テムズ河の潮汐を眺めつつ -45ページ目

マロコ(Maloko)

 

ウイグル料理の後は斜め向かいのマロコ(Maloko)へ移動した。

同席した友人が「高円寺とか下北沢にありそう。」と薦めてくれた

クレープ屋さんで無国籍風の内装が確かにそんな感じがする。

 

 

 

ギャレットというソバ粉入りのクレープを使った食事メニューも

普通のクレープのレモン砂糖味とかチョコバナナ味とかもある。

私達は食後のデザートにクレープと飲み物を注文した。

 

 

変な組み合わせと笑われたクラフフト・ビールとダークチョコ・バナナのクレープ。

おいしかったよ〜。キッチンにはあの専用のクレープ焼きクッカーがある。
これまでイギリスで食べたクレープの中では一番おいしいと思った。

 

BGMはドアなしのキッチンの方からかかってきているので

雰囲気を出しつつもおしゃべりの邪魔にならなくてちょうど良かった。

 

ここから一緒に行った友人達の友人が急遽参加した。

飲食業をしている方で客に混じってやってくる海千山千の

詐欺師や泥棒との攻防話があなたの知らない世界で興味深かった。

 

関連記事:  2018年08月06日『マロコ(Maloko)』

 

シルク・ロード(Silk Road)

割と近くに住んでいながらつい最近になって評判を知った

ウイグル料理店、シルク・ロード(Silk Road)へ行った。

ゾーン2のデンマーク・ヒル(Denmark Hill)駅からは徒歩10分。

 

 

真新しい赤い看板にはSilk Roadとは書いていない。

 

新疆風味

Xinjiang Style Chinse Cuisine

 

そうそう、ウイグルは英語ではXinjiang。発音はジンジアングかな。

さすがにモンゴルやスタンで終わる各国に接している地区だけあり

肉はラムが中心で、魚はとても少ないメニューだった。

 

 

上はラム肉の手打ちうどんの炒め物。

下は春雨と人参、緑野菜の酢の物風サラダ。

 

 

ビーフとセロリの水餃子。モチっとした皮が最高。

私は気がつかなかったが店内奥で手作りしているそう。

 

 

焼き餃子、串焼きのラム肉。後写真ないけど串焼きの白身魚(多分スズキ)も。

これらはどれも香ばしい。おいし〜い。

 

 

トマトとナスの炒め物。緑なのはピーマンではなくてチリ。
から過ぎるのは苦手な私でも余裕で大丈夫なピリっと具合だった。

 

これに付け合せのご飯2つと飲み物を注文した。

最後の炒め物は最初は頼むつもりがなくてご飯を2つと言ったら

「注文内容だとソースがある物がないからご飯要らないかも。」

と親切にアドバイスをくれた。

そして「トマトとナスの炒め物はお薦めでご飯に合いますよ。」

「じゃあそれとご飯お願いします。」という流れに。

 

注文が終わったら最初の一皿は5分以内に出てきたと思う。

あっという間にテーブルがいっぱいに!おいしくて幸せ〜。

 

お会計はサービスも入れた後に人数分の5で割ったら

1人当たり12ポンド(約1775円)。これは驚異的な安さ。

 

看板の他の注意点はこちらの店は現金支払いのみだという事。

現金を引き出しに行った仲間達は15分位戻ってこなかった。

そろそろ捜索隊を出そうかと思った所でようやく帰還した。

すぐ側のATMは手数料を取られるタイプで

少し離れた手数料なしのATMの前には行列ができていたそう。

 

人気店なので予約をした方が確実、。テーブル占有は1時間半まで。

メニューが短いのですぐ選べるし、すぐに出てくるしで

私達は1時間で食べ終わっていたので全く問題はない。

 

デザートはなくてここはガーッと食べて去る客向けの食堂だ。

 

関連記事: 2018年08月06日『シルク・ロード(Silk Road)』

 

 

 

 

 

無料のホット・ドリンクとケーキ

ジョン・ルイスというデパートのメンバーシップカードを持っていると

年に2回位店内のカフェで使えるホットドリンクとケーキの無料券が貰える。

前回は使い損ねたが今回は期限ぎりぎりに近くまで行く用事ができた〜。

見事活用はできたけど結局響の分は余計に注文している・・・。ま、いっか。

 

 

ラズベリーとアーモンドのケーキ。

 

 

ジンジャーケーキ。

 

