転職の思い出(その2) | thAshの雑種な日記

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主な登場人犬/ thAsh: ここの管理人、適当で不真面目で皮肉屋。 天然1号: 妻、平成サザエさん伝説の女、令和も伝説継続中!  フレディー: 長男 2011年5月追加。今の呼び名は2011/09/11の日記参照  天然2号: 愛犬、2015年1月4日没(享年19歳3ヶ月3日)。  

前回11月末に書いた「転職の思い出(その1)」の続きの自分語りです。

転職を考えたのは30歳のころ、世はバブル景気まっさかりで俺のようなSEはどこでも欲しがっていた。

しかしどうアプローチしていいかもわからない。

なんせ今とは違って、ネットもオンラインもなくて、情報は紙と口伝えの時代。

 

するとやはり同じ会社で会社に危機感を持っていて、絶対に辞めてやると言ってる後輩がいた。

この後輩は不動産の宅建主任の資格があるとただ座ってるだけで高収入らしいとか、いい加減な情報を俺に吹き込むような奴だったけど、いい話も持って来た。

それが転職のエージェントの会社があって、いろいろと相談しながら斡旋してくれるという。

なので当時は人材紹介では一番評判の良かったそこに登録した。

ちなみにその会社は10年前に破産したというニュースを検索したらでてきた。

 

俺の担当のエージェントは穏やかな初老の人で、本当に親身になって相談をしてくれた。

俺は当時はバイクとスキーのできる北海道もいいなんてふざけたことを言っていたら、いつでも地元の神奈川に帰れるようなところにしなさいって諭してくれたっけ。

で、地域は東京は嫌なので静岡東部から神奈川県全般、そして会社はソフトウェアハウスで発注元から理不尽な要望や仕様変更にヘキヘキとしていたので、ソフトウェアだけど発注する方がいいと希望を出した。

今ではたいした人材でもないのに何を偉そうに・・と思うが、なんせバブル期でどこでも欲しがっていたので強気だったな。

 

そしていくつか紹介してもらって、訪問したり、エージェントが一緒についてきてくれたり、面接前にポイントを教えてくれたりと、無料で申し訳ないなと思うくらいだった。

一度、平塚でトンカツを奢ってくれたっけな。

そのときにプライベートなことも聞いたけど元気かなぁ?もうかなりの歳なのでいないかもなぁ。。

 

で、訪問した先はバブルの頃だしエージェントの紹介ということもあって、どこも明日からでも来てくれという状況。

なので俺もだんだん欲が出てくるし、もっといいところがあるんじゃないかと、強気になっていく。

そんなときエージェントから、静岡東部でなく西部の浜松なんだけど・・という話があった。

え?浜松?今まで住んだことも無いし、知り合いも一人もいない所じゃん。。

 

しかし条件がよかったので、面接を受けることにした。

まぁ交通費も出るし、新幹線ですぐだし、観光ついででもいいやって感じ。

ところが当時の情報システム部の部長と面接したのだが、希望人材と俺の経歴は全く違う。

先方はソフトウェアでなく、どちらかというとハードウェア系の人を欲しがっていたようだ。

そして部長の話ぶりから、これは絶対に不合格だと確信した。

(まだつづく)