ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート -3ページ目

不快な音を奏でるバンド:Anti-Nowhere League(アンチ‐ノーウェア・リーグ)

80年代に入りパンクはメタルの要素も加わる事となり、ブリティッシュハードコアパンクは多少違った面が見えてきます。このバンドはピストルズの影響をモロに受け、ハードで、卑猥なパフォーマンスをしたバンドです。多少ですが、メタル的な要素も取り入れています。

バンド名:Anti-Nowhere League(アンチ‐ノーウェア・リーグ)
ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Anti-Where League3
アルバム:ウィ・ア・・・ザ・リーグ カバー

バンドメンバー:
   ・Animal (アニマル)
   ・Jez (ジェズ)
   ・Nato (ナト)
   ・Shady (シャディ)

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Anti-Where League1

結成年:1980年

結成場所:ロイヤル タンブリッジ ウェルズ、英国

代表アルバム:
   ・We Are...The League(ウィ・ア・・・ザ・リーグ)

代表曲:
   ・We Are...The League(ウィ・ア・ザ・リーグ)
   ・Streets of London(ストリート・オブ・ロンドン)
   ・I Hate... People(アイ・ヘイト・・・ピープル)
   等

来歴:
1980年リードボーカリストのAnimal(アニマル)/本名:Nick Culmer(ニック・クルーマ)を中心にリズムギターリストのMagoo(マグー)/本名:Chris Exall(クリス・エクサル)、ドラマーのBones (ボーンズ)/本名:Tony Shaw(トニー・シャウ)、べーシストのBaggy Elvy(バギー・エルビー)のメンバーで活動を開始します。

バンドの初のギグは地元のカーニバルで行われましたが、バンドメンバーが逮捕されるという悲惨な結果に終わりました。地元紙では彼らの曲は“不快なノイズだと”表現したそうです。
1981年暮れThe Damned(ザ・ダムド)のオープニングとして、イングランドとスコットランドにショートツアーに出ます。

同年11月にシングルでRalph McTell(ラルフ・マックテル)のStreets of Londonストリートロンドンのカバーを出します。後のこの曲は彼らの代表曲となるSo What(ソー・ワット)のB面にも収録されました。

1982年にSo What Tour(ソー・ワット・ツアー)にメンバーとして加わります。このツアーにはChelsea(チェルシー)、Chron Gen(コーン・ゲン)、 The Defects (ザ・ディフェクツ)等のブリティッシュ・パンク・バンドが参加しました。

その後デビューアルバムと成るWe Are...The League.(ウィ・アー・ザ・リーグ)をリリースします。しかし、アニマルが3FTもの斧を持ち歩いていた為、危険とされ、レコードストアーからアルバムは全て回収、ラジオ局からも撤去されました。

同年Hardcore Storms America(ハード・コア・ストーム・アメリカ)をUK Subs(ユーケー・サブズ)と共に行います。

1983年にGilly(ギリー)/本名:Mark Gilham(マーク・ギリハム)が追加のギタリストとしてバンドに加わります。バンドウェブサイトの情報によるとMagoo(マグー)が度々、飲み過ぎによりギターを弾けなく為だそうです。
バンドは同年ユーゴスラビアにライブアルバムを制作に行き、Live In Yugoslavia(ライブ・イン・ユーゴスラビア)をリリースします。

1984年にPJ(ピー・ジェー)が首に成ります。 理由はバンドのメンバーのアルコールとドラッグのライフスタイルに馴染めなかった為です。
1985年にMichael Bettell(マイケル・ベッテル)がバンドにドラマーとして加わります。

1986年にJB(Jonathan Birch(ジョナサン・ビリック))が次いで入ります。
同年にGWR Records(GWRレコード)と契約が決まりThe Perfect Crime(パーフェクト・クライム)を制作します。しかし、またもや問題発生で、バンドはついに1978年に解散します。
最後に解散コンサートを1989年に行います。その後、直ぐにマイケル・ベッテルが脳腫瘍により41歳にて死去します。
1992年に再結成し、バンドメンバーも変わり現在に至ります。

ニューヨクでのコンサート:
このバンドのリストをチェックしていなかったせいか、以前からコンサートは在ったのかもしれませんが、見た事がありませんでした。先週の日曜日にたまたまコンサートリストのチェックをしていたら、ブルックリンのClub Europa(クラブ・ヨーロッパ)という所でコンサートが在ったので、行ってきました。観客は予想通り、というか予想以上にハードコアキッズが沢山いたので驚きましたが。ステージの両端が一段高くなっていて、そこで僕は見ていたので、マッシングに巻き込まれずに済みました。バンドも過激だったけど、ファンも過激だった。アンコールも無かったし・・・

