テムズ河の潮汐を眺めつつ -103ページ目

コートールド・ギャラリー

私の会社の有給休暇は次の年への持ち越しはなく年末で失効してしまう。
子供たちが病気や怪我をした時の為に残しておいた有給休暇も
もし残っていれば今頃から少しづつ使うのが毎年の習わしだ。

今日は1人で気ままにロンドン中心部に出て過ごすことに決めた。
まずは久しぶりにコートールド・ギャラリーで絵を見ることにした。
初めて行ったのはアート・カレッジの学生だった時で
2回目は透と一緒でまだ香蓮が生まれる前だったと思う。


11半ばから年初の時期は中庭の噴水広場は仮設のスケートリンクとなる。
フォートナム・アンド・メイソンがスポンサーのクリスマスツリーがあり
仮設のショッピングアーケードではその食品やギフトが並んでいた。

こぢんまりとしたギャラリーには印象派や後期印象派の絵が詰まっている。
建物自体も内装の漆喰装飾も床の鉄製の換気口のグリルのデザインまでも素敵。



この螺旋階段も良い~。


ゴーギャンの描いたサント・ビクトワール山の絵を見れば
女友達とのエクス・アン・プロバンスの旅行を思い出す。
あれは結婚してまもなく20世紀の終わり(!!!)だった。
町のあちこちに噴水があるのが印象的でゴーギャンのアトリエも訪ねた。
おいしくて2日続けて通ったSel et Poivreというレストラン、今もあるかな。


ちょっと脱線するがSel et Poivreはフランス語で塩と胡椒という意味で
Tête sel et poivreという表現は塩胡椒頭、イコールごま塩頭だと聞いて
「日本だと大抵は黒髪でそこに白髪が混じり始めるからごま塩だけど
フランスだとブロンドや薄い茶色の髪の人が多いから胡椒なのか。」
な~んて至極納得した事も思い出した。


脱線ついでにゴーギャン、ゴッホ、マネ、ルノワールなどの有名な作品に
最初に触れたのは永谷園のお茶漬けに入っているカードだったなとも思った。
浮世絵シリーズも覚えているが洋画は印象派か後期印象派のしか覚えていない。
それ以前やそれ以降の絵も載っていたのだろうか。


ここでちょっとネットで検索してみたらやはり洋画は私の記憶通り
ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、マネ、セザンヌ、ドガ、スーラ
と印象派か後期印象派の画家のものだけだったよう。
しかもこのカード、1997年で終わってしまっていた!
実家から永谷園のお茶漬けを送って貰って食べているのに
カードがもう入っていないのに気づいていなかった自分に驚いた!


写真には取っていないけれどこのギャラリーの所蔵作品で一番有名なのは
パンフレットにも使われているマネの『フォリー・ベルジェールのバー』だろう。
客の応対をする為にバーに立っているはずなのに随分虚ろな目で
賑やかな場所にいながら心ここにあらずな表情で不安な感じだ。


初めてこのギャラリーに来てこの絵を見た時の感動も覚えている。本物だ~って。
これも永谷園のカードに入っていたし高校の図書館には同サイズの模写があった。
あれはたぶん卒業生で美術部にでも入っていた人の作品だったのだろう。
高校はその後中高一貫校になって校名も変わってしまった。
懐かしいな~。図書館にあったあの絵は今も飾られているのだろうか。



前回も見ていたのに特に感銘を受けたというわけでもなく通り過ぎていた
ピサロの『ロードシップ・レーン駅』という絵を今回はじっくり見た。
これは5年前から住んでいる南ロンドンの風景なのだ。
この絵が描かれた1871年当時は駅の周りに家が建ち始めたばかりで
ロンドンの端も端、カントリーサイドが始まる場所だったのだ。
昔は衛生上の問題からも墓地は人口の密集する中心部から離れた場所に作られた。
ここはゾーン1から6まであるロンドンとその近郊の交通システムではゾーン3に当たる。
ロンドンでは東西南北どこでもこのゾーン2から3に変わる辺りに大きな墓地があるのだ。
南ロンドンのこの辺りも例外ではなく墓地ばっかり!墓地の先は野原だった。

現在ではこの路線は廃止されていて線路のあった所には住宅が建っているが
路線の一部はシドナム・ヒル・ウッドの中に遊歩道として名残が見られる。




Tくんとプレイデイト

先日に初対面したHちゃんのお兄ちゃん、Tくんが遊びに来てくれた。
響は学校でもうTくんに会っていたが私たちは約4ヶ月ぶりだった。
乳幼児とは違い10才ともなると外見はあまり変わらなく見えるが
彼の話す日本語はとても大人っぽくなったと思う。