 

オレンジとチョコレートのケーキ。

 

味はどれも普通。無料だし文句は言わないよ〜。

ザ・ガントリー(The Gantrty)

義理の母の70才のお誕生日祝いにまずは母息子水入らずで観劇へ行った。

演目はThe Play That Goes Wrongというコメディーで楽しめたそう。

 

夕方からはザ・ガントリー(The Gantrty)で家族全員で食事をした。

 

 

お店の人の感じが良く料理も安定のおいしさなんだけど、

この日の私の魚介のスープはあっという間に冷めた。

次回スープを選ぶ時にはお皿を温めてから盛り付けてと頼もう。

 

 

子供達と義理の母はバーガーにデザートはアイスクリーム。

このバーガー、すごいボリュームだった。ピクルスのサイズからして見て!

 

 

透のステーキと付け合せ。

 

ヴィム・ヴェンダースのポラロイド(Wim Wenders' Ploaroids)

フォトグラファーズ・ギャラリー(Photographer's Gallery)でやっている

ヴィム・ヴェンダースのポラロイド(Wim Wenders' Ploaroids)を観に行った。

 

レスター・スクエア駅近くのギャラリーに行ったら・・・なんと消えている!

調べてみるともう5年も前に別の場所に移転していた。全然気がついてなかった。

 

ビル丸ごと一軒の新しいギャラリーまで歩いたら疲れてまずカフェで休憩をした。

 

 

これと次の3枚は1977年の『アメリカの友人』から。

最初の2枚は会場でかかっていた映画の一部のビデオで

トム・リプリー役のデニス・ホッパーさんが

ポラロイドカメラでセルフィーを撮っている様子だ。

 

ここ10年位盛んに目にするようになったセルフィーのポーズ。

今は何でもないけれどこんな昔は異様な感じだったろうな。

この映画、観たんだけど1回で大昔だからこんなシーンは忘れてた。

 

この頃普通のカメラだったらまずはピントを合わせる必要があって

本体自体もずっしり重みがあっったからセルフィーは撮れなかった。

ここではポラロイドカメラだったからできた事なんだな。

 

 

 

実際のポラロイド写真。この時彼は40才。若いな〜。

時間の経過で色が変わったり薄れたりした感じが

まさにインスタグラムっぽくて味わいがある。

ただ現物の展示だと小さくて。もっと大きいの見たい。

 

 

これは日本。たぶん新宿東口じゃないのかな。

『日本の首領』という映画は1977年から1988年公開だって。

 

 

ギャラリーのロゴが良い。TとL2つでフレームを作ってる。

ちょっとナショナルジオグラフィックちっくではあるけど。

 

 

アンディ・ウォーホールの絵のソースと思って撮ったんだろうな。

 

 

オクスフォード・ストリートにはもうクリスマスの飾りが付いている。

ジャパン・センター

 

新しい場所に移動したジャパン・センターに行ってみた。

内装は新しいし通路の幅も広くなっていてすっきりした感じ。

食料品の棚の両脇には食器なんかも売っていたりして楽しい。

全体の商品量は減りレストランスペースは大きくなってた。

 

フレッシュ・アンド・バンズ(Flesh & Buns)

休憩のカフェを探して彷徨っているいる内にいよいよおなかが減った。

そこで通りがかりのフレッシュ・アンド・バンズ(Flesh & Buns)に。

ラーメン屋さんのボーン・ダディーズ(Bone Daddies)の系列店だった。

 


箸置きがこんなボルト。面白い。

 

 

 

内装にのれんが使われていてそれに日本語の文が書いてある。

これはもう一歩で完璧だったのに〜。惜しい。

間違った1の部分、四角く切り取って90度反時計回りにし

縫いつけたらちゃんと「一緒に」になるのにな〜。

 

 

2コースに1ドリンク付きの22ポンド(約3千300円)のランチセットを頼んだ。

前菜はサーモンとアヴォカドのロールとシーフードミックスのセビッチェ。

両方とも要は本来は無駄になる寿司の切り落としのリメイク料理よね?

