明日もシアター日和

明日もシアター日和

観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

作 ウィリアム・シェイクスピア

演出 長塚圭史

吉田鋼太郎/山西惇/石原さとみ/松岡依都美/矢崎広/藤原竜也/山内圭哉/吉田美月喜

 

 辛口感想です🙇‍♀️ 自分の感性/好みと、演出家のディレクションや役者の演技とが合わなかったということで🙏 演出家さんと主役の役者さんが発表になったとき、あまり期待しないでおこうと思ったのだけどその予想は当たっていた。だったらそもそも観なければいいのだけど、シェイクスピア作品だし、もしかしたら面白いかもという期待もあったしね。

 「彩の国シェイクスピア・シリーズ」で吉田鋼太郎さんが演出から外れたことにはホッとしました。彼は役者であって、演出家としては……💦 彼が主催・演出する劇団AUNの公演は面白かったんですけどねー。で、その彼から依頼されて本作の演出を引き受けた長塚圭史さん。長塚さんの作品はいくつか観てますが、自分のツボにあまり刺さらないのですよ(彼が主催する劇団阿佐ヶ谷スパイダースの舞台は未見)。

 

 舞台上に、円形に褐色の土が盛ってあり、演技はほぼその上で行われる。その大地はリアの国土を象徴していると捉えたけど、同時に不毛であることも感じました。その後方の床に椅子が並べてあり、役者たちが控えている。盛り土の上にコーディリアが横たわっていて、その後ろにリアが立ちそれを見つめている。後方にいた役者たちが舞台に登ってくるとコーディリアも起き上がって役者たちと一緒になり、リアは後方に一旦引き下がり、そこから芝居が始まります。

 

 プログラム内の演出家のコメントによると、この冒頭シーンは「リアが自分の辿った道のりを見つめている」ところで「冒頭から終わりまで、リアは自分が大きな過ちを犯してきた時間と向き合っている」らしい。これはプログラムを読まなければ分からなかったことで、それが分かるような演出にはなっていなかった(私が感じ取れなかっただけかもですが🙇‍♀️)。本編が始まってからも、後方の椅子には出番を待つ役者たちが座っているのだけど、それが意図するところもよく分からなかった。リアの脳裏で自分の過去が「芝居の形」で再現されていくという構成だからその登場人物が控えているのだとしても、あまりうまく機能しているようには思えなかったな。

 演出自体は拍子抜けするほどオーソドックスで意外性はなく、演出家独自の解釈も感じられない。そのぶん役者の言葉の力で引っ張っていく芝居だけど、総じて、作品に深みや味わいは感じられなかったです(←個人の感想です)。

 

 リアを演じた吉田鋼太郎さんの演技スタイルは知っているから覚悟はしてたけど、案の定、ずっと怒鳴る&叫ぶのセリフ回しで辛かった😓 登場時は老齢の弱々しい男の感じだったけど、国土分割の段階になってコーディリア(吉田美月喜)のすげない返答を聞き、一気に傲慢で驕り高ぶった喋りになり、あとはずっとこの調子の、ガナリたてる喋り方だった。狂気を纏っていく嵐のシーンでは暴風のように声を張り上げ、目の前にいるエドガー(藤原竜也)に向かって話すだけなのに怒鳴り口調。このあとガクンと老人になるのでそれとの差異を付けるためなのかもだけど、とにかく熱いハイテンションのまま終盤に突入していく。1つのシーンや1つの長ゼリフの中でもう少しメリハリつけて欲しいなと思いながら観ましたよ。

 コーディリアとの再会シーンになってようやくトーンが落ち、ホッとしたんだけど、ここからのリアはどういうわけか身体が小さくなっていて、その見せ方はサスガに素晴らしかったです。まさに「80の坂を超えた愚かな老人」だった。でも最後、コーディリアの遺体を抱いて登場したときはまた元気になって叫びちらかしてた😅 で、ここでコーディリアを地面に横たえ、冒頭のシーンに繋がるわけです。

 

 リアは長女ゴネリル(石原さとみ)と次女リーガン(松岡依都美)に対して暴言を吐くのだけど、鋼太郎さんはこの調子で完全にDV化していて、そのためリアに何の同情も共感も覚えないのに対して、2人の娘が正当に見えてきました。実際、石原さんと松岡さんには自分の手で自らの立場を守り将来を切り開いていく強さがあった。まあ、清廉潔白な娘たちではないけど、そこは、この父にしてこの娘たちありですね😓

 その2人をモノにし出世しようと企むエドマンドは矢崎広さんだけど、悪党っぷりや貪欲さや色悪の香りがちょっと薄味だった。ゴネリルとリーガンの陰に隠れてしまってたような。

 リアに忠実なグロスター伯の山西惇さんがとても良かったです。山西さんがおっしゃっているようにグロスター伯とリアとは表裏一体。身勝手な父親で息子の本心を見抜けず裏切られ絶望する。プログラム内の配役紹介文に小見出しが付いていて山西さんのページには「“狂えなかった人” の人間臭さを」とあり「あ…そうか、狂ってしまった方が苦しみから逃れられる、ある意味、救われることもあるんだ」と思った。正気のまま悲しみを抱えて死んでいったグロスター伯の悲劇に涙しました🥹

 

 観客の反応でちょっと驚いたのは、狂気に陥ったリアが頭に枯れ草をたくさん刺して現れたとき客席から笑いが起こったこと。また、リアに「この挑戦状を読んでみろ」と言われたグロスター伯が(両目をくり抜かれていたため)「読みたくても私は目がないのだ」と言ったところでも客席からドッと笑い声が。そこで笑うってどういう感覚なんだろう🙄 ここまで観てきて2人の運命に哀れさを感じないのだろうか? ドラマの悲哀が観客に伝わってないってこと? もし笑いが起こるとしたら道化のセリフのところだと思うのだけど。

 ところがその道化(中山祐一朗)が全く印象に残らない存在になっていた。もう少しうまく見せられないものだろうかと思いました。あ、役者が悪いのではなく、演出の問題ね。道化はリアを映す鏡……ではないとしたら何なのでしょう? ただのおどけ者という捉え方なんだろうか。そういえば、狂って地に這いつくばったリアが土の中から帽子を見つけそれを被ろうとするんだけど、それは道化がかつてかぶっていた鶏冠つき帽子(に見えた)で、そこは上手く解釈したなと思いました。

 う~む、鋼太郎さんが演じるシェイクスピア劇、悲劇ではなく喜劇で観たいなあ。それならいくらでもぶっ飛んでいいから。そういえば前回の「マクベス」での魔女役、最高でした。

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 演劇(観劇)へ
にほんブログ村 

観劇ランキング
観劇ランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村

「盛綱陣屋」

仁左衛門/愛之助/魁春/壱太郎/孝太郎/種太郎/勘九郎/歌昇/隼人/歌六

 盛綱は複数の役者さんで観てきているけど、仁左さまの盛綱は本当にもう絶品なのですよ🎊(個人的好みが多分に入った見方ですが😅)。その仁左さま、1997年大阪松竹座の新築開場記念柿葺落公演でこの「盛綱陣屋」を勤めているそうです。

 

