シネマ上映 英国ロイヤル・バレエ「白鳥の湖」(2024年4月収録) | 明日もシアター日和

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観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

追加振付/演出 リアム・スカーレット

ヤスミン・ナグディ/マシュー・ボール/トマス・ホワイトヘッド/ジョンヒュク・ジュン

 

 このリアム・スカーレット版の初演は2018年。それまでのアンソニー・ダウエル版以来31年ぶりの新プロダクションで、フライアーのコメントを拝借すれば “ダークで悲劇性の強い” 作品です。ヤスミン&マシューのペアは他作品でも何度も共演しているのでパートナーシップは盤石、安心して観ていられます。すごく良かった🎊

 

 オデット&オディールのヤスミン。ダンサーによっては白鳥・黒鳥どちらか一方がより似合う、ということがあるけど、ヤスミンは両方の踊り分け&演じ分けが見事で、どちらもなりきり度すごい。場に合わせて気品やパワーや儚さなど醸し出すものを変え、どのステップもポーズも完璧で、長い手脚による表現が雄弁。視線の強さも明らかに違います

 プロローグ、ロットバルトに変身させられたヤスミンオデットは無表情、ロットに操られるかのようにアームスを羽ばたかせる様子は魂を奪われたかのようで、すでに痛ましい。王子と遭遇した時は不安や警戒心を見せるけど、儚げな乙女ではなく、出自としての高貴さを失わない毅然とした強さもあった。王子の真心に触れ少しずつ心を開き表情を和らげていく演技がとても丁寧。王子に触れる時にフッと彼を見るときの、すがるような眼差しも良かったです。

 一方のオディールは、コケティッシュに攻めるのではなく、狙った獲物は離さない的な強さがあって王子をグイグイと引き摺り込む感じ。差し出した手に王子がキスしようとするとサッと翻すなど、焦らし作戦も小気味いいです。強靭なグランフェッテは勝利宣言だったし、王子を騙しおおせて走り去っていくときには高笑いが聞こえてくるようでした👏 4幕では、癒されることのない深い絶望から心を開き、王子の懺悔を受け入れ赦すときの穏やかな表情は聖母的、悲しみの中でのPDDは痛々しく😢 意を決して身を投げるまでのオデットの心理もダンスで丁寧に表現されていました。

 

 結婚や王位継承という“義務” に縛られ苦しむ憂愁のマシュー王子、ガラス玉のような透明感ある目、うつむきがちになったときのメランコリックな表情が美しい✨ 1幕では威圧的なロットバルトの前で何も逆らえず、宮廷人が踊る最中も後方に佇み遠くの空を見つめていて、心ここに在らず風の背中が寂しげだった。

 湖畔でオデットに遭遇し、驚きとトキメキが混じった気持ちを見せながら少しずつ近づいていく感じが良い。デュエットでオデットをサポートする時の、壊れやすいガラス細工に触れるようなソフトなタッチが美しいです。オデットを抱き寄せた時の優しくいたわるような表情や、見つめたときに見せる笑顔は安らぎと開放感を噛み締めているようだったな。

 3幕ではオディールに翻弄されながら絡め取られていくところが上手くて、超絶ピルエットは愛を得た喜びのほとばしりのようです。4幕での王子はロットに倒されちゃって弱っちいんだけど😅 その前に、後悔に苛まれ赦しを請う姿が悲痛です。最後、オデットの後を追って2人が天上で結ばれるのではなく、王子がオデットの亡骸を抱いて幕、というエンディングは私の好みですね(2人が地上で結ばれるハッピーエンドなんてあり得ないでしょう😑)。

 

 ベンノを踊ったジョンヒュク・ジュンがとても良かったです。弾むようなステップ、大きなマネージュ、空中で伸びる後ろ脚の美しさ。ディヴェルティスマンではナポリを踊ったイザベラ・ガスパリーニレオ・ディクソンがとても溌剌としていて際立って見えたけど、2人だけで踊ったせいもあるのかな。ロットバルトはトマス・ホワイトヘッド。王子に対して無言で圧を送ってくる表情からしてもう熱苦しく😆 湖での魔王に変身してからのメイクが不気味でした。

 ところで、ロットバルトはそもそも何をしたいのか、その目的がよくわからない版が多いですが、今回、スカーレット版におけるロットとオデットの行動の意図が(自分なりの考えですが)わかったような。ロットは王座を狙う側近=女王の顧問に化けている魔王という設定。ホワイトヘッドはインタビューで「彼はさげすまれたてきた」と言っていたので、何らかの恨みがあって王国を乗っ取ろうとしているのね。具体的には、王位継承者である王子の権威をおとしめて王国を我が物にしたいらしい。

 でも彼の魔力は、自分が魔法をかけたオデットの「愛する人のために命を投げ出すという犠牲的行為」によって消滅するのだと思う。で、そのことを知っているオデットは、自分が死ねばロットは衰弱し仲間の白鳥たちがやっつけてくれる、そうすれば愛する王子の国を救える、と湖に飛び込んだと解釈しました。愛が結ばれないことや呪いが解けないことに絶望したのではなく、王子のために自分を犠牲にした……というね😭

 

 スカーレット版でどうしても好きになれないところは舞台が暗いことです。背景やセットが黒っぽく、照明も舞台全体を均等に照らさずに明暗をつけるので、ダンサーが見えにくい😔 2幕で湖のほとりにロットバルトが現れるところも、オデットが上手から出てくるところも、よく見えない。群舞もオデットを追いかける王子も、舞台の端や後方に行くと見えにくくなる。王子やロットの衣装がダーク系なので、黒っぽい背景に溶けてしまい脚の動きがよく見えない。3幕でも王子はダークな衣装なので、黒とゴールドを基調にした室内セットと重なって脚の動きがよく見えないんですよっ❗️

 照明も、1幕の宵闇に包まれた屋外、2・3幕の月光のみに照らされる湖畔、3幕の壮麗な宮廷内……という、その場の雰囲気を出すための演出意図があるのでしょうが、リアリズムにこだわるためにダンサーの踊る姿が見えにくくなるって、本末転倒では?

 

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