前半はX boxのゲームで遊び後半はBattleshop Liveという
ボードゲームとトイ・ストーリーのシューティングゲームをした。
シューティングゲームは日本の祖父母からのクリスマスプレゼント。
2年位前のかな。お友だちと遊べるように追加のガンも一緒に送って貰った。



Battleship Liveでのグーグル検索の結果。



Buzz Lightyear Space Busterでのグーグル検索の結果。


9月生まれのHちゃんと初対面

近所に住む友人が日本で里帰り出産してまたイギリスに戻ってきた。
その友人と旦那様そして生後2ヶ月余りの赤ちゃんとカフェで初対面!
赤ちゃん、Hちゃんのちょっとした表情が10才上のお兄ちゃんにそっくり。
金髪のメッシュが入ったフサフサの髪、色白なお肌、つぶらな瞳、
赤ちゃんなのに鼻筋がスッと通っていて上品でまるでおひな様みたい。
か~わ~い~い~!2ヶ月の赤ちゃんの小ささをすっかり忘れていた。
産後の体調の回復には時間がかかるし乳児のお世話で寝不足でもある、
それでもご家族全員がとりあえずは元気な様子で安心した。



おみやげに頂いたおかきの詰め合わせ、おいしいのはもちろんその掛け紙が良い。
何が描いてあるのか直ぐにはわからなかったけど
栗や紅葉など季節のものに囲まれた崩した「秋」の字ね。



ナショナル・ヘルス・サービスのヘルス・チェック

イギリスではプライベートで自費でするのでもない限りは
人間ドックとか各種のスクリーニング・テストはほぼ無い。
ナショナル・ヘルス・サービスが無料で行うテストで
対象に入り受けているのは3年ごとの子宮頸がんの検査のみ。

それが実は40才以降はヘルス・チェックの対象になるのだそう。
私はこの年末で45才になるのだが最近初めて案内の手紙を貰った。

聞き取り調査で身長、体重、飲酒、喫煙習慣、食事内容、
運動量、親族の心臓病と高血圧の罹患歴を記録された。
実際に検査をしたのは血圧、脈拍数、コレストロール値、
ウエストのサイズだけだった。

それをコンピューターに入れて心臓病にかかる率を弾き出す。
ガンには全く触れず肥満と心臓関係だけに注目していた。

あまり期待せずでも一応予約をして出かけてみたけれど
予想に違わず30分程度であっさり終わるもので
私は初めてコレストロール値について知ったのは良かったが
それ以外は全く時間を割いて行く意味のない健康診断だった!




ロースト・ディナーにはまる

イギリスでは日曜日にはサンデー・ローストと言って
オーブンで塊肉をローストして付け合せとともに食す家庭が多い。
パブでも日曜日はメニューがサンデー・ローストだけだったりする。

家でも週末は平日の夜に時間がなくてしないオーブン料理をする。
でもメニューはラザニア、パスタ・ベイク・パイ類ばかり。
あ、ちなみにパイと言ってもサクサクのパイではなくて
トマトソースのひき肉かホワイトソースの魚介類の上に
マッシュポテトとチーズをのせて焼いたものをパイと呼ぶ。

ロースト・ディナーはクリスマスの時位だったのに
先月新しいテーブルクロスとプレイスマットを買ってから
これで4週連続でロースト・ディナーを作っている。
塊肉は飽きないようにラム、ポーク、ビーフと変えている。
残った肉はよく週前半のお弁当や夕食にリメイクして使う。
火が通っているので日持ちするし調理時間が短くて便利だ。

響の担任の先生と面談

響の学校はビクトリア朝時代に建てられた典型的な赤いレンガの校舎で
日本の学校のような400メーター走れるような校庭はない。もちろんプールもなし。
響のクラスは最上階でロンドン・アイからカナリー・ワーフまでの夜景が一望できる。

さて、先生からの説明によると響はまずまずやっているようだ。
読みは上達してきたので最近一番上のブループに移動した。
書くのはまだ時々書き出しを大文字にするのを忘れる以外は良い。
綴りのテストでは毎回ほぼ満点を取り作文は上手。
数学はまだ九九が怪しいので繰り返し復習する必要がある。
でもクラスでは前よりは積極的に取り組んでいる。
分かっていない時は今でも自ら質問できないけれど
先生から話しかけて貰えればできるそう。
以前は全く質問も努力のせずに投げ出していたことを思えば大進歩だ。

今週で一番仲良しだった男の子が転校していなくなるけれども
他にも一緒に遊んでいるお友だちはいるので大丈夫そう。
先生もそれとなく目を配っておいてくださる事になった。

