転職の思い出(その3) | thAshの雑種な日記

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主な登場人犬/ thAsh: ここの管理人、適当で不真面目で皮肉屋。 天然1号: 妻、平成サザエさん伝説の女、令和も伝説継続中!  フレディー: 長男 2011年5月追加。今の呼び名は2011/09/11の日記参照  天然2号: 愛犬、2015年1月4日没(享年19歳3ヶ月3日)。  

ちょっと開いたけど(その1)(その2)と続いた転職話(ジジィの回顧録)の続きです。

ちょうど1か月おきに書いてることになるな。

 

面接まで行ったらなんか話が違うようでてっきり不合格と思っていたら、なんと合格との連絡があって、もう一度浜松で最終面接があるという。

そこでまた浜松へ行ったら、なんと最終面接は社長面談だという。

 

最初に社内の診療所で健康診断があって、社内の移動なのにタクシー。

お昼には鰻重が出てくるし、受付の女の子はすごく美人だし、大きな会社ってすげーなーって思った。

 

そして人事の人が社長と面接したらもう断れないけど、本当にウチに来る気がありますね?と念を押された。

え?なんかこの時にすごく古い体質を感じた。

しかし当時の社長は坊ちゃん社長で、くだけた感じの人で俺は好感をもった。

話したことは他愛もない内容で面接というより、人事の俺の意思確認という感じだった。

 

そして当然採用、浜松なんて泊ったこともない土地だし知り合いもいない。

ただ最初は会社の寮に入れるというので、寝ることと食べることの心配はなかった。

これで忌々しい前の会社の上司に辞表たたきつけて、ヘラヘラと1か月過ごして退職。

 

すぐに浜松には行かないで、次の会社に行くまではこんな機会のない長い休暇のようなもの。

冬だったのでスキーに行きまくって、あとはバイクの限定解除を受験しまくって限定解除もした。

2か月近く遊んでから会社から催促があったのでしぶしぶ浜松に行って、新しい会社に行くといろいろなことに驚いた。

 

それまでの会社は歴史も浅く、社員も3年目には俺が半分より上になるような若い会社、そして都会のビル街にあってソフトウェアを受注して作る専門会社。

そんなところから、地方都市の100年以上の歴史のある老舗の製造業の大会社で、ソフトウェアを発注するシステム部門に移ったのだから、立場も予算も環境も何もかも違う。

 

まず一緒に働く人は10歳以上どころか、20歳以上うえの人と一緒に働くことにも驚いた。

最初、何を話していいのかわからん。。だってそんな年上の人って親とか親戚くらいしか話したことないんだもん。

若い人もいたけど、音楽の会社なので趣味も文化的で、90年代のバイクブームの頃なのにバイク乗りなんていなかった。

まわりのオヤジはゴルフの話しかしないし、共通の話題もない。

 

そして文化の違いに驚く。

会社の服といえばスーツにネクタイだと思っていたのに、ジーンズにポロシャツで制服のジャケットを寒かったら羽織るくらいの服装。

え?前の会社ではスーツもある程度のブランドのものでないと恥ずかしかったのに、ナニコレ??

とにかく困ったのが、外に着ていく服なんてスーツしかなかったので、しばらくスーツで通していたらみんなから変人扱いされるし。

 

あと前の会社では男女の差はほとんどなく俺もコーヒーやお茶入れをやったのに、お茶の準備は女性が当たり前。

仕事のワークフローで手順を決めるときの図に、データ入力は「女性」という役の人がいるのに驚いたり。

もちろん俺の辞める前にはそういう文化は一掃されていて上司は女性だったけど、当時は女性が上に立つなんてありえなかった。

 

他にもその会社だけで使われる用語があたかも世界標準のように話しているし、時々出る方言がわかんないし、非常識なオヤジが多いし、やってる仕事はわからんし・・

最初は転職するんじゃなかったと、がらんと何もない寮の部屋で一人で思った。

 

でもね、半年後にはすっかりその文化に染まって、なじんでしまった俺(笑)。

若かったので変化に対応できたし、考えてみれば前より仕事も服装も楽な方に落ちていっただけなのかも。

そしてそのまま60歳の定年、さらに子会社に契約社員として64歳まで33年もここで働くのであった。

(おわり)