ナショナル・シアター・ライブ「ワーニャ」@Duke of York’s(2024年2月収録) | 明日もシアター日和

明日もシアター日和

観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

作 アントン・チェーホフ

翻案 サイモン・スティーヴンス

演出 サム・イェーツ

アンドリュー・スコット

 

 チェーホフ「ワーニャ伯父さん」の翻案もの。チェーホフの戯曲は肌に合わないので観ないことにしてるんだけど(と同じことを言いながら、このあいだオスターマイヤー演出「かもめ」をSPAC静岡芸術劇場で観たばかりですが💦)、今回はアンドリュー・スコット(以下、アンスコ)の一人芝居、8人の登場人物を一人で演じ分けるというので、これは観なくてはいけないのではないか?と思い、行ってまいりました。

 時代は現代、場所はアンスコの出身に合わせてアイルランドにしたらしいけど、それ以上の特別な意味はないです。人物は、ワーニャ→アイヴァン、ソーニャ→ソニア、アーストロフ→マイケルなど、英語名に変えてあり、ソニアの父親は大学教授ではなく映画監督にするとか、何人かの人物の立場も変えてありました。

 

 もうね、アンドリュー・スコットすごい❗️に尽きます。彼の役者としての力を思い知らされました。老若男女8人の演じ分けの妙、ただただ驚愕です👏 もちろん、サイモン・スティーヴンスの翻案もすごく良い。原作をカットする部分と現代に合わせて書き換えた部分の塩梅が絶妙で、話が拡散せずにトントントンと進んでいく。

 演出はシンプルで手堅いです。全てアイヴァンの家の一室で展開するので舞台セットは変わらず、暗転することで時間が経ったことが示される。後方に全身が映る鏡が貼られていて、アンスコが映り込むと部屋に複数の人がいるように思えてくるのです。室内だけどブランコが天井から下がっていて、例えば、アンスコがAの人物としてブランコに座って揺られ、すぐにBの人物になってそこを離れるけどブランコは揺れたまま、Bが揺れているブランコに向かって話すとそこにAがいるように見えるのです。

 

 アイヴァンの亡き妹が残したピアノが時々ポロロンと音を立てることがあり、それはアイヴァン心の中で妹が反応しているということかな。終盤、絶望したアイヴァンが一人になった時ピアノが彼を呼ぶように鳴り、その前に座った彼がピアノを弾きながらジャック・ブレル「行かないで」をつぶやくように歌うんだけど、切なくて泣けました😭 忘れられずに引きずっている過去……、愛した人、幸せだった日々、すべて過ぎ去ってしまうことへのどうしようもない郷愁、妹への思慕で舞台が包まれるシーンでした(←原作には無い)。

 

 8人の登場人物のうち、主人公アイヴァンはじめ何人かは、サングラス、ナプキン、ネックレス、テニスボール、タバコといった小道具と結びつけられている。必要に応じてそれを手にすることで誰が喋っているかが分かるんだけど、小道具を手にする仕草が実にさりげなく、わざわざ、というふうでは全くないんですよね。

 そしてアンスコの演技が素晴らしい👏 声色や仕草を極端に違えて見せるのではなく、表情(視線の移し方、その強さ)、声の調子(高低、早遅、強弱)、所作(手の動き、立ち姿、歩き方、後ろ姿)などを瞬時に、ほんの僅かに、ごく自然に変えることで別の人になる。男が喋っていてスッと後ろを向くとその背中が女になっており、怒ってる人から次の瞬間その横で戸惑う人になって喋り、涙を流している人がクルリと回転する間に涙を拭き能天気な人になってセリフを言い、あっちからこっちに歩く間に別人になっている。ある人物のセリフに対する返事をそのままの状態で声だけ別人になって呟くなど、同時に複数の人を感じさせることもあり、ヘレナとマイケルのラブシーンの官能性といったら! アンスコ1人なのに確かに2人の男女が愛を確かめ合っていた💕

 

 こういう技術的なことに加え、人物ごとの感情表現も見事です。片思いの相手に遠回しに気持ちを伝える時の期待と恐れを帯びた目、失恋したと知ったときのうつろな表情、蔑ろにされた時のいきどおり、希望を語る時の声の張り……。それによって人物造形も上手く現されている。苛立ちと敗北感を抱えているアイヴァン、希望と挫折でグチャグチャになる医師マイケル、現実を見据え芯ある姿勢を保つ姪っ子ソニアなど、アンスコ、あるいは演出家による解釈が見られました。

 こうして8人を1人が演じることで舞台には確かに8人がいると分かるけど、同時に、アンスコの中に8人がいてそれぞれの人物の感情や人生が彼の中で混じって見える。人は単一の性格ではないこと、自分の中に、孤独、期待、喜び、怒り、自惚れ、小心などさまざまな矛盾した感情を持っていること、相反する心の動きがあることを、観終わって改めて思いました。

 

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