 敵と味方に分かれてしまった佐々木盛綱(仁左さま)弟の高綱(登場しない)高綱の息子小四郎は盛綱の陣屋に囚われている。高綱は討死し、その首実検を命じられた盛綱が首桶の蓋を開けると、それは偽首。しかし小四郎が駆け寄り「父上さま、わたしも跡を追いまする!」と言って切腹する。盛綱は高綱父子が企んだ悲壮な計略(高綱が、自分は死んだと敵に思わせるため息子の命を犠牲にした😢)を理解し「首は高綱のものだ」と偽りの証言をしてその計略を成就させる、という切ないお話。

 

 最大の見所は首実験のところだと思うけど、そこに行く前に、高綱側の軍師和田兵衛(愛之助)の謎の行動、盛綱の母微妙(魁春)小四郎(種太郎)とのやりとり、盛綱の妻早瀬(壱太郎)と高綱の妻篝火(孝太郎)との矢文でのやりとりなどがあり、お話に深みを出していく。個人的には愛之助の和田兵衛の豪胆な武将ぶりが大変良くて、仁左さま盛綱との探り合いみたいなやりとり、2人が同じ舞台で対峙してる絵柄が眼福でジ~ンときました✨

 

 仁左さまの盛綱風格あるその姿と微かに情がこもる理知的なセリフ回しが美しい。そして首実検の数分間の演技、見入りましたよ。首桶を前にして、弟の首を見たくないと逡巡し→ようやく意を決して首桶の蓋を取り→小柄を使って首をゆっくり手前側に回し(この所作めずらしい)→天を向いて目を閉じ→覚悟を決めて目をカッと見開き→首を見る。ところが「え、違う、これは弟ではない……」と安堵して力を少し抜き→弟のやつ謀ったな(自分は死んだと見せかけるため偽首をよこしたな)とニヤリとほくそ笑む→しかしハッとして→ではなぜ小四郎は「父上、直ぐにおそばに参ります」と言って腹を斬ったのだ?→小四郎の方を向くと、苦しみながらも首を弱々しく振っている「父の首だと言ってください」と訴えるかのように→盛綱はしばらくじっと思案し、ハッと理解する「これは親子で打った大芝居なのだ、だから自分はこれを弟の首だと言わなければいけないのだ」と→そして次の瞬間、そのために自らの命を捨てた小四郎の健気さを思い、顔をくしゃくしゃにして心で泣く→「高綱の首に相違ない」と言うとき一瞬、小四郎の方を見て「すべて了解した。これでいいのだな」という感じでうなづく仁左さま。小四郎は安堵してガクッと突っ伏す……😭

 この間、一言のセリフも、義太夫も三味線の音すらもない、完全に無音の世界、舞台そして客席の空気がピーンと張り詰めた空気の中、仁左さまの所作や表情や視線から盛綱の思考と感情が、不安、逡巡、安堵、称賛、疑問、理解、弟や甥っ子への思いが、セリフでしゃべられているかのように直球で伝わってくるのです。動くタイミングの間やリズムの取り方、その演技の凄さに感動するんです。盛綱と、その横で、腹を斬ってうずくまっている小四郎とを交互に見ながら、文字通り固唾を飲んで見入りましたよ🥹 芝居の最後、潜んでいた間者を短筒で撃ち殺してくれた和田兵衛と盛綱との別れのセリフが清々しかった。

 

「當繋藝招西姿繪(つなぐ わざおぎ にしのすがたえ)」

 このあとに落語ベースの喜劇「心中月夜星野屋」があり、打ち出しが、大阪松竹座の名残を惜しむためのこの1幕です。松竹座が御名残興行で大賑わいという設定で、同じく道頓堀に店を構える芝居茶屋を舞台にちょっとした小芝居があり、茶屋に来たお客をもてなすため上方由来の作品(「吉田屋」「封印切」「車引」「引窓」「夏祭浪花鑑」「雁のたより」「櫓お七」など)の名場面を上方役者たちで演じて見せ、最後に、松竹座での舞台を終えた(という設定で)江戸役者たちも加わって総踊りになり、大阪締めで幕。ちらしに出演役者名がなく「幹部俳優出演」とあったので仁左さまも当然ご出演と思ったのに、監修のみでした。そ、そんな~😩

 年に一度の南座の顔見世でしか舞台に立たなくなっている進之介が酒問屋の若旦那役で登場してたんだけど、その進之介が我當さんの完璧コピーでした😊 最初、我當さんが舞台にご出演?ってびっくりしたくらい瓜二つ。我當さんが亡くなられたのは昨年5月11日だから、もうすぐ御命日なんですね。秀太郎さんも、5年前ですが5月23日に亡くなられていて、今月は松嶋屋にとっても大切な月なんだ。

 しかしなー、大阪松竹座最後の公演なのに、千之助が出てないって……どうなの?😑 たとえ歌舞伎とはもう距離を置いてるとしても、せめて最後のこの演目には出るべきだと思うよ、進之介だって京都から足を運んで来てるのに。

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 歌舞伎へ
にほんブログ村

歌舞伎ランキング
歌舞伎ランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村

 この公演の5月26日千穐楽をもって閉館する、1923年開業の大阪松竹座(老朽化のため、劇場だけでなく飲食店も入るビル全体が解体されるとのことです)。行ってきましたー。遠征する時はいつも仁左さまが出る部(通常は夜の部)のみ鑑賞するのだけど、今回は昼の部の愛之助「義賢最期」も観たかったので昼夜の観劇です。まず昼の部の感想から。

 

源平布引滝「義賢最期」

愛之助/隼人/吉弥/孝太郎/松之助/壱太郎/亀鶴

 よく出る「実盛物語」の前日譚です。平家全盛の時代、源氏再興の機を窺う木曽義賢(愛之助)が、訪ねてきた百姓父娘(松之助と孝太郎)に、身重の妻(吉弥)源氏の白旗を託し、平家の軍兵と戦って討ち死にするお話。

 なんといっても後半の大立ち回りからの、義賢の壮絶な死にザマが見どころですよね。台の形に組んだ戸板の上に義賢が登ってカッコよく見得を決め、義賢が乗ったまま戸板が倒れ地に落ちたところで再び見得をする「戸板倒し」、大紋の袖を広げて見せる「蝙蝠の見得」から、仁王立ちのまま正面向きで三段に頭から倒れ込んで最期を遂げる「仏倒れ」。圧倒的なダイナミズムと様式美です。

 初めて観たとき(義賢は孝夫時代の仁左さまだった😊)、組んだ戸板から軍平たちが手を離しそれが崩れ出したとき、失敗したのかと思って「あぁっ……」と小さく声が出てしまい、仏倒れでは心の中で「ヒェッ !?」と叫びましたよ😅

 

 愛之助は20年前、初めて義賢を勤めたのが、この大阪松竹座だったそうです。1年半前に稽古中、顔に大怪我をして以来、危険を伴う立ち回りがあるこのお役は演らないと決めてたそうですが、大阪松竹座の最後を飾る舞台なのだからと、強い思い入れのある「義賢最期」を選んだそうです。「命を懸けて挑みます」と言っていますが「命を懸ける」という言葉は決して大袈裟ではないと思うのでした。

 

 登場時、襖の向こう側から上がる声に重さと太さがあり、あー、武将の声だと思った。もう少し高い声を予想していたので新鮮な驚きすら感じました。襖が開いて姿を現すと堂々たる押し出し、頬がスッキリしていて以前よりシュッと引き締まった印象だったな。折平という名で身分を隠し源氏再興の機会を狙う多田行綱(隼人)とのやりとり、そこで本心(平家側と思われているけど本当は源氏の再興を願っていること)を明かすときの語りに力があり説得力がありました。

