皆さんこんにちは!
manabeing のONです。
当ブログにお越しいただきありがとうございます。
こちらは
ヒーラーでカウンセラーのmanabeing ONが
日々実践し、そこから得られた氣付きや感じることをシェアする場です。
宜しくお願いいたします。![]()
この世界の
生みの祖である自分自身は、
この世界の集合意識の
生みの親でもあります。
そのように
この世界を観ているわたしは、
現象界の
集合意識が見せてくれる事象を始めとし
現象界で起こる全ての事象、
それら
全ての責任者であることを
自覚しています。
起こる事象には
必ず
「光と闇」
「強者、弱者」
「持つ者、持たない者」
「被害者と加害者」
ありとあらゆる
両極が存在します。
両方が存在しなければ
何も
現象化することはありません。
その上で
全ての現れに対し
どちらかだけを悪者に
どちらかだけを善き者に
区別することはありません。
むしろ
できないと言った方が良いでしょう。
大きな視点で観たら
どちらも大切な要素であることを
理解しているからです。
自身におけることも、
第三者が見せてくること
集合意識が見せてくること、
全てが
我が事、我が子です。
闇と言われる存在、
一般的に悪者と言われる存在
そこには必ず、
そうなった原因(意図、糸)があります。
それは
この世界の生みの祖である
わたし自身の責任でもあります。
その原因となった想いが
何なのか
そこに寄り添い
その想いを昇華させること、
そして
相対する存在である
被害者(弱者)の立場にも寄り添い
そこから何を学ぶのか、
そこにあるのは
善や悪といった
短絡的な判断ではなく
両者の立場から
回収するものがある事、
そのことを教えてくれる
『一つの現象』
であるということです。
そして
その一見、
闇と思われるような事象を
自分自身の中で
光へと導く作業が完了した時
その闇が
本当は光へと導くための
尊い存在、
役割であったことを思うのです。
どんな存在も
辛かった経験が
光へと変わる時
『その経験のお陰様』
であったことに感謝する
そのような経験を
お持ちであると感じます。
『可愛い子には旅をさせよ』
『闇』は
本質である
自分自身からの
温かい贈り物でもあります。
本質である魂は
何が
自身にとって最善であるかを理解し、
魂の肥しとなる
プレゼントを贈り続けるのです。
どんな事が起こっても
目にする、
耳にする、
そのような縁を持ったものは
それが全て
今の自分にとって
必要である事を
当然のこととして
生きてきたわたしは、
自身にとって
必要であるから
自らが引き寄せていることを
理解しています。
そうであればこそ
今、
もし命を奪われるような事が起きても
当然のこととして
受け入れる事ができます。
そこには、
何の執着も、
未練もないのです。
なぜなら、
それがこの世界にとっての
最善(最悪)であることに
信頼を置いているからです。
わたしが
このブログを通して
お伝えしている
『今が最善、最高』
という言葉は
光も闇も当然のこととして
この世界に存在し、
そのことを
受容できている者であれば
その言葉の背後にある
『最悪、最低を含む』
ことを理解できるでしょう。
一般的には
最高、最善と言われれば
その背後にある
『最悪、最低を内包している』
との理解に及ぶことなく
表面通りの
一般的に言われる
最高・最善、光のみを
想像することでしょう。
自分自身の世界を
心から愛し、
光も闇も受容していたならば
何に対して恐れを持ち
何に対してコントロールしよう
と想うでしょうか。
そのような想いには
至りにくくなることを感じます。
22年前の今日
それは
一つの
資本主義の成功の証とも言えた
大きなツインタワーが崩壊しました。
その塔は
一見大きく見える、
強く見えるものに
追随することが
これまでの
正解であるかのような
集合意識の
一つの象徴でもあった様に想います。
全ては必然です。
この事象も
既に完成された世界から
お知らせとして
事前に
起こるべくして
起きたこと。
物質性を重要視する、
それは光のみを追い続け
その背景にある
(同時に生まれる)闇に感謝することのない
その視座から
創造される世界は
ここからは成立しないことを
示唆する事象であったと感じます。
2001年から22年を超えて
あの時のマイナスを
今こそ
プラスとして受容し
一人一人の魂が
光へと導く
担い手となることを想います。
土台が盤石でない塔は
何れ崩壊します。
これから
現象化される新たな世界は
光と闇を
当然のこととして
受容できている精神性に裏付けられた