このクラブは始めて行きました。ショーが始まる前にバーテンダーの女の子と話していたのですが、15年も前から在るらしいですが、ロックのコンサートを見せ始めたのでごく最近らしいです。以前はダンスのみのクラブだったらしいです。場所が、ポーランド人のコミュニティーにある為、バーテンダーの女の子や、セキュリティーがポーランド人で、ポーランド人経営のクラブである事が一発で判りました。人はフレンドリーで会場も小さくて良かったです。ショーも思いの他良かったです。 

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Anti-Nowhere League7


ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Anti-Nowhere League6


ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Anti-Where League5
アニマル

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Anti-Where League4




↓気に入った方はクリックをお願いします。
人気ブログランキング

アメリカ旅行の際にお洒落で便利なレンタル携帯電話
アメリカ国内、日本への国際電話一律30円分!
HallaPhoneバナー





サイケデリック・エレクリックの元祖:Silver Apples(シルバー・アップルズ)

以前にスーサイドについて書きましたがこのバンドは更に以前60年代の元祖エレクトリック、しかもサイケデリックで後のパンクバンド(スーサードも含め)に大きな影響を与えたバンドです。

バンド名:Silver Apples(シルバー・アップルズ)

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Silver Apples 4
アルバム:コンタクト カバー

メンバー:
   ・Simeon (シメオン)
   ・Danny Taylor (ダニー・テイラー)

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Silver Apples 5

代表アルバム:
   ・Silver Apples(バンド名と同じ)
   ・Contact(コンタクト)
   等
代表曲:
   ・Oscillations(オーサレーションズ)
   ・Lovefingers(ラブ・フィンガーズ)
   ・Misty Mountain(ミスティー・マウンテン)
   等

結成年:1967年
結成場所:ニューヨーク、米国

来歴:
バンドはもともとトラディッショナルなロックバンド The Overland Stage Electric Band(オーバーランド・ステージ・エレクトリック・バンド)として、イースト・ビレッジでレギュラー活動をしています。
後にメンバーは辞め、残ったSimeon (シメオン)と Taylor(テイラー)の二人はバンド名をSilver Apples(シルバー・アップルズ)と改名します。バンド名は William Butler Yeats(ウィリアム・バトラー・イエツ)の詩よりとりました。

シメオンは独自のテレグラフキーとパドル操作により音色とコード変更を行いました。シメオンはピアノやシンセサイザーの知識は全くありませんでしたが、評判を呼び、バンドは、一部の地域で人気が高まります。

1968年にKapp Records(カッパ・レコード)と契約が決まり一枚目のアルバムSilver Apples(バンド名と同じ)をリリースします。Oscillations (オーサレーション)はシモンが始めて書いた曲です。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Silver Apples 1
アルバム:シルバーアップルズ カバー

翌年、2枚目のアルバムとなるContact(コンタクト)をリリースし、その後USツアーに出ます。
1970年に3枚目アルバムを出そうとしますが、カッパ・レコードより断られ、バンドはアルバムを出せず解散となります。

1996年にシメオンのみで活動を再開。メンバーにマルチインストゥルメンティストの Xian Hawkins(イアン・ホーキンス)を加えUSツアーに出ます。シモンは1枚目、2枚目のアルバムの曲を披露します。最終的にはテイラーも加わりオリジナルメンバーで再結成となります。テイラーも、未発表の3枚目アルバムの曲を披露します。
ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Silver Apples 2
シメオン

1998年に3枚目のアルバムと成るThe Garden (ザ・ガーデン) をリリースします。

1999年ツアー途中バスが事故に巻き込まれ、シメオンは首の骨を折る大怪我を追います。幸いにも怪我はほぼ完治しましたが、現在は昔のように楽器を扱う事は出来ない状態になりました。その為、以前に比べるとシンプルな楽器操作に成らざるに終えませんでした。
事故後シルバー・アップルとしての活動も減り、シモンは曲の製作、ホーキンスはソロ活動を行います。

2005年の3月10日にニューヨーク州のキングストンでテーラーは死去します。

2007年にシモンはソロでシルバーアップルを再開ツアーに出ます。
ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Silver Apples 3