 現れた平家方の使者に「平家に忠誠を誓うのならお前の兄・義朝のこの髑髏を足で踏め」と迫られ、怒りが溜まっていくときに片方の口角がクィーッと釣り上がり、怒りを爆発させて平家への反逆を開始していくところ、かなり見せます👍 娘(壱太郎)妻(吉弥)を逃すときの別れ難さと無事を祈る言葉に情が見え、立ち回りのあと瀕死の状態で「我が子に一目会いたかった……」と吐露するころにも家族への思いが強く感じられた🥹

 終盤の立ち回りはまさに覚悟が感じられる演技で、息を止めて観てしまうほどの壮絶さ、そしてまた形としても非常に美しかったです。愛之助はこのあと再び義賢を封印するのだろうか。歌舞伎座でもぜひ再演してほしいなあ。

 

 多田行綱の隼人。以前にも勤めているし錦之助も演ってるんですねー。所作は型がきれいで、セリフは、今まで気になっていたフワフワした感じがなくなっていて力強く、時代物のセリフになってました(偉そうですみません🙇‍♀️)。白旗を託された小万は孝太郎で「実盛物語」では殺されてしまっているのだけど、ここでは平家方の追手を相手に勇ましく戦う男まさりの女、孝太郎はこういうお役が似合ますね(この後の運命を知っているのでちょっと悲しいけど😢)。吉弥の葵御前には品性があり、道化方の矢走兵内を演じた亀鶴も上手かったな。

 欲を言えば夜の部では、この続きである「実盛物語」を同じ役者でやってほしいところです。九郎助(松之助)の家に匿われた身重の葵御前がやがて産むのが、義賢の息子である木曽義仲、白旗を託された九郎助の娘小万は殺されていて白旗を握った腕と小万の遺体が運ばれてきて……というね。

 

 

「鰯賣戀曳網」

勘九郎/七之助/鴈治郎/歌昇/扇雀/壱太郎/米吉/虎之介

 三島由紀夫は歌舞伎の脚本を6つ書いているそうですが、私が観たことあるのは「椿説弓張月」と、この「鰯賣戀曳網」。「弓張月」は時代物でいかにも三島らしいお話なんだけど、この「鰯賣」は軽い喜劇で、三島の作品だとは信じ難い作風です。短編小説にはコミカルなものもあるからその路線なんだ。「歌舞伎の様式美を最大限に生かしながら、人間的な喜劇を創造」したのだそうです。

 十七代目勘三郎が勤めた初演以来、鰯賣は中村屋しか演じてない。蛍火は歌右衛門→玉さま、そして今の勘九郎のお相手はずっと七之助。それだけに、兄弟の息の合った絶妙な掛け合いが見事だし、勘九郎の持ち味である愛嬌やほんわかした演技、そしてコメディアンぶりも楽しめる。七之助は、傾城じつはやんごとなき姫君という気品と気高さはもちろん、ほどよい色っぽさもあり、最後、わたし鰯賣と結婚します!となって可愛らしく決めていました。

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 歌舞伎へ
にほんブログ村

歌舞伎ランキング
歌舞伎ランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村

演出/振付/空間デザイン 金森穣

音楽 クロード・ドビュッシー

秋山瑛/大塚卓/岡崎隼也/沖香菜子/池本祥真/伝田陽美/工桃子/安西くるみ/井福俊太郎/山下湧吾/宮川新大/安村圭太/鳥海創/後藤健太朗

 

 2023年の全幕初演はとても面白く観ました。和モノのお話で振付も日本人というのが珍しかったし、そのお話自体や振付、美術を新鮮に感じた記憶があります。今回は自分の解像力が少し上がったのか、そのぶん良いところが鮮明になったけど疑問も湧いた。

 このバレエ作品はかぐや姫と道児との悲しいラブストーリーじゃなくて、純粋にかぐや姫個人の物語なのね(何をいまさら、ですが🙇‍♀️)。で、疑問点は、だとしたらかぐや姫はなぜ地上に現れ、なぜ月に戻った(連れ戻された)のかということで、彼女が地上に現れた理由(目的/意図)が分からなくなってしまった

 金森氏は「(竹取物語における)月に住まう姫が、贖罪のために地球を訪れるという物語」に惹かれたとプログラムに書かれているけど、かぐや姫が月で犯した罪と、それを地上で償う手段は描かれていないし、罪を償い終えたから月に戻ったわけではなさそう。同じくプログラム内で作家の方が独自に解釈(解説)されるのも読みましたが、個人的には「それ、果たしてどうなのかなあ?」と思いました。

 あと、これも個人の感想ですが、物語の終わり方として、体制批判、自然破壊批判、武力闘争批判、調和と平和への願い、みたいなテーマがうっすら見えるの、なんかな~😓です。もちろんそうしたスタンスには大賛成だけど、この作品にそういう壮大なメッセージ性を帯びさせるの必要かなあ……などと思うのでした。

 

 肝心のパフォーマンスです。秋山さんのかぐや姫は前回に続いてということもあり、完璧に自分のものにしていましたよね🎊 1幕の無邪気で可憐な少女時代、村人たちとはしゃぐように遊ぶ姿や道児に一目惚れして胸をときめかすところなど、初々しい表現が自然。宮廷に向かう輿の中での不安な表情に同情を抑えられなかった。2幕での宮廷での生活、礼儀作法に戸惑うも次第に宮廷の空気が身についていき、華やかさと同時に孤独を纏った姿は、ダンスの優雅さも加わって1幕より一回り大きく見えた。3幕、人の世の醜さを知って強さを身につけた秋山さんは圧巻で、高貴な姿、まさに月の人を思わせる神々しさ、月に戻っていくときの人にあらざるものとしての後ろ姿、美しかったです。

 

 前回は帝を演じた大塚さんの道児、ハマり役でした🎉 持ち味として陽キャラではないと思うのですが、その繊細で少し寂しげな雰囲気が(もしかしたら道児は天涯孤独な青年なのかな)、村の娘にはない何か不思議な雰囲気の少女かぐや姫に惹かれてしまうという発端から説得力があり、何の疑問や不安も感じずに恋に落ち、宮廷にまで訪ねていき、結局結ばれないと悟って(このあと数年が過ぎたという設定だそうです)3幕では村の娘をめとるまでの人生に、こちらも悲しみと安堵を覚えました。道児の感情を吐露する踊りがないのが残念ですが、2、3幕の弱さを感じさせる佇まいが印象的だった。

 2人のパートナーシップとても良かったです。秋山さんの輝くような表情、大塚さんの無垢な雰囲気、その2人が見せる流れるようなデュエットや、きっちりサポートされたリフトには相性の良さが出ていて、特に2幕のPDDは心情が伝わりとても美しかった。

 

 影姫は沖さんで、キュートさを封印した冷たさがあり、こういう沖さんすごく良い👏 正室としての気高さ、なのに帝の愛を受けられない孤独、それゆえの複雑な強靭さ、かぐや姫への素直な嫉妬などをきっちりと体現していました。秋山さんかぐや姫と沖さん影姫は、名前通りに光と影として2人で1人、背中合わせの存在に見えました。2人が鏡を覗き込むように向かい合い手を重ねて同じ動きを見せるシーンでは、互いに相手の心を覗きながらそこにもう1人の自分、そこにある孤独を見たのではないか? だから、本当は互いに理解できるはずなんだけど、影姫はかぐや姫に拒否反応を示すため、その痛みが自分に跳ね返ってきてしまったように思えたな。

