自家製味噌作り
豆を一晩水に浸けておく時間を除けば1時間ちょっとでできて後は放置なので楽だ。
今回はミニではなくてフルサイズのフードプロセッサーがあったので時間短縮できた。
後で固さを調節する為に使う煮汁を煮大豆をフープロにかける時点でも少し足すと
より大量に早くペースト状にできるのが分かったので次回の為にここにメモして置く。
前回は生の米麹を友達から購入させて貰ったが今回は乾燥米麹を戻して使っている。
その内ヨーグルトメーカーを手に入れたら米麹作りや納豆作りにも挑戦してみたい。
自分で温度管理などできれば機械に頼らなくてもできるのはわかっているけれども
共働き、子持ち、そしてズボラーの私は文明の利器に頼らないとやっていられない。
2013年10月20日 『自家製味噌作り』
2014年5月28日 『自家製味噌が完成』
香蓮の15才の誕生日
イチゴのデコレーションケーキ、なんだかんだで完成まで数時間もかかった。
私は普段は焼いて少し冷ましたらもう食べられますなケーキしか作らないので
デコレーションをする場合は待ち時間が各過程にあるのをすっかり忘れてた。
香蓮は日中はバンドファンの集まりに行きそこでの友達にお祝いして貰ったそう。
2015年の秋から通っている学校の校則が変わって染髪が禁止になったのだが
香蓮が言うには「ブロンドなら人間の髪の色だから大丈夫。」と脱色した。
確かに日本と違ってイギリスは黒、茶、オレンジ色っぽい赤毛の人、金と
色んな髪の色の生徒がいるからその範囲内なら文句は言われないとは思う。
でも自然に頭の半分が黒で残りの半分が金の髪色の人はさすがに居ないよね~?
学期の中休み中に染めて今週学校に行ったけれどダメですとは言われなかったって。
キンタン(Kintan)
2月17日、これが今年最後の新年会だった。節分も過ぎいるけれど旧暦正月って事で。
これは牛タンとシシトウ。牛タンはもう一皿追加した。他のお肉もおいしかった。
店員さんのほぼ全員が日本人かそうでなくても日本語がが分かるようだけれど、
追加注文をしたくてもなかなか捕まらないのが困る。日本の居酒屋でもそんなものか。
開店して1年以上は経つからか取り皿の縁が欠けているのが多くて目に付いた。
お手洗いも床になぜかトイレトッペーパーが散乱していたりして乱雑だった。
コートはこちらから言い出さないと預かって貰えず(席に置いていたら焼肉の匂いが付く!)
しかも取り間違いを防ぐための番号札はなく受け取る時は客からの自己申告制だった。
そんな気になる点はあるものの焼肉もサイドの料理もおいしいし梅酒サワーは濃くて嬉しい。
レディース・デーで結局サービスも入れて会計1人33ポンド(約5千220円)はとてもお得だ。
小学生の頃の通院の思い出
今日は自分が小学生だった頃の病気や怪我や通院の事についてだった。
私が初めて手術を受けたのは幼稚園の年長か小学一年生だった時だ。
入学前の健康診断で逆まつげが判明して大きな病院に行って手術を受けた。
どこの病院だったのかは覚えていないので親に聞いてみようと思う。
病院までは親が付き添ってくれたが手術着に着替えて手術室に行く時は1人。
手術着がペランとして面白いなと思った。背面の紐も自分で締めていたのか。
手術を受けたのは入学後だったかも知れないがまだ満5才でしかないのに
局所麻酔で「チクっとするけど我慢してね。」と執刀医に言われた。
顔には目の所だけ穴の空いた布をかけられ迫ってくる麻酔の注射針が見えた。
目のキワに2、3箇所に注射を打たれた感覚、手術中の針と糸で皮膚が引かれる感覚。
イギリスだと5才児だったらたぶん全身麻酔で手術するのではないだろうか。
大人しくしていられる子供なら局所麻酔の方が全身麻酔よりは安全だけど、
日本では40年後の今も出来るだけ局所麻酔で手術するのだろうか。
お陰様で意識を失って病院に運ばれる目にはこれまで遭った事はない。
軽い歯痛、目の痒み、風邪などの時はたぶん4年生以降は1人で通院していた。
保険証の入っている引き出しからそれを出して診察料を親から貰って。
歯医者さんでは「若い人の肌は張りがあって全然違うね~。」と言われた。
その時はピンと来なかったが今は自分の肌と子供達の肌の感触の違いは明らか。
虫歯の治療ではイギリスでは軽い物でも必ず局所麻酔を打たれてしまうが
