❝あなたのような人間になりたかった。
……なりたかったんだ。
何の見返りも求めず、
ただ自分が正しいと思う方へ
選ぶことができる人間に——。❞
「レイモンド・チャンドラー」著の『長いお別れ (原題:The Long Goodbye)』(1953年)が日本でテレビドラマ化——。
その最終話となる第5話「早過ぎる」が放送されました。
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❝森田記者「今更ですがね、何があなたをそこまでさせるんです?
原田保ってのは、そんなに大した奴だったんですか?」増沢磐二「そうじゃないんだ。これが俺の闘い方なんだ」
❞
全体を観終わっての、ざっくりした感想を述べます。
チャンドラー、マーロウのファンなら誰もが気になったはずの「リンダ・ローリング」役ですが、担当した冨永愛さんの演技が思った以上に下手すぎて、興ざめした方も少なくなかったのでは、と残念に思いました(^^;。
今作の後、マーロウの恋人へと進展する女性なのですから、何とかならなかったのか?(苦笑)
他に誰が適任だったのか分かりませんが、僕の好みで言うと、青山倫子さんあたりが良かったのではないか……、との思いが残ります(^^;。
❝増沢磐二「お前は、恨みでもあるんだろ?」
森田記者「えっ?」
増沢磐二「原田平蔵に」
森田記者「調べたんですか?」
増沢磐二「調べるか、お前のことなんか。見てりゃ分かるっつんだよ」
森田記者「実はその、昔うちの親父があいつの下で働いていましてね。
いや、よしましょう。どこにでもあるつまんない話だ。
あの男が今日のし上がるまでに、犠牲になった人間の一人だったってことです。
しかし、犠牲になった人間の何があるって、このどう仕様もない平凡さですよ。
俺にとっちゃ、たった一人の親父でも、累々たる屍の、その山のひと欠けらでしかないんです。記事にすらなりゃしない。
人がありたがって飛びつくのは、その山のてっぺんでふんぞり返る原田平蔵の話の方なんだ」増沢磐二「(苦笑しながら)そりゃそうだよな。えー、俺だってそうだよ。しみったれた不幸話なんぞ、もう聞くのもこりごりだよ」
森田記者「いや、そりゃそりゃ、俺だってそうですよ。しかし……」
増沢磐二「いやぁ、愚痴るなよ。……男だろ?」
❞
その一方で、「渡辺あや」さんによる脚本は非常に秀逸でありました。
時代は原作と同じ1950年代で、舞台はアメリカ(の西海岸)から日本に移っていますが、全く不自然さは感じられませんでした。
原作の魅力の一つである「社会批評」も、〝読売新聞〟社主で、国会議員になった後に初代原子力委員会委員長も務めたことで「テレビ放送の父」、「原子力発電の父」と言われた「正力松太郎」氏を露骨にモデルにした「原田平蔵(演 - 柄本明)」を描くことで、逆にリアリティーが更に増していると言えます。
特に、1950年代の日本の社会と、2014年の現在の日本の社会のあり方がシンクロするような描き方は、正に「お見事」と言うしかありません。
正力松太郎氏は茨城県東海村で「日本で最初の原子力の火」を灯しました。
2014年5月20日、フクシマ(福島第一原発事故)以降初めて、東海第2原発の再稼働に向けて、原子力規制委員会に対して安全審査の申請が行われました。
何という歴史の不可思議な一致、そして皮肉なのでしょうか……。
❝森田記者「増沢さん、逃げるんですか? 敵を倒さずに」
増沢磐二「原田を倒したところで、また別の原田が現れるんだよ。
何でか分かるか?
人が求めているからだよ。
結局人間の欲望が、原田のような権力者をまた生むんだよ。
だとすれば、俺の敵は原田じゃない」森田記者「自分自身ってことですか?