 

 池本さんの帝、影姫を愛せないのは、もしかしたら政略結婚的に “あてがわれた” 正室だからかな。本当はもろいのに威厳を保つため、自分を硬い鎧で覆って無理に強く見せ、そのために影姫の本当の姿すら見えなくなっているような踊りだった。かぐや姫と出会うことで鎧が剥がれていくけど愛を受け止めてもらえないゆえ更なる孤独と向き合わざるを得ない。そんな帝と影姫が最後に磁石のように惹かれていく姿には何かキラキラ感ありました✨

 

 群舞のダンスとフォーメーションと衣装がとても良かったです。例えば最初の緑(竹)の精。仰向けの状態から徐々に起き上がり動いていくところは、竹の息吹を感じるというか、命の芽生えのような動きで本当に綺麗だった。「バレエ・フォー・ライフ」の冒頭みたいでした。侍従たちや黒衣たち、そして3幕冒頭の光の精など、いくつも印象に残りました。

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ バレエへ
にほんブログ村

バレエランキング
バレエランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村

 

 成駒屋3兄弟(橋之助、福之助、歌之助)の自主公演も4回め。私は第1回目から観ていますが、今回も良かったです!🎊 感想の前に、思うことを先に書きます(すべて個人の意見ですよ~🙇‍♀️)。

 何年か前から、若手(20代)歌舞伎役者の配役において、日本のミュージカル界のようにスターシステム化の傾向を帯び、その割を食ってしまっている、彼らより少し年上の役者さんたちが、良いお役や真ん中に立つお役をなかなかもらえない状況に同情せずにはいられません😞 もちろん、スター扱いされている歌舞伎役者さんたちもきちんと上手いし、集客が大切なのも分かる。でも、役をもらって舞台で演じることで芸の力は付いていくのだから、若手役者のほんの一部2、3人にばかり大きなお役を付けるのってどうなの?20代後半の役者さんにもそうした役を演じさせ、全体的に底上げをしなければ将来的に心配じゃない?と思ってしまう。上手い役者が2、3人いるだけでは歌舞伎はできません。

 その意味で、例えばこの成駒屋3兄弟をどうしても応援したくなるわけです。3兄弟ひとりひとり力を付けてきているのにお役に恵まれていないよね。そんな中、團十郎が福之助に主役をやらせてあげるの、すごく有難いと思います。福之助は今年1月の新橋演舞場で「鳴神」を勤め、この7月に歌舞伎座で成田屋の芸である歌舞伎十八番「鎌髭」で主役を演じる。鷹之資とのWキャストでAプロBプロはたぶん年齢順だと思うけどチラシでは狂言名の下に福之助の名が最初に書かれている。SNSで福之助は「歌舞伎座で一番右に名前が…‼︎ 嬉しいです!頑張ります!」と呟いていて、私はちょっとウルッとしてしまいました🥹

 

「ご挨拶」

 福之助と歌之助の2人が緋毛氈に正座してオフィシャルな口上を述べたあと、マイクを持って立ち上がり、この後の演目のあらすじを紹介。この日は2階席に3兄弟全員の母校である青山学院大学高等部の3年生の生徒たちが観劇しているとのことでした。

 

「魚屋宗五郎」

橋之助/莟玉/松江/橋三郎/芝のぶ/福之助/歌之助/橋吾

 今までは割と歌之助や福之助にお役を付けるような演目だったと思うけど、今回は真ん中に立つのが橋之助で、宗五郎は彼自身が演りたかったお役だそうです。本人の持ち味である端正さは垣間見えるけど、ちょっとすさんだラフさがあり、口跡よい軽やかなセリフ回しは耳に心地よく、くっきりした所作も軽やかで、江戸っ子の雰囲気が出てました

 妹の死の真相を聞いて憤りがフツフツと湧いていくところ、真顔になってキリッとなる表情がいい。お酒の美味さに飲まれ、飲むにつれてだんだん酒乱化し、とうとう酔いが回って目が座り、怒りを募らせて暴れていくところも段取りじみてなく自然な型になっていた。酔って暴れる宗五郎をみんなしてアタフタとなだめたり止めようとしたり飛ばされたり😅というとこはまだチームワークとしての手順が見えていたけど不自然なほどではなかったな。

 飲みっぷりに関しては、「コクコクコク……」「うぃ~……」っていうその間の取り方は難しいのかな。例えば、長く禁酒していたところに久しぶりに極上酒を1杯飲み終わったところで、驚いたように味を反芻し「……美味えな……✨」と言うところはもう少しタメを作ってほしかったとかね。

 磯部のお屋敷に乗り込んでいく前に、無実で殺された妹への思いを吐露するセリフに情がこもっていて泣かせ、お屋敷での神妙な姿、女房にたしなめられるところが可愛かった。福之助は聡明な家老を、お殿さまの歌之助はセリフがまだ少し硬く感じたけど若殿の高貴さは出ていました。

 

 女房おはま役は莟玉です。最初、誰なのか分からなかったくらい普通に地味な女房になりきっていた。莟玉は永遠の赤姫と思っていたのだけど、持ち味である可憐さを封印しての、しっかり者の女房役が意外にも良かったです👏 市井の女房でも “夫を陰ながら支える健気な女” というのではなく、だらしない夫を叱ったりテキパキとあしらうタイプの下町のおっかさんでした。橋之助とのペアは見た目のバランス的にも合っているのでは?

 おなぎは芝のぶで、お蔦の死の真相を語るとこさすがに上手い。松江がおとっつぁん役でこれがまたなかなか味があり、そして小奴三吉は橋三郎、皆さん適材適所という感じの良い座組でした。

 

「悪太郎」

 舞踊劇なので感想は割愛ですが、福之助が真ん中の悪太郎を、歌之助が修行者智蓮坊橋之助が伯父の松之丞太郎冠者は翫延という配役。この悪太郎も宗五郎と同様に酒好きの主人公で、今回は呑兵衛つながりの演目なんですねー😊 チラシ(表は役者全員がお行儀よく座っている、裏はお酒が入って暴れている)の意味が分かった。福之助のコミカルな一面や歌之助との滑稽な掛け合いを楽しめる作品でした。

 

 毎度ながら3階で観たのですが、浅草公会堂の3階って最前列は手すりが視界に入り舞台が全く見えないのと、出入り口に通じる階段の両脇にもな・ぜ・か手すりがあって最前列以降に座っても場所によってその手すりが視界を遮るという非常に残念な構造なのです。でも「神谷町小歌舞伎」では第1回目から、舞台が見えなくなるそれらの席は販売していないのね。今回もそういう席は空席のままでした。役者やスタッフが実際に座って確かめたんだろうな。とても良心的だと思いますね👏

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 歌舞伎へ
にほんブログ村

歌舞伎ランキング
歌舞伎ランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村

原作 マギー・オファーレル

監督 クロエ・ジャオ

ジェシー・バックリー/ポール・メスカル/ジャコビ・ジュープ/ノア・ジュープ

 