日本だと子供の時でも麻酔を打つ事は滅多になかったのを覚えている。
イギリスで治療後の痺れた感覚が嫌で日本での話をして避けようとしたが不可。
どうやら患者の為ではなくて自らの指を守る為にどうしても麻酔をしたいらしい。
友達とふざけていて引っ張り過ぎ片腕の肘の関節が抜けてしまった事がある。
腕を伸ばして安静にしていれば良いけど少しでも曲げたりすると痛かった。
この時も1人で保険証とお金を持って片手で自転車をこいで整形外科へ行ったと思う。
診察台に寝かされて大人の男性2人か3人に囲まれてちょっと怖かった。
1人が肩を押さえて私が動かないようにしてもう1人が肘をはめ戻してくれた。
一瞬で治り腕を曲げ伸ばししても全く痛みも残っておらず不思議だった。
小学校高学年になって目に違和感を持ちやはり1人で眼科に行った。
先生に「逆まつげの再発。手術には保護者の同意が必要、連れて来て。」と言われ、
初めて改めて予約を入れ直して母親を連れて行きその後その眼科で再手術を受けた。
私の母は寿退社をして私が小学生の間はずっと専業主婦をしていた。
打ち込んでいる習い事やボランティア活動で不在がちという事もないのに
どうして通院に付き添わなかったのかネグレクトみたいだがそうではなかった。
衣食住ちゃんと面倒をみてくれていた。1970年代という時代なのだろうか。
現代の日本だとどうなのだろう。小学校高学年で軽い症状なら1人で通院する?
現代のイギリスではどうかというと香蓮はもうすぐ15才だけれども
かかりつけ医には15才以下の保護者の付き添いなしでの通院はダメと言われた。
タマの得意技、8の字まとわりつき
なので私は普段のネコの世話には基本的には手を出さない。
でもネコの餌時に台所にいると用事が済ませられない。
タマが私の足の周りを8の字を描きつつ歩いて餌の催促をする。
無視して歩こうとすると踏みつけてしまいそうになるので
私も知恵を絞り床から足を離さずにすり足で移動する。
散々8の字まとわりつきをしても反応がないとなると
今度は後ろ足で立って前足を私の太ももに立てかけて
あろうことか「ガリッ。」と爪を立てる実力行使に出る。
渋々やっている作業を中断してネコの餌の準備を始めると
マグもやってきて餌皿にエサの入る音がすると大興奮。
その余りにまたしても脚に爪を立てられたりする。おい!
餌皿を床に置くと必ず真っ先に飛びついて食べるのはタマだ。
マグは鷹揚でタマがガツガツ食べ始めた後に
もう一方の皿の方に行って大人しく食べ始める。
タマが途中で気が変わってマグの皿のを奪いにくると
やはり大人しくタマの好きにさせもう一方の皿に移動する。
冗談の通じない人=私(恥)
書名と絵のスタイルについては具体的な指定があったが
書名の書体と絵の色合いについては数種類見てみたいそう。
塗り絵本の場合は線画を使いそれに色を塗るのが大変なのだ。
もう少し詳しい希望を教えて貰えないと時間が無駄になる。
例えば原色、パステル、同系色、コントラストを強くとか。
「表紙にはこんな波みたいな模様を使って。」と言われたので
Shutterstockという素材サイトに行き適当なのを見つけ
それをIllustratorやPhotoshopというでソフトで加工し線画は完成。
私が受け取った取引先からのメールには記載がなかったけれど
ひょっとしたら電話の会話で何かヒントがあったかも知れぬと
部長に書体や色についてどうするか相談するメールを送った。
下記がそれに対する返信でその中に取引先への揶揄が混じっている。
Dear Yayoi,
They would like multiple finished covers to choose from. They also want the moon on a stick. As they have given us no sensible steer on the colours I suggest we colour one version and send it with the different font options. If they don't like the colours they can say why and that will hopefully narrow it down a bit.