ニューヨクでのコンサート:
2007年のソロでのコンサートをトライベッカのKitting Factory(ニッティング・ファクトリー)見ました。ファンも多かったのを記憶しています。オリジナルの楽器が印象深く、この手の演奏を60年代にやっていたと思うと、いかに最先端の人だったかと言う事が思い知らされました。シメオンはもう60年代中盤から後半の方だと思いますが、かなり良い仕事をしていました。また機会があったらコンサートに行きたいですね。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Silver Apples 6



↓気に入った方はクリックをお願いします。
人気ブログランキング

アメリカ旅行の際にお洒落で便利なレンタル携帯電話
アメリカ国内、日本への国際電話一律30円分!
HallaPhoneバナー

洗練のパンク・バンド:Siouxsie & the Banshees(スージー&ザ・バンシーズ)

有名どころでヒットも沢山在るブリティッシュパンクバンドですが、バンドのメンバーの入れ替わりが激しいバンドですね。スタイリッシュで洗練された曲を次々とリリースしました。曲調もバラエティーに富んでいますね。

バンド名:Siouxsie & the Banshees(スージー&バンシーズ)

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees3
アルバム:スクリーム カバー

バンドメンバー:
   ・Siouxsie Sioux(スージー・スー) ボーカル
   ・Steven Severin (スティーブン・セベーリン) ベース
   ・Budgie (ブギー)

元メンバー:
   ・Sid Vicious(シド・ビシャス) ドラム
   ・John Carruthers(ジョン・カールスサー)ギター
   ・Jon Klein(ジョン・クレイン)
   ・Marco Pirroni(マルコ・ピロニ) ギター
   ・John McGeoch(ジョン・マックゲオック) ギター
   ・John McKay(ジョン・マッケィー) ギター
   ・Kenny Morris(ケニー・モリス) ドラム
   ・Robert Smith(ロバート・スミス) ギター
ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees8

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees1


結成年:1976年

結成場所:ロンドン、英国

代表アルバム:
   ・The Scream (ザ・スクリーム)
   ・Kaleidoscope (カレイドスコープ)
   ・Hyaena (ハイエナ)
   ・Tinderbox (ティンダー・ボックス)
   ・Peepshow (ピープ・ショウ)
    等

代表曲:
   ・Cities in Dust (シティーズ・イン・ダスト)
   ・Dazzle (ダズル)
   ・Fireworks (ファイヤーワークス)
   ・Hong Kong Garden (ホンコン・ガーデン)
   ・Peek-A-Boo (ピーカー・ブー)
   ・Spellbound(スペルバウンド)
    等。シティーズ・イン・ダストは最高です。

来歴:
リーダーでボーカリストであるスージー・スー(本名:Susan Dallion(スーザン・ダリィオン))は1959年5月27日生まれです。

バンシーズの始めのラインナップは、The Bromley Contingent(ブロムリー・コンティンジェント(ピストルズの追っかけグループ))で構成されました。

ダリィオンは1976年の9月にバンシーズを結成、名前をスージーに改名しました。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees2
スージー・スー

べーシストには、Steven Severin(スティーブン・セべーリン)、ギタリストにはMarco Pirroni(マルコ・ピローニ)ドラマーにはJohn Simon Ritchie(ジョン・シモン・リッチー二)。リッチー二は後に名前をSid Vicious(シドビ・シャス)と改名します。

バンシーズは、同年の暮れ伝説のパンクロックフェスティバル100 Club Punk Festival(ハンドレッド・クラブ・パンク・フェスティバル)でデビューします。
その後ビシャスはバンドを離れThe Sex Pistols (セックス・ピストルズ)にピロー二もAdam & Ants (アダム&アンツ)に入ります。

スーとセベリーンの二人はギターリストにJohn McKay(ジョン・マッケィー)をドラマーにKenny Morris(ケニー・モリス)を起用します。

1978年にU.K.トップ10シングルと成るデビューシングルHong Kong Garden(ホン・コン・ガーデン)をリリースします。

同年に一枚目のLPとなるThe Scream(スクリーム)をリリースします。

1979年にJoin Hands(ジョイン・ハンズ)を出しツアーに出ます。しかし、その後突然、マッケィーとモリスの両メンバーがバンドを去ります。ツアーの中の代わりのメンバーとしてギタリストにThe Cure(キュア)の Robert Smith(ロバート・スミス)とドラマーに元Slits(スリッツ)でBig in Japan(ビッグ・イン・ジャパン)のBudgie(ブギー)が勤めます。スミスは直ぐにキュアに戻りますが、ブギーは後のメンバーと成ります。