自己肯定感が低い子供を集めた自己肯定感を高めるクラスが始まり
響も第1回目に参加したそうだ。
お知らせの手紙が来ていたけれど早々に始まっていたとは知らなかった。
響にどうだったのか聞いてみなくては。

こちらの学校ではノートは学校に保管していて家に持ち帰らない。
学年が終わって用済みになったら渡してもらえるが。
現在使用中のノートはこういう面談の機会にだけ見られる。
確かに響の作文はなかなか読ませる。面白い。
そしてノートを束ねている輪ゴムには私たち宛の手紙が挟んであった。
この試みは初めて。他の子どももみんな言われて書いたようだった。

ピノキオとポテトマン



学童のブロックを使って響(イヤー・ファイブ、日本だと小学3年生の9才)と
Jくん(イヤー・シックス、日本だと小学4年生)が作ったキャラクター。
左がJくんの『ピノキオ』で嘘をついた所なのだろう鼻が長く伸びている。
右が響の作った作品名『ポテトマン』で顔に直接手足がついている。

学童のブロックには赤、青、黄、緑などの豊富に揃っている色と
ピノキオの口の暗い赤、目の白と黄緑のようは1個だけまたは少数しかないのがある。
それらの希少価値のある色は子ども達にとっても特別な色なのだそう。
子どもの頃のその感覚は覚えている。特殊な部品には特別な価値があった。


繋がって走る自転車とキックスケーター

昨日バスにショッピング・カートを持ち込もうとした人を見て驚いたばかりだが
今朝は歩道を並走する自転車とキックスケーターの親子を見てびっくり。

時間からして学校に子供を送りに行く父親とその娘なのだろう。
父親は自転車をこぎつつ娘の乗るキックスケーターのハンドルを掴み引っ張っていた。
歩道は割と幅が広く特別に自転車も走れる標識のある所だったから良いのか。
それにしても急にブレーキをかけなくてはいけない時に子どもは大丈夫だろうか。

バスにショッピング・カート

食料品の買い物袋満載のショッピング・カートを押している女性が
ラッシュアワーで混雑するバスの後方の降車口から乗り込んだ。
コンビニ用のコンパクトなのではないフルサイズのカートなので
バス前方の運転手席横の乗車口からは乗り込めないと読んだのだろう。

イギリスでも日本でも公共交通機関はいろんな人が使っていて
これまでもギョッとする光景は何度も見かけたがこれはなかなか!

私は他の通勤客に続いて前方の乗車口から乗ったら運転手さんは知っている人。
あの、知り合いではないけれどいつもにこやかで挨拶を交わす人なのだ。
彼はもちろん後部で起こっている事をバックミラー越しに見ていて
「ショッピング・カートはバスに乗せないで下さい。」と言った。
最初はそのアナウンスに無視を決め込んでいたカート女性も
繰り返し言われた後に何事か言い返したが訛りが強く聞きとれなかった。
それにかぶせるようになおも根気強く女性に語りかける運転手。
「ショッピング・カートはスーパーマーケットの物。降ろして下さい。」
「降ろしてていただけなければバスは出発できません。」

結局カートの女性はバスから降りたがそのバスが発車してからもなお
明らかに不満そうな困惑した顔でバス停に残っているのが見えた。

次のバスでまた挑戦するのかなと気になってしまった。
訛りからしてたぶん最近の移民でイギリスでの習慣を知らないのかも。
彼女の出身国ではスーパーマーケットのカートをバスに乗せるのは普通なのかも。
大きさ的には大型ベビーカーより一回り大きい程度だから乗れない事はないし。
巨大スーツケースを2つとか運んでいる人と占有床面積は同じ位かも。
カートもひょっとしたらスーパーマーケットのではなくて
ちゃんと自分で購入したマイカートなのかもしれないが可能性は低そう。
ああいうカートは一台10万円とかするって聞いた事あるし。

私がバスで出会った驚きの乗客史上3位に入るな~、これは。
マニキュアを塗る人、赤ちゃんのオムツを替える人以来の。
この話を会社のフリーランスのデザイナーさんに話したら彼の体験を話してくれた。
彼はコーチ(長距離バス)で通勤しておりその窓が開けられないバスの車内で
なんとヘアスプレーを使う人と同乗するはめになった事があるそう!