Ippeita
弥生へ
取引先は完成した複数の表紙の中から選びたいと思っている。更には棒に刺さった月も欲しがっている。色について良識的な指針を与えられていないので、色の選択は1つだけにしてそれにいくつかの違う書体で書名を載せた物を送ろう。それでもし色が嫌いだと言われたらその理由を聞き、それでどの方向に進めば良いかわかるだろう。
一平太
これを読んで私は大真面目にこんな風に部長に聞いてしまった。
「棒に刺さった月の絵なんて注文のメールには一言もなかった。
私の知らないところで話題に出たんですか?」と。
取引先の漠然とし過ぎた注文が荒唐無稽だというのを強調する為に
彼らは「棒に刺さった月の絵」ではなく「棒に刺さった月そのもの」を
欲しがっていると、部長はちょっとした冗談のつもりで書いたのだった。
屋根の修理と迫り来る嵐
この部分の瓦ははこの家が前世紀初頭に建てられた時の物で100年を超えている。
昨年の秋にバスルーム上で雨漏りし、今年に入り今度は香蓮の部屋で雨漏りしたので
観念して屋根瓦の全取り替え、煙突周りの防水も全てやり直す事にした。
一応防水のフェルトシートが梁の上に全体を覆うように打ち付けてはあったが
屋根瓦は下から5分の1程だけ打ち付けてある状態で週末に入ってしまい
私と透は雨が降って来たら雨水が入ってくるのではと心配で仕方なかった。
屋根葺き業者と隣人の大工さんに確認してみると「大丈夫だよ。」との答え。
週末の終わりは予報では雨で外れますようにとの願いもむなしく降り始めた。
突風も始まり雨がいきなり窓を大きな音をたてて激しく打ち付たので
台所の窓際でシンクに向かって作業をしていた透は飛び上がるほど驚いていた。
2人で2階に駆け上がり踊り場、バスルーム、香蓮の部屋の天井を警戒して見ていたら
程なく踊り場につーっ、つーっと二筋の水が天井から壁を伝い落ちて来た!え~ん。
バスルームの天井にある屋根裏スペースへの入り口を開けて懐中電灯で照らすと
踊り場の真上以外も隣家との境の壁にまんべんなく水の筋が幾つもあった。
フェルトシートの面の部分は防水効果を発揮して雨は入って来ていないけれど
そのシートの一番上の部分は密閉されておらず隙間から雨水が入ってきていた。
この状態で暴風雨一晩が続いたら翌朝に起きた時に目にする光景はどんなか。
いや、夜中の内に雨漏りが酷くなったら寝ていられないような状態になるのか。
焦って屋根の業者や大工さんにショートメールを送りたくなったが思いとどまった。
日曜日の夜11時に暴風雨の中屋根の上に出て対策を取るなんて無理だろう。
そこで進入して来る水を吸わせる為に家中の古タオルやシーツをかき集め
狭い屋根裏に登り這い回ってシートの端と梁の間に詰め物をする作業をした。
頼めば透がやってくれたと思うが小柄な私の方が身動きし易いので私がやった。
狭いし誇りっぽいし天井を踏み抜かないようにしないといけないし。一苦労。
やれる事だけやり後は徹夜したって天気はコントロール出来ないので就寝した。
眠りに落ちるまでの暫くの間「雨脚は弱まっている・・・。」と思っていた。
翌朝になって居住スペース内の天井や壁を見てみると異変はなかった。一安心。
屋根裏スペースの詰め物は湿っていた。期待通り雨漏りを食い止められたよう。
でもこの日は昼過ぎから昨日の風速の2倍の暴風雨が来るという警報が出ていた。
なんというタイミング。でも神様(?)か誰かが私達を見守って助けてくれた。
屋根業者さん3人は約束通り朝8時半に現れて屋根瓦を打ち付ける作業を再開、
予報通りに昼過ぎからパラパラと雨が降り風も強くなって来たけれども午後3時まで
殆ど昼休み休憩も取らずに作業を続行し最後の目地の仕上げまで終わらせてくれた。
「Pさん(私達の隣人)の口利きでなきゃ今日は作業していなかったよ。」と
寒さに震えながら言っていたそう。ありがとう屋根業者さん。Pさんもありがとう!