 すごく感動しました🎊 映画の冒頭で「これは(シェイクスピアの息子)ハムネットの死と、戯曲「ハムレット」の創作の話である」と出ます。1596年に11歳の息子ハムネットを失った(←史実)シェイクスピア夫婦の悲しみ怒り癒し和解のお話であり、監督が言っているように「過酷な現実、人生の痛み、耐え難い喪失感に押しつぶされそうな時、物語ること、創造の力が魂の救いとなり、それらを乗り越えられる」ことを伝える映画でした。史実をベースに、その空白部分やキャラクター造形を自由に創造したフィクションで、主役はシェイクスピアの妻のアグネスです。

 

 ネタバレあらすじ→羊農家の娘アグネス(ジェシー・バックリー)は自然を愛し鷹を友とし霊感が鋭い女性。革手袋職人を父に持つウィリアム・シェイクスピア(以下ウィル/ポール・メスカル)はアグネスの弟妹たちにプライベートでラテン語を教えている。2人は出会い恋をし、長女と二卵性双生児(ハムネットとジュディス)が生まれる。物語を創り書くことが好きなウィルは父の仕事を継ぐことに乗り気でない。アグネスは彼に、仕事を探しにロンドンへ行くことを提案。彼はロンドンの劇団の座付き劇作家となるが、アグネスは子どもたちの健康を考え、一緒にロンドンへ移ることを断る。

 ジュディスが流行りのペストに感染し生死を彷徨う。ハムネットは心の中で死神に「彼女の代わりに僕を連れてって」とお願いし、ジュディスの隣に寄り添って眠る。ジュディスは回復するがハムネットはペストで亡くなる😰 知らせを受けたウィルは巡業先から駆けつけるが息子を看取ることはできなかった。悲嘆に暮れるアグネスはそんな夫を責め、夫婦の間に溝ができる。ウィルはロンドンへ戻り、やがて戯曲「ハムレット」を書き上げる。誘いを受けアグネスはロンドンを訪れて舞台「ハムレット」を観劇する。アグネスは、これは夫が息子の弔いと鎮魂のために書いた芝居だと分かり、舞台上に息子ハムネットが居ること、彼が永遠に生き続けていることを感じて微笑みを浮かべるおわり。

 

 さまざまなメタファーや伏線が織り込まれていました。例えば、アグネスが頻繁に散策する森の中の、大木の根元にぽっかりと開いた洞窟の入口のような穴。洞窟は産道のようであり(アグネスは最初の娘をその洞口の横で出産し、双子もそこで産みたがる)、冥府と地上とを結ぶ道のよう。その洞口は、亡霊が現れたり死者が黄泉の国へ行ったりする出入り口のようでもある。割と頻繁に映し出される洞口は「生と死」を連想させます

 ウィルもその洞口を見て知っており、彼は「ハムレット」の舞台の背景に森を描き、その中央部分に洞口のような出入り口を作る。先王(ハムレットの父)の亡霊を演じる彼はそこから現れそこへ戻っていくのです。ちなみに実際にシェイクスピアは自分の芝居に小さな役で出ることがあり、「ハムレット」で先王の亡霊役を演ったこともあるそうです。

 芝居の最後、剣術試合で毒剣に刺されたハムレットが絶命した後、アグネスは幻影を見ます。それは、息子ハムネットが舞台後方の出入り口(洞口)に向かって歩いて行き、一瞬振り返って母を見て微笑み、そしてその洞口の中、死の世界に消えていく姿です。

 

 この最後のシーンは、ウィルがアグネスに語ったギリシャ神話「オルフェウスとエウリュディケ」の物語とオーバーラップします。オルフェウスが、亡くなった妻エウリュディケを冥界から連れ帰ることを冥界の神ハデスに許された時「地上に出るまで振り返って妻を見てはならない」と条件を付けられるのだけど、あと少しで地上というときオルフェウスはつい振り返って妻を見てしまい、妻は冥界に引き戻されるという話。芝居の最後でアグネスが見た “幻影のハムネットが振り返った” ことをこの神話と重ねれば、息子が母に、2人は地上ではもう会えないないことを納得させ、別れを告げた、そして彼女はハムネットが黄泉で生き続けているのだと安堵したのかなと。ハムネットの微笑みは「大丈夫、僕はいつもママのそばにいるよ」と言っているようでした🥹

 

 父ウィルとハムネットの絆ももちろん描かれています。ウィルがロンドンから久しぶりに帰郷したとき、双子のハムネットとジュディスは洋服を取り替えて父に2人を間違えさせるというイタズラをする。父はハムネットに「お前には家族を守ってほしい、そのための勇気を出せるか?」と約束させる。ウィルはハムネットに剣術の稽古をつけ、息子は「ぼくは将来、剣で戦う役者になりたい」と夢を語る。これすべて伏線です。

 ペストに感染したジュディスが瀕死の時、ハムネットは父と約束した通り、彼女の代わりに自分の命を差し出す勇気を振り絞るのですね。「死神は区別がつかないだろうから、あいつを騙して、君じゃなく僕の命を取らせるんだ」と🥲 で、ジュディスと並んで寝るんだけどそのとき寝場所を左右入れ替わる。これは2人が洋服を取り替えて父を騙したイタズラと悲しくも繋がります。そして舞台「ハムレット」でハムレットはレアティーズと剣の試合をするのだけど、その姿は役者になる夢を実現させたハムネットに見えました。

 

 ウィルはテムズ河のほとりで「To be or not to be」と吐露します。息子を失った父の苦悩を感じるシーンで、これがハムレットのモノローグになる。そして舞台「ハムレット」で亡霊役のウィルは主人公ハムレットと対面し、自分がどのように苦しんで死んだかを伝えるのだけど、そのセリフはハムネットの死の苦しみを代弁しているように聞こえました。去り際に彼はハムレットに近づいて「我が息子」と呼びかけ、彼を抱き「さらば……」と(実際の戯曲にはないセリフを)言う。息子の臨終に立ち会えず言えなかった別れの言葉をここで送るのね😭

 

 あと、アグネスが友としていた鷹もスピリチュアルなメタファーになってるんだけど、長くなるので割愛🙇‍♀️ アグネスを演じたジェシー・バックリーの力強くかつ繊細な演技が素晴らしい。息子の亡骸を前にした悲しみと絶望の表現に胸を打たれ、最後に見せる開放の笑顔が美しかった。ウィル役のポール・メスカル、終盤までは1人の夫、父というナチュラルな立ち位置で、その静かな演技からさまざまな感情を拾うことができる名演でした。

 映画は映像もとても美しいのだけど、個人的には、当時のグローブ座の雰囲気、そこに集まるさまざまな階級の人たちの衣装や仕草の違いが興味深かったです。

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 演劇(観劇)へ
にほんブログ村

海外映画ランキング
海外映画ランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村

音楽 アレクサンドル・グラズノフ

振付 マリウス・プティパ

演出/改訂振付 牧阿佐美

小野絢子/李明賢/上中佑樹/東真帆/飯野萌子/長谷川諒太/水井駿介

 

 超名作、大人気作品、というわけではないにしては(←個人の意見です🙇‍♀️)全5ペアで10回公演というなかなか攻めている布陣。ストーリーはほとんどないから純粋に各キャラの踊りを楽しむ作品ですね。群舞のダンスシーンも多く、新国ダンサーの層の厚さを再認識しました。衣装を変えていくつか兼任している人も多かったけど。