だからこんなに安い値段のランチセットが提供できるんだな〜。

セビッチェの方はやや酢が利きすぎていた。巻物の方はおいしかった。

 

 

ポークベリー頼んだに出てきたのは北京ダック。

ま、別に同じ値段だし良さそうなのでお店の人に指摘せずそのまま。

皮がちゃんとパリパリしてておいしかったよ。

 

 

グニグニと串に刺して炙ってある鮭。こちらもおしかった。

写真に撮るの忘れたけどこのメインには蒸し器に入った

バオ(Bao)と呼ばれる肉まんの皮みたいなのが4つ付いてきた。

これ、2年前位からロンドンで流行っている台湾のストリート・フード。

 

そんなにボリュームがある訳じゃないのにおなかいっぱいになった。

24ポンド(約3千600円)の3コースにするつもりだったのを

デザートをキャンセルして2コースにして店を出た。

 

エキスプレス・メニューの名の通り素早く出てきて

ちゃんと1時間の昼休み内に食べ終えられて優秀だ。

 

2コースに1ドリンク付きの22ポンド(約3千300円)に

チップを足して結局支払いは1人25ポンド(約3千700円)だった。

 

Can Graphic Design Save Your Life?

ロンドン中心部にあるユーストン(Euston)駅からは

ミッドランドと呼ばれる北部イングランド行きの列車が出る。

駅の南のブルームスベリー(Bloomsbury)と一帯には

ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン関係の建物が多い。

私の友人や知り合いも東洋アフリカ研究学院(SOAS)とか

建築のザ・バートレット(The Bartlett)とかで勉強していた。

 

私も近くのカレッジで英語やアート・ファウンデーションの

コースで学んでいた時にUCLの学食に入り込んで食べていた。

UCLは設立当初から無宗教、自由主義、平等主義の大学で

幕末から明治維新にかけて多くの日本人留学生も学んでいたそう。

 

 

ちょこんと飛び出た紫の灯りのついた塔はビーティー・タワー(BT Tower)。

 

 

この日観に来たのはウェルカム・コレクションで始まった

Can Graphic Design Save Your Life?という展覧会だ。

直訳すると『グラフィックデザインは命を救えるか?』

 

中は写真撮影禁止だったので入り口の写真だけ・・・。

 

入ってすぐタバコの広告キャンペーイメージが目についた。

これはシルクカットというタバコの銘柄の広告なのだが

シルクカットの名前そのものは全く現れない。

1980年代に入ってますます強まるタバコ広告の規制

に備えてなぞなぞのようなスタイリッシュなイメージだけで

ブランド訴求力を高めて大成功した例だ。確かに賢い!

これなんかデザインが健康に悪い物の宣伝に貢献した例だな〜。

 

JTのマナーキャンペーンのポスターも展示されていた。

他には薬のパッケージ・デザイン、エイズ・キャンペーン、

薬局の看板の歴史、インフォグラフィックスの展示もあった。

 

 

あると予測していたフローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)

のクリミア戦争での戦没者死因を示した円グラフの隣には

ジョン・スノウ(John Snow)のロンドンでの1854年の

第3次コレラ流行での感染者分布地図が並んで展示されていた。

両者が扱っているデータはほぼ同時期に集められたものだ。

 

 

 

兵士は戦闘そのものでより入院先の不衛生さの為に死に至るという

ナイチンゲールの訴えは政府関係者から認められて

衛生改善ひいては傷病兵士の生存率の向上に寄与した。

それなのにスノウのブロード・ストリートの共同井戸の場所と

それを囲むようにコレラ感染者を出した家が並んでいる地図は

本人が亡くなるまで汚染された井戸とコレラ感染の因果関係が認められず。

なんという不条理!

 

 

ここからは常設展。人体、医療に関するコレクションの展示がある。

 

 

昔の義肢。

 

 

 

ナイチンゲールのモカシン。

サイズ、かなり小さかった。私の推定では22.5cm。

 

 

おっ、日本の物が展示されていると思ったら鼈甲製の性具。
なんか江戸時代っぽいけど年代を見ると1930年代だって。本当に?

