜ儒教を学んでいるの?」と思われたかもしれません。

かつて臨済禅においては、『論語』『大学』といった

儒教の教えも教義の一つとして教えられてきました。
また、曹洞宗の開祖・道元禅師も「世を治めるには

『論語』がよい」と弟子たちに推奨していたそうです。

鎌倉時代に、道元禅師の語られたことを弟子の懐弉が

筆録した『正法眼蔵随聞記』には、道元禅師が

『論語』の一節をひいて、弟子に対して、

仏道に取り組む姿勢を語っている次のような

お話があります。

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ
正法眼蔵随聞記 三の十三

夜話に言われた。
古人は「朝に道を聞かば、タベに死すとも可なり」

言っている。
今日の仏道を学ぶ者も、この心がなくてはならない。
遠く想像も及ばないような長い時の間に、我々は何度も

生まれ変わりを繰り返すだろう。
このたびは人間界に生れて、幸運にも仏教の教えを

聞くことができた。
この時、この身を迷いの存在から悟の存在にあらしめることをしなかったら、一体、生死流転のどのような生にあってこの身を悟の存在にあらしめようというのか。
たとえ、この身を惜んで永久に保とうとしても吐わないことであり、いずれ死ななくてはならないのであれば、一日片時でも仏法のためにこの身を捨てたならば、永遠の安楽を得る因とすることが出来るのだ。
将来のことや明日の生活設計のことを思って、

出家としては捨てなくてはならない世事を捨てず、

修行しなくてはならない仏道を修行しないで、

いたずらに日夜を過すのは残念なことである。
ただ覚悟を決めて、明日の生活設計がたたなかったら、

餓死や凍死をしてもかまわない。

今日一日は仏道を学んで、仏の説かれていることに随って

死のうと思う心をまず起こさなくてはいけないのである。
そうしたならば、仏道を修行して道を得ることは可能

なのである。
この心が無かったら、仏道を学んでいるふりをしても、

積極的に仏道を学ぼうとする気概がなく、

夏冬の衣服などのことを、こっそりと気にかけて、

明日または来年の生活設計を思い煩いながら仏法を

学ぼうとするのでは、どんなに長い間仏法を学んでも、

成就するとは思えない。

そういう人もあるいはいるかもしれないが、

私が知る限りでは、それでは仏祖の教えているところで

あるとは思えない。

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ


「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」とは

『論語』里仁篇にある孔子様の言葉です。
道元禅師が命を懸けて修行されていた気迫が伝わって

くるようですね。グー物申す

皆様が有意義な週末を過ごされますように。

合掌お願い

 

 

参考文献
『正法眼蔵随聞記』(懐奘著、古田紹欽訳、角川文庫)
『正法眼蔵随聞記』(懐奘著、篠原寿雄訳、大東名著選)
『子供と声を出して読みたい『論語』百章』(岩越豊雄著、致知出版社)

先日、『発想転換!世界を変えるシン・キング』という番組の再放送をやっていました。

スーパーで野菜や果物を買った時、「甘くなかった」とか、「思ったより美味しくなかった」…なんて経験したことが

ありますよね?ちょっと不満ハッムカムカ

そんなお客さんの不満に応えるために某スーパ-では、

「オネスト(正直)カード」を作ってお客さんに告知

しているという内容でした。

たとえば、グレープフルーツを売っている場所に、

下記のような「オネスト(正直)カード」を貼って

いたとか。

「グレープフルーツ(南アフリカ産)について
美味しいフロリダ産に比べると、甘さが不足しており、

若干の酸味があります。蜂蜜・オリゴ糖・ラカン糖等を

かけて召し上がることをお薦めします」

それから、ほうれん草のコーナーには、こんな

「オネスト(正直)カード」が!

「ほうれん草について
大雨・気温上昇の影響で、品質が悪く出荷量も減少して

おります。価格も高騰しているため、できれば購入を

見合わせてください。現在は、冷凍ほうれん草を

お薦めしております。品質・価格が安定しましたら、

速やかにお知らせいたします。」

えええっ??

スーパーなのに「できれば購入を見合わせてください」

ですって!???