 

 小野絢子さんのライモンダは安定したテクニックと明確なキャラクター表現で、想定内とはいえ、新鮮な感動を覚えました🎊 1幕の、夢でジャンと踊るシーン、心を通わせてのびのびと踊る姿が清楚で初々しい。ジャンを見つめるときの優しい表情にも気品が溢れていて。2幕での、積極的に恋心をアピールしてくるアブデラクマンに対しては、あからさまに嫌そうな顔や仕草を見せるのではなく「もうフィアンセがいるのです」とはっきり言えない(相手を悲しませてしまうのではという)くらいに優しい女性に見えましたよ。テクニックもちろん完璧ですが、特に皆さんおっしゃっているように2幕ヴァリエーションでの、ポワントのまま小さくジャンプしながら少しずつ進んでいきそのあとのシェネで止まるとこまで、サスガでした。ガラでお馴染みの3幕のソロ、最初の、無音の中に立つ凛とした姿からは空間を支配するオーラがあり、1幕とは異なる成長した姿が見えて崇高さを感じました

 

 実は、なぜこの回のチケットを買ったのか忘れていて、てっきり奥村くんがアブデラクマンを踊るからと思い込んでいたのだけど😓李明賢さんがジャンを踊る日を選んだんでした。彼の主役デビュー作品となった「くるみ割り人形」は別キャストで観たので、今回、真ん中で踊る李さんを観てみたかったのでした。なるほど、良いです~✨ 絢子さんのリードの力もあると思うけどサポートも無難だったし身体が創るラインが美しくジャンプも優雅。回転も軸が安定していて上手くコントロールしていました。彼は資質としてはスイートなノーブル系なので、ここでは十字軍の戦士には見えなかったし、アブデラクマンと対決するところも全然強そうじゃなくて苦笑いなのですが😅(まあ、戦士だから剣術は達者だろうけど)、今後もいろんなお役を踊って厚みを出していってほしいです。

 

 アブデラクマンは上中佑樹さん、私は初めて知るダンサーです。牧版ではアブデラクマンはステレオタイプな悪党ではなく「彼の情熱は粗野な暴力性ではなく、気高さと危うさを併せ持ったところが魅力」らしい。上中さんは男臭さや荒っぽさはあまりないものの、適度にワイルドな感じで勢いがありました。高いジャンプは滞空時間が長くて華やか。時に紳士的とも思えるような所作も見せ、ライモンダを連れ去ろうとするときも強引さは感じなかった。プロローグで、ライモンダがジャンに駆け寄るところを隅っこでじっと見つめている姿がちょっと切なかったな。顔がよく見えなかったので悲しんでいるのか嫉妬しているのか分からなかったけど。

 

 ベルナールの水井駿介さん、やはりとても上手い👏 アームスの動きに合わせて頭や上体の動きをスッと微妙に変えるだけでエレガンスが増すんですね。彼も含め4人はライモンダの友人というお役なのに3幕の結婚式には出て踊らないんですよねー。カテコに登場されてないから最後にレヴェランスできなくて、ちょっと気の毒でした。

 どの幕でも群舞のフォーメーションが、ラインになり半円になりくずれて波のようになりスクエアを作り……と、とても綺麗です。チャルダッシュやマズルカ、パドカトルからパドトロワと次々に繰り広げられるアンサンブルのダンス、気持ちが高揚しました。

 

 中世ヨーロッパが好きな自分としては、舞台美術や衣装デザインがツボでした。舞台美術のインスピレーションソースにしたのが1412~1416年に製作された装飾写本「ベリー公のいとも豪華なる時禱書」だそうです。フランス王シャルル5世の弟ベリー公が創らせた写本で、すごく好きな挿絵がいっぱい入っている。目が覚めるような青と豪華な金を基調とした配色の自然風景や天空の絵が美しい。それを連想させる舞台背景が創られています。館の客人?の衣装も、袖が長く垂れたドレスとか、ツノのように盛り上がった髪飾りとか当時の雰囲気がとてもよく出ていた。

 

 ところで以前に配信でデンマークロイヤルバレエのニコライ・ヒュッべ振付「ライモンダ」を観たのですが、ジャンとアブデラクマンが決闘しようとするとライモンダが仲裁に入って2人を仲直りさせ、アブデラクマンは紳士らしく潔く引き下がるという展開でした。でも、やっぱり敵役は最後までスタンス変えないで欲しいと思いましたね😆

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ バレエへ
にほんブログ村

バレエランキング
バレエランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村

八代目菊五郎/彌十郎/七之助/勘九郎/権十郎/吉之丞/橘太郎/萬太郎/萬次郎/彦三郎

 

 音羽屋ゆかりの作品で、直近では2018年に歌舞伎座で上演しているけど(観ているはずだけど)、ひぇ~、全く覚えてない💦 その時の夜の部が仁左さまの「絵本合邦衢」だったんだけど、その印象が強すぎて記憶から飛んでしまったのだろうか?(まさかね😓) それはともかく、そのときは七代目菊五郎が小助と弾正の2役、現・萬壽が政岡でしたが、今回は八代目菊五郎が小助、弾正、政岡の3役を演じ分けています。

 

 時代物の大作「伽羅先代萩」を “表” とし、その足利家の若き領主である鶴千代を毒殺するためにお菓子の中に入れる毒薬を町医者(彌十郎)が作って送り届ける、その褒美に貰った200両を巡って、小助(菊五郎)による殺人、その冤罪をこうむる下女(七之助)、名裁判官(勘九郎)の審判が “裏” =庶民のドラマとして展開します。

 

 菊五郎の善悪3役のうち、小悪党の小助(町医者を殺して金を奪う)と大悪党の弾正(足利家乗っ取りを企む)というお役は、菊五郎の清潔さ爽やかさが邪魔して、小助としてはコソコソした小物感がなく、弾正としては凄みや妖気が薄味、いずれもあっさりで物足りなかったな(←個人の感想です🙇‍♀️)。

 

 政岡はそもそもニンなので大変に良かったです🎊 「御殿の場」では飯炊きをきっちり見せていた。ここは “名場面” なのは何となく分かるけど個人的には苦手。政岡の飯炊きの段取りではなくて、子役ちゃんたちのあのセリフ回しが、どうも、ね……😔 セリフが少なければ耐えるけど、ここは2人(鶴千代と千松)が結構たくさん喋るから。何かで読んだけど、子役の芸に「上手い、下手」の差が出ないように、あのような個性の出ない定型の言い回しにしているのだそうです。それは確かに良い発想だと思いますが。

 その飯炊きのあと(今回は気の毒にも、お子たちが炊き立ての “にぎにぎ” を食すシーンはなかった)栄御前(魁春)が現れてから俄然面白くなりますね。我が子を八汐(彌十郎の2役め)になぶり殺されるところは顔の表情を1ミリも動かさずにクッと堪えて正面を見据えている政岡が、(どのタイミングか忘れたけど)思わず膝を崩し手をガクッと一瞬だけ床につく動きを見せるのは、初めて見たかも。そのあと、去っていく栄御前の後ろ姿を花道七三まで歩いて凝視し、おそらく姿が見えなくなってからも、しばらく座ったままで気持ちを整え(もしかしたらここで恨みを溜めていくのかも)、本舞台に戻ってもすぐに息子の遺体の方には向かわず、行くのが怖いかのように躊躇するんですよね。で、打掛を脱いでハッとして走り寄る。ここまで無言の演技の菊五郎政岡は、何が起こったかを飲み込み、反芻し、感情を整理しているようで、とても印象に残りました。