 

 

SOASの近くの屋台村。

付近には学校、オフィスや病院もあるからお客さんが多い。

 

 

ユーストン駅から南下して行く。

 

 

途中にあった丸い窓が特徴的な建物。

デリバルーという料理出前の人も写ってる。

 

 

ファッション・リテール・アカデミー(Fashion Retail Academy)。

2005年設立のファッション小売業について学ぶ職業訓練校だそう。

 

 

トテナム・コート・ロード駅まで来た。
数年以上前からクロス・レールという新しい路線の工事で一帯は様変わりした。

現在もまだまだ工事が進行中だ。

 

 

トテナム・コート・ロードのランドマーク、センター・ポイント(Centre Point)。

 

 

後で振り返って楽しむ為にこの途中の様子も写真に撮っておく。

 

 

 

 

更に南下して中華街、コベント・ガーデンの方へ。

昔この劇場の上の賃貸物件に住もうかと透と内見に行った事がある。

狭すぎたので契約しなかった。便利は便利だったろうな〜。

 

 

テナントはセックス・ショップだけどこの建物も良い。

 

南下しながらカフェで休憩したくて探していたけど

おいしそうなケーキのある店が見つからず。

結局更におなかが空いたので行き当たりばったりのレストランへ入った。

 

マグナスの寝姿

 

また寝てる。

 

振り返れば1円玉、レスキュー&リリース

勤め先で昼休み休憩が終わった所で紙ナプキンを捨てようと

背後にあるゴミ箱を覗くと1円玉が目に飛び込んで来た。

 

イギリスの現地企業で私以外は日本人がいないのになぜ?

その1円玉を拾い上げて周りの同僚に「これ誰が捨てた?」

なんて余計なお世話な事と知りつつ聞いてしまった。

 

イギリス人同僚が「気がついたら引き出しの中にあって

薄くて軽くてなんだか分からないので捨てた。」と言った。

彼女は日本には行っていない。Youはどうして彼女の元に?

イギリスの5ペンス硬貨代わりにお釣りに混ぜて渡された?!

重さも大きさも大分違うけどね。1円玉の方が大きくて軽い。

 

「これ軽くて存在感ないし価値も0.7ペンスでしかないけど

日本のお金なの。捨てるなら貰うよ。」と持ち帰ってきた。

 

家に戻ってから観察してみると『昭和51年』の刻印があった。

昭和51年というと1976年。41年も前に発行されたものだった。

この1円玉が2017年にロンドンの会社のゴミ箱の中で

私に発見されるまで辿ってきた歴史ってどんなものだったろう。

 

ゴミ箱に捨てられた時にはもう一巻の終わりと覚悟しただろう。

私が有給休暇を取っていたら、ゴミ箱を使わなかったら

そのままクリーナーが回収しに来て一般ゴミとして処分されていた。

 

私が幼稚園の年長だった年に発行されて41年の間

会社や商店や銀行や家庭をぐるぐると巡っていたのだろう。

その間実は30年位お年寄りの貯金箱の中で死蔵されていたとか。

1度は持ち主も知らぬ内に財布から転げ落ちてドブにはまり

その後小学生が見つけて拾ってくれるまでじっと待ってたとか。

硬貨だからさすがに身代金として使われた事はないだろうな。

沖縄から北海道までくまなく日本全国を流通したのかそれとも

日本人旅行者か留学生がイギリスに連れてくるまで

実は山陰地方の両県のからほぼ外に出た事がなかったとか。

あ、日本人とは限らずイギリス人の観光客が持ち帰ったのかも。

 

私と透はこういう想像を巡らすのが大好き。

 

つい最近イギリスでは1ポンド硬貨が切り替わった。

ボーッとしている透はなんとまんまと旧1ポンド硬貨を

お釣りとして受け取ってしまっていた。

イギリス人である可能性はかなり高い外見なのによくもまあ。

いかにも日本人な私だったらまだ事情に疎い観光客だと思って

掴まそうとする悪い店員がいるのは分かる気がするけど。

その内銀行に行った時に新しいのと替えて貰おうと棚に置いていた

旧1ポンド硬貨の横にこの1円玉をとりあえず置いた。

 

それでふと改めてこの旧1ポンド硬貨の発行年を見てみたら1983年。

こちらも1円玉に劣らず結構古い!私は中学1年生だった年だ。

調べてみるとこの旧ポンド硬貨が発行され流通し始めたのは

1983年の4月からなのだそう。なんと発行初年のだった!

珍しいんじゃない?1ポンド(約148円)は大した打撃じゃない。
これも何かの縁、このまま銀行に持って行かずに家で持っておこう。

職場のゴミ箱からレスキューした1円玉はしばらくしたら
閉まってある使い残しの日本円と一緒にしてやろう。
そして次回日本に里帰りする時にリリース(解放=使う)するつもりだ。

この奇跡の1円玉は私に異国の地で死蔵されるよりも

日本に帰国して硬貨ライフを全うしたいだろうと思う。