「メディスン」@シアタートラム | 明日もシアター日和

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観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

作 エンダ・ウォルシュ

演出 白井晃

田中圭/奈緒/富山えり子/荒井康太(ドラム奏者)

 

 アイルランド出身の劇作家エンダ・ウォルシュの作品、というのに惹かれて観ました。初演は2021年イギリス。彼の芝居は、今回同様に白井さんが演出した「バリーターク」「アーリントン」を私は観ているほか、デイヴィッド・ボウイと共同執筆したミュージカル「ラザルス」を配信で観ました。

 ウォルシュの作品では、閉ざされた空間、そこに居る普通のようで普通じゃない人、その人が抱える孤独、その人が語る物語、外に出ていくことの意味などが描かれる。不条理劇っぽい面があり、乾いた笑いが散りばめられているけど、胸にグサグサ刺さってきます😢 そういうところが好みです。

 

 ネタバレあらすじ(長い💦 説明的なセリフが一切ないので、以下は私個人が理解したあらすじです)→病院の一室に患者ジョン(田中圭)が入ってくる。ジョンは何らかの不安障害を患っていてこの施設に収容されている。今日はジョンにとって1年に1度、ドラマセラピーを受ける日。そこで問題がなければ病気が治癒したということで退院できる……と期待している。そこにメアリー1(奈緒)メアリー2(富山えり子)が入ってくる。2人はミュージカル俳優で、ドラマセラピーの仕事を単発で引き受けた。

 セラピーが始まる。ジョンが書いた自分の人生の物語に沿って、俳優2人はそこに登場する人物を演じジョンの過去を再現して、ジョンに再体験させる。彼の人生は過酷だった。望まれずに誕生した彼は生まれた瞬間から両親にネグレクトされ、学校では陰湿ないじめに遭い、初恋は実らず、ずっと孤独に生き、やがて頭と心が分裂した😢 この病院でヴァレリー(メアリー1が演じる)という女性と仲良くなる。ヴァレリーはジョンに「欲しいものは自分の手で掴むのよ」と言い、ジョンは彼女と一緒に施設を出る夢を語る。

 そのシーンになったとき看守(メアリー2が演じる)がヴァレリーに「ジョンに外の世界を持ち込んではいけない」と言って彼女を殴り、それで錯乱したジョンに “食事” と称して薬を飲ませる。室内の拡声器から監督官?の質問が流れ、ジョンは「夢を見たのは間違いだった」「自分はここにいるのが相応しい」「僕はみんなと違うからここにいる」と “今まで何度も言わされてきた” かのように無表情に答える。メアリー2は今日の仕事は終わったと言って帰る。メアリー1は部屋に残り、ジョンと並んで椅子に座る。手を握り合う2人を柔らかなな光が包む。終わり。

 

 社会から疎外され孤独の中に生きている人の話。それはジョンであり、2人のメアリーであり、私たちでもありうる。本作についてウォルシュは「アイルランドの精神病院で患者と見なされた人たちがどう扱われてきたか」を読んだことや「施設へ移った自分の母親とアルツハイマー病の人たち」を見たことなどに影響を受けて書いたと言っています。

 

 ジョンは「僕は人に見えないような存在でいたい」と呟きます。なんて悲しい言葉だろう😢 自分の過去を再体験することで苦痛を受け入れトラウマを克服し自由になりたい。でも、辛い思い出しかないジョンにとってそれは古傷をこじ開けることでしかなく、セラピーどころか、底なしの沼にズブズブ埋まっていくだけ。実はそれこそ病院側の意図なんでしょう。彼を混乱させ「ここから出ない方がいい」と再認識させ、言わせるという。

 でもメアリー1はセラピーの途中から、自分のやっていることに疑問や罪悪感を覚え始めます。そしてヴァレリーを演じている最中に自分の気持ちが重なり、ジョンに憐憫を覚え、ジョンを尊厳あるひとりの人として見始める。 最後、彼女がジョンに寄り添う情景を見ると、メアリー1はこのあと時々彼に面会に来るようになるかもしれない。だとすればジョンには救いがあるよね🙏と思いました。

 

 ただ、そういう思いを打ち砕く残酷な事実も窺える。1年に1度のこのドラマセラピーはもう何十回となく繰り返されてきていて、今のジョンはすでに老人になっているらしいこと😖 この芝居がトリッキーなのは室内のどこかにある拡声器から録音された声が流れてくることだけど、時々そこから病院の監督官の声がジョンに「この病院に入ってどのくらい経つ?」「なぜここに入った?」「だれに連れてこられた?」などの質問をする。その度にジョンは「分からない……」とぼんやり答えるんだけど、最後には、彼の録音された返事が拡声器から流れてきて、そしてそれは老人の声だった……😭 ジョンはもう何十年もこの施設に閉じ込められていてるってことでしょう。

 

 人格を否定され疎外されたジョンを演じた田中圭くんは、普通の青年のようでありながら精神を病んでいる様子も見せ、その境界線あたりの演技がとても良かった。感情をほとばしらせるときのセリフは魂の叫びだったし、朦朧とした中でのうつろな姿はまさに抜け殻で痛々しかったです。メアリー2の富山えり子さんはジョンに対して威圧的な態度をとり彼を蔑ろにするんだけど、本職である俳優の仕事には恵まれていないらしく(このセラピーの仕事の後は子ども相手の芝居でロブスター役を演じるというのが辛い😔)、その苛立ちや悔しさが滲み出ており、コミカルな演技のところではその鬱憤を晴らしているようでした。メアリー1の奈緒さんは彼女自身も孤独で誰かと心を通わせたいと望んでいるのが分かった。最後、セラピーの仕事を放棄しジョンと寄り添うところに慈愛が溢れていました。

 観終わって、私たちは “皆んなと少し違う人たち” とどう接し、彼らをどう受け入れればいいのかを考える。少なくともジョンを癒す “メディスン” は、病院が与える薬でも、彼を外界から隔離する施設でもなく、理解と思いやりという人の心なんだよね💖

 

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