 

 八汐に仇討ちしたあと弾正(菊五郎)がスッポンからス~…と現れ花道を悠々と歩いていくのですが、妖術使いだからここは澤瀉屋型のように宙乗りで引っ込むの見たいなと思ってしまうものの、幕に映るその影が次第に大きくなっていく演出は秀逸ですね。大詰の最後、外記左衛門(権十郎)を斬るために現れる菊五郎弾正は、頬が少しふっくらしてきたせいもあり、顔の輪郭と化粧したお顔がオヤジさま(七代目菊五郎)その人でした😆

 

 彌十郎が、毒を調合する町医者の道益弾正の妹の八汐という硬軟の悪党2役で、ハマり役でした。町医者の方は金のために若殿毒殺の手助けをするワルなんだけど、加えて、隣家の下女お竹(七之助)に言い寄る好色オヤジでもあり、その辺がとてもいい感じ😅 八汐のときは、政岡の息子の千松をじわじわと殺すところの憎たらしさと怖さが同居した凄みがあり、殺したあと菓子箱を抱え(毒入りだから回収せねば)、政岡の方を「ざまぁ……」って感じでギロッと睨んでゆっくりと去っていくところ、たっぷり見せてくれました。演じるの楽しそうでした😊

 

 七之助は下駄屋の下女お竹という、道益を殺してお金を盗んだ(実際は菊五郎小助がやった)罪を着せられる気の毒な娘の役なんだけど、七之助のこういう地味な役の姿、見慣れていないせいもあるけど、あまり似合わなかったな(←個人の感想です)。私が観てないだけで、新作世話物などでは演じているのかもですが。

 一方、兄の勘九郎は、小助を裁く倉橋弥十郎と、「弾正刃傷の場」に登場して外記の忠義を褒め称える細川勝元の2役。勘九郎の口跡の良さが光り、歯切れ良く少し高い声が爽やかで捌き役にぴったり。ただ、倉橋も細川も同じようなキャラなので変化をつけにくく、2役演じる面白さが感じられなかったのはちょっと残念でした。

 

 あと、“裏” の話ではワンコが実は重要な役を担っていて、個人的にとても気に入りました🐶 小助が道益を殺して奪ったお金を、道益の血がついた自分の着物の片袖を裂いて包み、縁の下に隠すのだけど、それをワンコがくわえ出して花売りの花籠の中に入れちゃう、それで小助の悪事がバレるのね。この場の冒頭で、ワンコが隣家の下駄をくわえて縁の下に隠すという悪戯シーンがあるんだけど、それ伏線だったのか〜と納得でした。で、その着ぐるみワンコがなかなか愛嬌があるのです。“表” の「床下の場」でも連番状をくわえた大ネズミ(実は弾正が妖術で姿を変えてる)が出るのだけど、そういう着ぐるみ動物の、いかにも「人間が演ってます」という、歌舞伎の “リアルさにこだわらない” ところホント好きです。

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 歌舞伎へ
にほんブログ村

歌舞伎ランキング
歌舞伎ランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村

ようやく歌舞伎座へ。順番ごちゃごちゃですが、まず以下の2演目の感想を書きます。

 

「廓三番叟」

梅玉、魁春、莟玉/福助、芝翫、橋之助、福之助、歌之助/東蔵、松江、玉太郎/歌女之丞、梅花

 昼の部はもちろん「裏表先代萩」も観ましたが、この後のブログに回します。1演目めの「廓三番叟」は舞踊なので、大したこと書けないから感想は控えようと思ったのだけど、観ているうちに、高砂屋と加賀屋と成駒屋の親子兄弟が一堂に会してる……というか、辿っていくと皆さん歌右衛門つながり?となり、ちょっと面白く観ました。

 東蔵さん松江玉太郎の親子三代が一緒に舞う機会ってレアだし、松江が脚が弱くなっている東蔵さんを気遣ってる感じとか、松江と玉太郎が一緒に踊ってる姿とか、なんか良いな~と思ったりして☺️

 そして同じく、芝翫とその息子3人も含め福助が一緒に踊るのを観られるのは貴重なのでは? 福助は少し歩くところも見せましたが、出演作品はまだまだ限られそうだな(厳しい感想ですが🙇‍♀️)。芝翫が兄の福助をいたわるようにしているのも印象的だった。そしてフッと思いました、児太郎はどうしてるのだろう、今後どうするのだろう、歌右衛門の名跡はどうなるのだろう、私が生きている間にあの大名跡は継承されるのだろうか……なんてね🥲

 

「本朝廿四孝」十種香

時蔵/七之助/萬壽/芝翫/歌昇/萬太郎

 時蔵が初役で勤める八重垣姫。まさしく深窓のお姫さまでした🎊 会ったことのない勝頼だけどその姿絵に思い焦がれる純粋さや幼さの見せ方が全く不自然に見えません。目の前の男が勝頼にそっくりだってんでソワソワときめいたり、本物の勝頼だと分かっていきなり積極的に思いを伝えたり、その変化でも品性を失わずに乙女の可愛らしさ全開で、しかも所作の一々が崩れない。十代半ばの姫の初々しくたおやかに恥じらう様子、顔を手や扇で隠す仕草、シナを作ったときの身体のライン、形を決めた時の姿が1枚の絵のよう。義太夫に乗った、ゆったりとしたその一挙手一投足から眼が離せなかったです。

 濡衣(勝頼の身代わりで切腹させられた蓑作の恋人)は七之助です。死んだ恋しい人の回向で手を合わせる七之助は、硬質で凛とした佇まいで八重垣姫とは対照的。八重垣姫の赤い衣装に対して濡れ衣の黒い衣装もその対比を見せています。姫と勝頼との仲を取り持つ条件として「諏訪法性の兜」を渡してくれれば、と交換条件を出すところで見せるしたたかなところも、切れモノっぽい七之助だと説得力があったな。

 勝頼は萬壽で、襖の奥から現れた立ち姿、八重垣姫や濡衣が動いているときに三段に片脚を預けじっと静止しているときの佇まいが高貴でした。芝翫の謙信は押し出しよく威厳があり、心に含みを持たせた演技も良かった。

 でも「十種香」だけという中途半端なところで終わるのは、仕方ないとはいえ、どうなの?🙄 「奥庭狐火」も続けて見せてほしかった。「奥庭狐火」で姫は、謙信に遣いに出された勝頼が危険だということを知り急いで知らせようと、凍った諏訪湖上を渡るため白狐の霊力を得て、勝頼が向かった塩尻を目指すのです。ここ割と面白いのに。

 

 以下は舞台とは関係ない愚痴です🙇‍♀️ 夜の部、観たいのはこれだけだったので幕見したんだけど、前後左右を外国人観光客に囲まれまして……。もちろん、外国人が日本の伝統芸能に触れるのは大いに推奨するけど、「本朝廿四孝」の「十種香」ですよ。日本人でもコレ初めて観たら(義太夫を聴き取れる人でない限り)お話よく分からないと思う。外国人が「kabukiっていうの観てみようかな」と、英語サイトなどで概要をチラッと読んだだけで “観光” の流れでコレを観て面白く鑑賞するの無理なのでは? 英訳したセリフを見られるタブレットを借りている人など、少なくとも今回はいなかったし。案の定、10分もしないうちに皆さん退屈したようで、ヒソヒソ話をする、ひっきりなしにモゾモゾと身体を動かす、30秒ごとに時計を見る、小さくため息つく……最後までこんな感じの人たちに囲まれて😥