しかもこの某スーパーは、私が毎週2~3回は利用している近所のスーパーではありませんか!
今まで「オネスト(正直)カード」に気付かず、

商品だけ見て買ってました。。。悲しい

さっそく、現場に行って確認しなくては!
ということで、近所の某スーパーへ行きました走る人走る人走る人

野菜売り場に行くと、アボガドや大根などに

「オネスト(正直)カード」がありました。

全部の野菜にカードがついてるわけではないんですね。

 

大根のカードを読むと、「天候不順により、大根が

生理障害を起こし、中心部分が黒くなることがあります。

その場合は返金します」といった内容が書かれて

いました。

大根にも生理があるの真顔

と思ったのですが、温度や光、土壌などの環境要因に

よって、正常な生長・発育が行なわれず発生する障害の

ことを「生理障害」というようです。

さっそく大根を買って家に帰り、包丁でザクッと

切ってみると、黒い部分は無し!

味も文句なし、オーケーです!OK!

某スーパーのホームページをチェックすると、

下記のように宣言していました。
「このようなお知らせを『オネスト(正直)カード』と

呼び、出来るだけ正確で、正直な商品情報をお客様に

お知らせするように心掛けております。私たち従業員が、

家族と一緒に買い物をする時、そっと家族に教えるような

商品情報は、お客様にも是非お知らせしなくては、と

考えているからです。」

私は維摩会(春秋館)で仏教を学んでいて、

正しい心とは何か?と日々考えていますイエローハートキラキラ

 

仏教では在家の人の守るべき五種の戒(五戒)として、
不殺生戒、不偸盗戒、不邪淫戒、不妄語戒、不飲酒戒
あります。
不妄語戒は、「うそを言ってはいけない」という戒めですね。キメてる

『オネスト(正直)カード』を掲げていないスーパーだったとしても、別にウソをついているというわけでは

ありませんが、やっぱり素直にいろいろな情報を教えて

くれた方が、買う側としてはありがたいです指差し飛び出すハート


honesty is the best policy(正直は最善の策)という

ことわざを英語の授業で習いましたが、

まさにその通りと思いますウインクOK

皆様が正しく直い心でありますように。

合掌お願い

先週の『世界一受けたい授業』という番組で

「現代を生きる人々にヒントを与えてくれる!

戦国武将のエピソード!」と題して、武田信玄が

残したメッセージを紹介していました。ニコニコ

武田信玄は戦で勝った後、反省会を開いて、

「合戦の勝敗は、6〜7割も勝てば大勝と同じ。

8割の勝ちは危険、まして9〜10割の勝ちは、

大敗の元になりかねない。

6〜7割なら次への励みになり、8割以上の成功だと

怠けてしまい、完全に勝利するとおごって油断が生まれる」と語ったとのことです。

このエピソードは、江戸初期に集成された軍学書

『甲陽軍鑑』(武田家の信玄・勝頼2代の事績や

軍法などを記録した書物)に残されているものです。

原文は、「戦いは五分(ごぶ)の勝利をもって上(じょう)と

なし、七分を中となし、十分(じゅうぶ)をもって下(げ)と

なす。五分は励みを生じ、七分は怠りを生じ、十分は

驕(おご)りを生ず」というものですねプンプン

武田信玄は、勝利したことで心に生じる慢心を

戒めたのだと思います。
戦国時代だから、命が懸かっています。
ちょっとした慢心が、命取りになりますねゲッソリピリピリ

私は維摩会(春秋館)で仏教を学んでいます。
「慢」は、仏教で説く煩悩の一つで、サンスクリット語の

マーナmānaを訳したものです
「慢」とは、自分を高くして他を見下す、自己中心的で

思い上がった心のことです。

「慢」を七種に分けたもの(七慢)として、

①慢(まん) ②過慢(かまん)  ③慢過慢(まんかまん)

④我慢(がまん) ⑤増上慢(ぞうじょうまん)

⑥卑慢(ひまん) ⑦邪慢(じゃまん)があります。

 

七慢以外にも八慢、九慢…という言葉があるようです。
人の心には慢が多いという証左ですね。。。
まさに「慢心戒むべし」ですちょっと不満
戦国時代のように命は取られなくても、慢心によって
心は腐っていくのではないでしょうか。

皆様の心が浄らかでありますように。

 

合掌お願い