『盤石な土台からなる塔』
が立つ地球です。
それは
光も闇も受容し続ける
地球という、
大きく盤石な土台に立つ
それぞれが
光と闇を統合した
盤石な土台(女性原理)を持った
一人一人の塔(男性原理)が
創造する世界です。
その塔は
目には見えない糸、
光のネットワークで
結ばれていることを想います。
どんなことも
決して無駄なことはありません。
全てが大切な要素です。
森羅万象が見せてくれる
全てのものが
死と再生の循環の中にあり
その一部である人類もまた
同じ循環の輪の中にあるのです。
ただ、
そのことを
真に理解するためには
目の前にある現象を通して
現れる全存在との
向き合い方、在り方が
自分自身に問われます。
『されたこと』を
『そのまま返す』
ことでは
同じレベルです。
常に自分が自身にとって
どのような自分自身で在りたいか
その意識であったなら
「対象に対する自身の在り方」
は別のものになるかもしれません。
その結果として
対象との事態が
変化することはなかったとしても
対象に対して
負の想いを残すことなく
自身との調和を図ることになります。
常にどちらが
正しい
間違いという視点では
計ることのできないものです。
そこにあるのは
その者が想う
その時点での
精神性から発せられる
最善の想いだからです。
そしてそれは
両者にとって
その時の最善である
ということでもあります。
一人一人が
そのような視点に立って
物事、事象を捉えた世界は
どの様な世界でしょう。
常に観ているのは
自分自身です。
自分自身が
自分自身の在り方を観ているのです。
周りからの評価を
心地良く感じる段階もあるでしょう。
けれども、
真に自らを満たすことができるのは
自分自身を
自分自身で納得させること
でしかありません。
そこにあるのは
逃げることでもなく
目を逸らすことでもなく
常に自分自身との対話から
生まれる選択です。
その選択に責任を持つのは
自分自身です。
他の誰かでも、
他の何かでもありません。
責任を持つのも
責任を負うのも
自らです。
最後に
わたしが想う
『光と闇を受容する図』
をご紹介します。
この世界は
一つのものが生まれる時
必ず光と闇、
高次と低次が
同時に生まれます。
光(高次)が7生まれれば
闇(低次)も7生まれます。
座標でポイントをとっていきます。
中心から右へ(光)プラス7
中心から左へ(闇)マイナス7
上(高次)にプラス7
下(低次)にマイナス7
その4つの点を結ぶと
上下の
綺麗な二等辺三角形からなる
正方形ができます。
また中心からその点を結ぶように
円を描けば
綺麗な円が完成します。
光(プラス)闇(マイナス)
両方を同様に受容した時
受容できた者は
中心のゼロに位置します。
7光+(−7)闇=0ゼロポイント
高次(プラス)低次(マイナス)も
同様です。
7高次+(−7)低次=0ゼロポイント
上下、左右、
全方位の両極を受容した時
その者は
中心(ゼロポイント)に位置する事ができるのです。
その時、そこには
全方位を受容した事で
差のない世界を自らが
構築できるのです。
図にある様に
美しい円と
美しい正方形は
調和が取れ
上下、左右、斜めを結ぶ
インフィニティ∞も現れます。
プラス(光)だけ、
マイナス(闇)だけ
どちらかに偏りがある時
美しい円も
美しい正方形も生まれません。
プラスを
自らが多く生み出したならば
対極にあるマイナスも
その分量だけ生まれます。
自らが生み出した
光と闇、同量分を受容(回収)
することが大切であることを想います。
闇が大きければ
その対極にある光も
同量の大きさを
持っているという事です。
生まれた闇の背後には
同量の光が存在します。
その両方を
受容する量が大きくなればなるほど
大きな円となり、
大きな正方形となります。
つまり
土台は益々盤石になり
大きな塔が立つということです。
そして
その堅固な土台から
立ち上がる塔は
遠くまで
照らすことのできる光であり
大きな日陰を作ることの出来る
頼もしくも優しい塔になるでしょう。
そのことを
理解したならば
今、
自分自身が観測する現象界を
どのように捉え、
どのように
自分自身の在り方を選択するのか
一人一人の
選択と
意図が
この世界の集合意識をも
変えることの一助になることを
想います。
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最後まで
お読み頂きありがとうございました!
この世界を
光も闇も
大切な存在として受け容れ
皆さんと共に
美しい世界を創造できたら幸いです!