 コロナ禍以来、あまり触手が動かない演目は観なくなっていて(最廉価の3階B席5000円を出すのケチって😅)観たい演目ごとに幕見席を買うことにしてるのです。が、幕見する外国人観光客はもうしばらく減らないと思うので、荒事など外国人でも視覚的に楽しめる演目以外は、幕見は避けようかなと思ったのでした。

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 歌舞伎へ
にほんブログ村

歌舞伎ランキング
歌舞伎ランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村

 

原作 フリードリヒ・シラー

翻案 ロバート・アイク

演出 栗山民也

宮沢りえ/若村麻由美/橋本淳/木村達成/谷田歩/段田安則/阿南健治/犬山イヌコ

 

 カトリックとプロテスタントという宗教的対立および王位継承権を背景に、スコットランドの元女王メアリーとイングランドの女王エリザベス1世との、覇権と生死をかけた攻防を描いた宮廷政治劇です。直近では世田谷パブリックシアターで観た森新太郎さん演出版が記憶に残っているなー。翻案は別の方がしたものだったけど。

 

 史実としての前日譚は、スコットランドの女王メアリーはカトリック教徒だったため、プロテスタントが主流のスコットランド貴族層から反発を招いていたことと、愛人と共謀して夫を暗殺した疑いとで支持を失い廃位させられる。1568年、遠縁にあたるイングランドの女王エリザベス1世(プロテスタント)を頼ってスコットランドから逃れるも、イングランドの正統な王位継承者であることを主張するメアリーはエリザベスの王位を脅かす存在として幽閉生活を強いられる。

 最終的にメアリーは、エリザベス暗殺計画に関与したとして有罪判決を受け、1587年に斬首刑に処せられ44年の生涯を終えます(そのときエリザベスは53歳)。この芝居はメアリーに判決が下され斬首されるまでの2日間を描いたお話です。

 

 ネタバレあらすじ→メアリー(宮沢りえ)は自分がエリザベス(若村麻由美)に対する反逆罪で有罪となったと知らされる。あとはエリザベスが死刑執行命令書に署名すれば斬首となる。市民は早急にメアリーの処刑を望むが「元女王を殺した張本人」になりたくないエリザベスは署名をためらう。メアリーに熱い想いを寄せる青年モーティマー(木村達成)はメアリーを脱出させる計画を練る。しかしメアリーはエリザベスの寵臣レスター伯(橋本淳)と密かに愛し合っており、彼に「エリザベスとの面会」のお膳立てを頼む。メアリーとエリザベスは館の庭園で対面するが、温情を拒否されたメアリーはエリザベスを「私生児」と罵り自分こそイングランド女王に相応しいと断言する。その帰途エリザベスはカトリック教徒の暴徒に襲われかける。裏切りが疑われたレスター伯は保身に回ってモーティマーに罪を被せ、メアリーを連れ出す計画が発覚したモーティマーは自殺する。エリザベスは屈辱と恐怖でメアリー処刑の文書に署名する。メアリーは断頭台に上って消え、エリザベスの忠臣たちは去っていき、エリザベスが1人残される。おわり。

 

 性格も生い立ちも宿命も異なる気高き2人の女性だけど、時々2人が表裏一体に見えることもあったな。断頭台に上る前にメアリーは「私たち(メアリーとエリザベス)は同じです」とモノローグします。芝居の最後、舞台に背中を向けて立つエリザベスの後ろ姿は、断頭台に上っていくメアリーの後ろ姿と一瞬重なったように見えた。エリザベスは最初と同様に毅然とした立ち姿だったけど何故か寂しげで「孤高の女王」を覚悟したように思えました。

 

 メアリーの処刑について、周りの男たちそれぞれに思惑があるんですよね。メアリーを純粋に愛するモーティマーは彼女を密かに逃したい。メアリーと愛し合っている策略家のレスター伯はメアリーに恩赦を与えてほしく、そうなったら彼女と一緒になりたい。イングランドを思うバーリー卿(谷田歩)は一刻も早くメアリーを処刑すべきだと主張する。メアリーに同情し且つエリザベスを “女王殺し” にさせたくないタルボット(段田安則)は恩赦を与えるか終身刑を望む。

 そしてエリザベスは、カトリックであり王位継承権のあるメアリーを危険視し、民衆の指示を得るためにも処刑に署名したいけど、のちのち「元女王を殺した」という汚名は被りたくないので、最初は密かに暗殺してほしいと臣下に仄めかす😰が、メアリーがいる限り心の安らぎは得られないと悟り早急に処刑を決意するのです。

 

 メアリーとエリザベスが初めて対面(というか対決)するシーンはものすごい緊張感があり圧巻でした🎊 最初はへりくだっていたメアリーは次第に感情的になり本心を爆発させる。威厳を保っていたエリザベスはメアリーの罵倒にあってヨロヨロと身を崩す。

 メアリーを演じた宮沢りえさんは、登場時は男たちを惑わすような “色” は封印し凛とした姿がストイックな感じに見えた。媚びなくても男性が惹かれてしまうといった風なのか? でも次第に、モーティマーやレスター伯と会う時など表情が柔らかくなり輝いていくようだったし、自分の運命を思うときの苛立ちや怒りをストレートに出すようになってからは良くも悪くも人間味が感じられました

 エリザベスの若村麻由美さんは最初からスッとアゴを上げた感じの威厳のある佇まいで、“女性” を意識して封印している感じでした。その堂々としたセリフ回しも相まって、大変魅力的な女王に思えた。でも「メアリーのように女として生きたい」と自己憐憫にひたるとき、しゃがんで背を丸めた姿がメアリーと重なったりしました。

 

 男性陣も個性が明快でとても良かった。個人的にはバーリー卿を演じた谷田歩さんがとても存在感があり適役でした。エリザベス1世およびイングランドのために尽くした重臣なんだけど表情や感情を大きく変えない演技、その強硬な冷酷さがちょっと怖く、メアリーにとっての死神のようにも思えた💦 橋本淳さんのレスター伯は、基本的には悪くないんだけど、メアリーを好きなのに自分の立場が危うくなると上手いこと策を練ってエリザベスに取り入るといった卑劣さも見せるしたたかな男なわけで、できれば50代前半くらいのクセのあるイケメン役者さんにやってほしかったかも😓

 

 グレイを基調にした無機質&硬質な舞台美術で、小道具は椅子とテーブル程度。ライティングに工夫があり、床に光のラインが描かれたり、左右から当たるライトで人物の影が壁に幾重にも重なったり巨大な影となって現れたりするのが象徴的でした。

 ちなみに、本作は史実をベースにシラーが想像で膨らませたフィクション。例えば、モーティマーはシラーが創作した架空の青年、レスター伯がエリザベスを見限りメアリーを愛したという史実はなく、メアリーとエリザベスが会ったという記録もないそうです。

 

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 演劇(観劇)へ
にほんブログ村 

観劇ランキング
観劇ランキング

明日もシアター日和 - にほんブログ村