それがあなたの闘い方ってやつですか?」増沢磐二「(苦笑)……」
❞
それに加えて、女性脚本家らしく、女の情……というか〝情感〟を強調した脚色を施しているのが印象的です。
特にラストの締めくくり方は、原作とはまた違った深い余韻があり、「もう一つのロング・グッドバイ」との趣きさえあります。
視聴率は決して良くはなかったようですが、出来れば将来同じキャスト、スタッフで、チャンドラーのもう一つの代表作『さらば愛しき女よ (Farewell, My Lovely)』のドラマ化を期待したくなります。
『大いなる眠り (The Big Sleep)』でも構わない……(笑)。
第5話「早過ぎる」をご紹介する前に、〝総集編〟みたいな意味合いもあって、第3話「妹の愛人」からもう一度ご紹介させて頂きます。
残念ながら、第1話「色男死す」と第2話「女が階段を上る時」の動画は、現在全て削除されているようです。
ご了承お願いします。
❝だって……だって、こんな時代、
こいくらいしてなきゃ、
生きていくのは苦しすぎるじゃないか……。❞
❝原田平蔵「お前のような小物ほど、みみっちい正義を振りかざしたがる。しかし私はと思えば、そんなことは一向に恥とはせんのだ。なぜだか分かるか?」
増沢磐二「(首を横に振る)分かりませんが、知りたくもありませんね」
原田平蔵「おのれの使命があるからだ。歴史に名を残す人間と言うのは、目的の前にいちいち手段を悩まん。
つべこべ言わずに(テレヴィジョンを)観ろ」平蔵の秘書がテレビの音量を上げる。
原田平蔵「戦争で負けてこの国にはどでかい穴があいた。その穴をこれから、このテレヴィジョンが埋める。
かつて我々が信じるべきとされていたもの、仁義、礼節、忠誠、そういう何もかんもがあの戦争で全て灰になった。
大衆どもには、それが不安で堪らんらしい。一種のクセだ。みんな血眼になって、次にすがるべきものを探している。
だが私に言わせれば、クセそのものを直せば良いのだ。
詮無いことに思いわずらうのを止め、ただただテレヴィジョンを観る。
プロレスに興奮し、音楽とともに踊り、落語に笑えば良い。
頭を空っぽにするのだ。ただ空っぽに——。
そこに、テレヴィジョンという風が流れている。悩みを忘れ、笑いと興奮に満たされ……」増沢磐二「いやいやいや……」
原田平蔵「えっ?」
増沢磐二「正気ですか?」
原田平蔵「何だと?」
増沢磐二「この国の頭を空っぽにして回る。正気でそれが自分の使命だと?」
原田平蔵「悪いか? ゴミが詰まるよりは空っぽの方がずっとマシなんだよ」
増沢磐二「冗談じゃない。飢えた子供に酒を与えるようなもんですよ。
なるほど、苦痛はまぎれるかもしれない。頭という頭はすぐに空っぽになるんですからね。
ただそれは人間にとって、この国にとって、最も大事なものを奪い潰して回るということじゃありませんか」原田平蔵「うるせえよ! そら、そのお前の頭こそゴミ溜めだって言うんだよ!
ご立派なご高説で腹が膨れんのだ。お前のような男こそ百人いたって、ガキひとり食わせられねえんだよ。
能無しのクソッタレは、今すぐこの国から追放してやろうか? あっ? 馬鹿野郎!」❞
❝増沢磐二「ひとつお訊きしてもいいですか?
原田保は、なぜあの夜横浜港まで送ることを、私に頼んだんでしょう?
原田平蔵や正虎(まさとら)ではなく、なぜよりによって私のところへ来たんでしょう?」謎の台湾人「その答えはあなたがご存知の通りです。
あなたのような人間になりたいと思っていました。
あの夜がその最後の分かれ道だった。
あなたに会えば、正しい方を選べるのではないかと、そう思ったのでしょう。
……愚かな男です」増沢磐二「時代が違えば、彼とはまた、ギムレットを一緒に飲めたのかもしれません。
さようなら……」謎の台湾人「お元気で……」
❞
❝わたくしは一体何を失くしたのでしょうか?
時代と月日に押し流されるうちに……。❞