透が急遽在宅で仕事をしてくれたので以上の工事の進捗は逐一伝わって良かった。
仕事が終わる頃に運動不足の私の両足の太ももに筋肉痛が始まった。痛~い。
屋根裏の詰め物はつい放置してカビを生やさないよう筋肉痛をおして全て回収した。
大嵐の天気予報は結局外れて大した事なかった。終わ良ければ全て良しだ。
WGT
パブやレストランの名前、何で頭字語(アクロニム)にしてしまうのか。WGTと言われてもピンと来ない。
例えばこのパブ、正式な名前はWatson's General TelegraphというのにWGTという看板を中心に掲げている。
この看板のロゴ・デザインもなんだかな。ちょっと富士山みたい。書体も時代遅れな感じ。
ここは以前は別の名前だったはず。The Roseだっけ。オーナーが代わって改装したのだろう。
照明や棚のデザインは工業的な感じ、サイズや型がバラバラのビンテージの学校の机と椅子が使われていて、
店内のあちこちに古い看板や時計が飾られていてショーディッチの方の店のよう。
完全な独断と偏見なのだが以前通りかかった時はエセックス・ボーイ/ガールの客層だと感じたが
今回は親子連れでほぼ満席、クリエイティブ系の仕事をしていそうな雰囲気がした。
内装の感じはおしゃれだと思うもののソフト・ファーニッシングが一切なくて音が反響し過ぎる。
仕切りも取り払われた大空間は学食のようで私は寛げない。学生の時から学食は嫌いだった。
私達が頼んだビールはおいしかった。食事はしていないので不明だがきっとおいしいのでは。
その場にいる殆どの家族が食事をしていたから。子供メニューでも10ポンドして値段は高めだ。
ロゴマークの台形はこれが元になっているのだろう。木製の腕木通信塔が大きな庭に置かれている。
この庭は気に入った。春以降の天気が良い日に来た庭のテーブルでなら食事も試してみたい。
これはBovril社が子供向けに販売していた麦芽エキスのVirolという商品のエナメル製の看板だ。
かつてはイギリス中の鉄道駅の柵などに取り付けられていたそう。サビ具合も良い味だしている。
1889年に開発され肝油と同様に健康食として学校や家庭で子どもに与えられていた模様だ。
この商品の容器や看板はアンティーク・ビンテージ商品として取引されている。
1980年代初頭までには製造が中止になったが今でも健康食品店に行けば麦芽エキスは売られている。
パンにつけて食べるMarmiteやBovrilと似た味なのだろう。この2つ程塩味が強いのかは分からない。
ネットで子供の頃にこの商品を与えられていたという人達は大好きだったと言っている。
ひょっとして子ども向けには砂糖で味付けしてあったのかもしれない。私も肝油ドロップが好きだった。
香蓮も赤ちゃんの頃に小児用の風邪薬シロップが気に入って必要以上に飲みたがったのを思い出す。
イギリスの肝油は液体状の物をスプーンで与えられるもので嫌いな子どもが多かったらしい。
『長くつ下のピッピ』等、欧米の児童文学にも病気の時に嫌なのに強制的に飲まされたとか
または悪戯へのお仕置きとして飲まされたとかの記述があったと思う。
ランドセルが欲しい香蓮
ロンドンでもカムデン・タウン・マーケットで売っている店があった。
買って使っているのは主に若い人達で日本のアニメやマンガのファンだったり、
人気のある有名人が使っているを見て影響された人だったりするのだろう。
街中で大人が背負っているのを見かけると私はどうしても違和感を持つ。
日本で小学生の背中一杯に収まるバランスが心に刻み込まれているから
大人の大きな背中にちょこんと乗っているランドセルは妙な感じ。
ま~ね~、ミニ・リュックだってあってそれも同じバランスなのにね。
イナゴの佃煮をエビだと自分に言い聞かせたら何とか食べられるみたいに
大人のランドセルもミニ・リュックだとすぐに思い直せばその内慣れるだろう。
香蓮がここに来て急にランドルが欲しいと言い出したので
もしかしたら次の里帰りの時に買うかもしれない。
今月15才になり日本だったらこの春で義務教育卒業なんだけれど。
本人は不満に思う身長は160cmそこそこで体型もスリムなので似合うかも。
学校に持っていく本が多くて重くてナイロンや塩ビのバッグはすぐに壊れる。
それに比べると例え合皮のでも日本のランドセルは耐久性がありそうだし。
あ、でもイギリスの教科書と日本の教科書ではサイズが違うかも知れない。
イギリスの教科書はA4サイズだけれど日本のはB4のような気がする。ん~。
店頭でA4(297mmx210mm)が収まるか内部の寸法を測らないと失敗する。