レッド・クロス(Red Cross)主催の救急法の講習会

職場には常に2名の救急法の講習を受けて合格した社員を配置する必要があるそう。
その資格は有効期限が3年なので3年経つと同じ人がリフレッシュ講習を受けるか
新しい人が新たに1日の救急法講習を受けて資格を取る必要がある。
大分前から講習を受けたいと総務部長に希望を出していて今回ようやくそれが叶った!
参加できて本当に良かった。この内容は義務教育の一部にするべきじゃないかと思った。

私が受けたのは低リスクの職場用の救急法、Emergency first aid at work
8時間(昼食1時間、休憩15分が午前と午後に1回づつ)の設定で
講習代は182.40ポンド(約3万4千円)だった。勿論会社持ちだ。
ふと思いついて日本赤十字社の救急法の講習を調べてみたら
ほぼ同様の講習項目なのに1500円とかの驚異の低料金で受けられるようだ。
この値段の違いは一体なんなのだろう。レートが違うというレベルではない。
どちらかと言うとイギリスのが高すぎというより日本の方が安すぎという気がする。

まず教えられた救急者の役割は「命を保つ事で治療をする事ではない。」であった。
後の治療を遅らせる原因になる可能性があるので薬を与えないのはもちろん
水も吐いたりする可能性を増やすので与える事は進められないそう。

傷病者を発見した時にはまず周囲の安全を確保してから近づき
呼びかけつつ両肩を叩きつつ反応があるかを調べる。
周囲に助けを求め側で待たせ、気道の確保、息をしているかどうかを確認。
普通に呼吸をしているかどうか耳を口に近づけて呼吸音を聞くと共に
胸が上下しているかを目で見て確認する。これにかける時間は10秒。

この時点で助けの人に緊急サービスに電話をして貰い
意識があるかどうかや明らかな怪我があればその状態を伝える。

普通に呼吸をしている場合はリカバリー・ポジションを取らせる。
出血やショックを含め傷病者の状況を観察しつつ救急車を待つ。

呼吸が止まっている場合は心肺蘇生を始める。
両手を重ねて手のひらの下部を使ってまずは30回胸骨圧迫をする。
クレジットカードの長辺の深さに1秒間に2回のペースで胸の真ん中を押す。
それから口から息を2回吹き込みまた30回胸を押す。

ここまでの流れはこちらではDR'S ABC(お医者さんのABC)と覚える。
D Danger (危険)安全確保
R Response (反応)意識の有無を確認
S Shout for help (援助要請)
A Airway (気道)気道確保
B Breathing (呼吸)呼吸管理
C Circulation (循環)循環管理

心臓を押す時に胸の真ん中を押すとは知らなかった。心臓は左にあると思っていた。
真ん中よりほんの少し左寄りにあるだけで実はほぼ真ん中にあるそうだ。
押すペースの目安はザ・ビージーズのステイン・アライヴが丁度良いと聞いたと
参加者の1人が先生に言っていた。確かにそうなのだそう!生き続けるって。出来過ぎ!
あの「ハ、ハ、ハ、ハ、ステイン・アライヴ、ステイン・アライヴ・・・。」て曲。
感染の可能性がありそうな場合は口から息を吹き込むのは省略して
胸骨圧迫だけをするのでも良いそう。
実際にやってみると結構な重労働なので2分毎に誰かと交代するのが理想だそう。

リカバリー・ポジションを取らせる前に意識が無さそうに見えても話しかける。
これは意識が無いように見えても最後まで働くのは聴覚だからだそう。
メガネをしている傷病者には「外します。」と言い外したメガネは本人の手に握らせる。
意識を取り戻したらすぐに必要だから。もちろん連れがいたらその人に預ければ良い。
更に体の下になる自分寄りの方のポケットの中身も声をかけてから出す。

他にもショック状態の人、発作を起こしている人、火傷を負った人、
喉に物を詰まらせている人、出血している人への対処法も学んだ。

講習中はどのトピックでもまずは小グループに分かれてディスカッションをした。
トピック毎に新しい人と組めと言われた為、20人ほどの参加者のほぼ全員と会話をした。
自分達で考えて書き出した答えに対して先生の説明と添削が入り
その過程で自由に分からない点を質問できたのでより記憶に残った。

参加者のプロファイルは自営業で映像ビジネスをしている人、
銀行勤めの人、レストランのキッチンで働く人、コンピューター関係の人など。
年齢は20代半ばから最高齢の人は50代半ば。ま、勤労年齢の人という事か。
国籍も様々なようで気がついただけでもドイツ人、スペイン人、
どこか東欧の国出身の人、そして私日本人がいた。

リカバリー・ポジションとか心肺蘇生とかの説明や図を見た事はあっても
それだけでは実際特に知らない人に対して躊躇なくは実行できなかったと思う。
講習者同士で繰り返しロールプレイをしたりダミーを使って心肺蘇生の練習をしたお陰で
前よりは自信を持って命を保つ(Preserve lives)助けになる事ができそうだ。