「浮草」 (1959年) | ネコ人間のつぶやき

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 しがない旅一座を中心に、人間の光と影を小津安二郎監督が独特のユーモアで描く「浮草」(1959年)をご紹介します。

 

"p832416770" Photo by jdxyw

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 嵐駒三郎(中村鴈治郎)の旅一座が知多半島の巡業を終えて船で志摩にやって来るところから物語が始まります。

 

 実は駒三郎はこの地で食堂を営むお芳(杉村春子)とのあいだに息子・清がいます。

 

 12年ぶりにお芳の店を訪れた駒三郎は清(川口浩)の成長した姿に驚く。

 

 清はお芳から父親は他界していると聞かされており、駒三郎は伯父を名乗っているんです。

 

 駒三郎は清と釣りや囲碁をして過ごす時間を楽しみます。

 

 しかし、一座の看板女優で駒三郎の連れ合い・すみ子(京マチ子)はこの駒三郎の秘密に勘づく。

 

 女の勘がビビビ~!その美しい顔が嫉妬に歪む京マチ子。

 

 すみ子は古株スタッフから事情を知ってお芳の店に乗り込んでしまい、雨の中駒三郎と罵り合う。

 

 すみ子は若手女優の加代(若尾文子)に金を渡して清を誘惑するよう頼み込みます。

 

 すみ子の目論見通り、加代に清はすっかり心奪われるが…。

 

"P1060672" Photo by Kunio Yoshikawa

source: https://flic.kr/p/Rk8WUm

 

 松竹ではなく大映が製作、スタッフもいつもと違う「浮草」。

 

 小津安二郎が描くのは、普通の人達の日常、そして家族の解体ですが、本作は最初から問題あるのです。

 

 女にだらしない男の罪が物語の前提にあります。

 

 この駒三郎、元々女癖が悪いいい加減な男。

 

 お芳から清に父親であることを伝えては?と勧められても、「今のまんまでええやないか。この話は堪忍堪忍」と逃げる。

 

 上の学校目指している(=家を出る)清に「お母さんはいい人や。 独りにしたらあかん」と真顔で説く駒三郎。

 

 「どの口が言ってるの?」と観る者は突っ込みたくなります。

 

 旅一座は不安定で、公演先を転々としては文字通りその日暮らし。

 

 そもそも時代遅れで消えつつあります。

 

 堅気じゃない、アウトサイダーの生き方だと旅役者は自認しているし、社会からもそう認識されています。

 

 だから清が加代にハマることは、堅気の青年の堕落と見なされてしまう。

 

 故にすみ子の駒三郎への仕返しというわけなんです。

 

  しかし、加代も誠実な清に心惹かれてしまう。

 

 「自分みたいな女と一緒になっては申し訳ない」と葛藤する健気な加代を若尾文子が好演。キラキラ輝いています。

 

 若い二人の身分違いの恋にやきもきしていると、2人の仲を知った駒三郎が怒り心頭。

 

 さらには一座含めてどうなる?という展開に雪崩れ込みます。

 

 どうにもならないロクデナシ駒三郎ですが、どこか憎めない男なんですね。

 

 実際、一座の皆から慕われているのは駒三郎。

 

 中村鴈治郎は「小早川家の秋」でも女にだらしない当主を演じていますが、これがはまり役。

 

 「なんじゃい」「アホ。どアホ。」「何言ってけつかんねん」は「浮草」でも炸裂。

 

 この関西弁も個人的には懐かしい。

 

 「浮草」とは旅一座、特に駒三郎を比喩するタイトルです。

 

 浮草稼業という言葉があるように、身分の無い、頼りない存在の不安定な生き方を表していますね。

 

 でも、移ろいやすく、明日は何も分からないのは人間皆そうです。それが人生。

 

 「浮草」は、そんな人間のいい加減さ、狡さ、嫉妬、復讐、愛と縁を描いています。

 

 小津安二郎はそういう人間の姿を批判しているわけではなく、その眼差しはあたたかい。

 

 笑いあり、涙あり。良さ悪さ含めて人間らしさを描いています。

 

 驚きの、そして素晴らしいエンディングでした。

 

 罪な男・駒三郎にも救済がある、というまさかのハッピーエンド。

 

 小津安二郎と言えば「東京物語」ですけど、個人的にはこの「浮草」を激推しです。

 

 小津安二郎らしい哀愁とユーモアが心に沁みる名作なんです。

 

 

 2月3日に志摩市阿児アリーナ「浮草」上映会にて本作を鑑賞しました。

 

 僕が1番若手というくらい観客はご年配の方が多かったです。

 

 昔、小津作品に限らず映画館に通い詰めた世代でしょう。

 

 皆さん映画の楽しみ方を熟知されている感じでした。

 

  映画が終わると自然に会場から拍手。

 

 僕もちょっとだけタイムスリップした気分になりました。

 

 講演会、座談会も楽しかった。

 

 主催者の熱意、小津愛がこの上映会を実現させたんだな、と感じました。

 

 「浮草」のロケ地が三重県志摩市なんです。

 

 完璧主義者の小津安二郎はセット撮影を好みました。 

 

 だから「浮草」は珍しいんです。

 

 映画ゆかりの地での上映会なんですが、なんと他県からの観客も入場無料でした。

 

 パラミタミュージアムの記事でご紹介した岡田財団が上映会の後援でした(三重県の方が羨ましい)。

 

 本当に素敵な午後でしたね。ありがとうございました。