次バンドがに起用したギタリストは元Magazine(マガジン)のJohn McGeoch(ジョン・マックゲオック)で、1980年にKaleidoscope(カレイドスコープ)このアルバムは以前よりメロディックな感じで仕上がり、Happy House(ハッピー・ハウス)がトップ20に食い込みます。アルバムとしてはトップ5に入ります。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees4
アルバム:カレイドスコープ カバー

一年後にサイケデリックなJuju(ジュジュ)をリリースし、続いてシングルコレクションのOnce Upon a Time(ワンス・アポン・ア・タイム)を出します。

スーとブギーはサイドプロジェクトとして、別バンドthe Creatures(クリーチャーズ)を始めます。

1982年にエクスペリメンタルなA Kiss in the Dreamhouse (ア・キッス・イン・ザ・ドリームハウス)をリリースします。その後、マックゲオックが病気の為、スミスが代理として一時的にバンドに再び加わります。

1983年にロンドンのRoyal Albert Hall(ロイヤル・アルバート・ホール)でパフォーマンスを行います。また、その時録音されたアルバムNocturne(ノックターン)もリリースされます。
また、セベーリンとスミスは一度きりのプロジェクトですが、the Glove(ザ・グルーブ)でLP Blue Sunshine(ブルー・サンシャイン)を出しました。
マックゲオックは病気から完治しましたが、バンドを辞めることが決めました。バンドは元Clock DVA(クロック・ディービーエー)のギタリストJohn Carruthers(ジョン・カールスサー)を起用します。

1984年にダーク雰囲気のHyaena(ハイエナ)をリリースします。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees5
アルバム:ハイエナ カバー

1986年にはTinderbox(ティンダーボックス)でついにU.S.チャートトップ100に入ります。このアルバムは伝説の曲Cities in Dust(シティーズ・イン・ダスト)を含みます。
ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees6
アルバム:ティンダーボックス カバー

1987年には全てカバーのコレクションThrough the Looking Glass(スルー・ザ・ルッキング・グラス)をリリース。その後、カールスサーがバンドを離れます。代わりに元Specimen(スペースマン)のギタリストJon Klein(ジョン・クレイン)それに、キーボードリストとして、Martin McCarrick(マーティン・マックケーリック)を起用します。

1988年にPeepshow(ピープショウ)をリリースします。このアルバムハテクノ影響が感じられます。Peek-a-Boo(ピーカ・ブー)はUSシングルヒットチャートに入ります。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees7
アルバム: ピープショウカバー

1991年にスーとブギーが結婚をします。
その後Superstition(スーパースティション)をリリースします。このアルバムは商業的にはバンドで一番と成るUSチャートトップ40にKiss Them for Me(キス・ゼム・フォー・ミー)を含みます。

1992年二枚目のシングルコレクションと成るTwice Upon a Time(トゥワイス・アポン・ア・タイム)もリリースします。

その後長期の活動停止に入ります。

1995年にJohn Cale(ジョンケール)のプロデュースによりThe Rapture(ラプチャー)のリリースをします。
一年後に解散を宣言をし、スーとブギーはクリーチャーズをメインプロジェクトとし移行します。

ニューヨークでのコンサート:
確か2002年に復活したと思ったのですが、僕は5年ほど前に42丁目のB.B.King(ビー・ビー・キング)でみました。あんな狭いところでやるとは思いませんでした。もちろんチケット完売です。和太鼓とかも取り入れて、かなりアバンガードナ感じでした。ちなみにビー・ビー・キングその名の通りブルースのビー・ビー・キングが経営しているお店で、42丁目と思い切り観光地に立地しています。ところが、ショウはバラエティーに富んで、コメディーナイト、ブルース、ヘビーメタル、パンク、ハードロック等何でも在ります。昔Blue Öyster Cult(ブルー・オイスター・コルト)も見ました。客も意外と観光客っぽくなくローカルの人っぽいの意外です。観光でNYに来る人はチェックしてみて下さい。直ぐに見つかります。

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees12

ニューヨーク 60-80年代 ロックコンサート-Siouxsie & the Banshees11



↓気に入った方はクリックをお願いします。
人気ブログランキング

アメリカ旅行の際にお洒落で便利なレンタル携帯電話
アメリカ国内、日本への国際電話一律30円分!
HallaPhoneバナー