『オールド・オーク』 (2023) ケン・ローチ監督 | FLICKS FREAK

FLICKS FREAK

いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

『麦の穂をゆらす風』 (2006)、『わたしはダニエル・ブレイク』 (2016)で二度のカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞している巨匠ケン・ローチの4年ぶり最新作にして、引退作になると自ら公言している作品。御大ケン・ローチは今年6月で90歳を迎える。

 

彼の前作『家族を想う時』(2019)は、ここ10年公開の作品の中では(『ラ・ラ・ランド』に次いで)個人的ベストの一本と言える秀作だった。この作品も、ケン・ローチらしい市井の人に焦点を当てた心に染み入る作品となっている。

 

かつて炭鉱で栄えたイングランド北部の町。産業は衰退し、住民たちの生活も厳しい状況に陥っていた。そんな中、町で唯一残されたパブ「オールド・オーク」の店主TJ・バランタインは、古びた店をなんとか維持しようと奮闘していた。 ある日、その町にシリア難民たちがバスで到着する。イギリス政府が彼らをこの安価な住宅街へと送り込んだためだった。突然の難民受け入れに対し、自分たちの生活も苦しい一部の地元住民は反発し、排他的な感情をむき出しにして対立を深めていく。

 

傷ついた二つの共同体の物語。排外主義的ムーブメントは、今や世界的なものとなっていることが伺える。イングランドのかつては栄えた地方都市において、生活の困窮からくる市民のストレスは想像に難くなく、外から流入する人々も、本国にいたのでは紛争で命の危険すらあるという切迫した状況。そこに生み出された対立は、類似の状況とは言え我が国の比ではないだろう。

 

時代設定は2016年。この年に最初のシリア難民が到着し、難民・移民への反発が同年のEU離脱「ブレグジット」の国民投票での決定につながっている。

 

対立感情と言っても、それは地元住民からの一方的な敵対心。それは明らかな差別感情であり、彼らを差別主義者と糾弾することは容易だったろう。しかし、ケン・ローチは彼らにすら暖かいまなざしを送るようだった。差別主義者だからと単純に断罪するのではなく、彼らには彼らなりの生活や事情があり、それゆえヘイトしてしまうのだ、ということがきちんと伝わってくる。

 

パブの主人公TJ・バランタインのセリフはケン・ローチの言葉そのものだろう。

 

「人生がうまくいかなくなった時、俺たちは決して上を見上げず、下ばかり見る。下にいる哀れな奴らを責める。いつも奴らのせいだとする。哀れな奴らの顔を踏みつける方が楽だろう?」

 

生活が厳しいのは政治のせいであり、政府を責めることなく不満の矛先を弱者に向けても何ら根本的解決にはならないという強いメッセージである。

 

また、主人公の一人シリア難民のヤラのセリフは、ケン・ローチの映画に対するアプローチを表現したものでもあるだろう。

 

「自分にとってカメラは救いだ。見たくないものを見てしまった時、言葉では表現できないけれどもレンズを通して見る時には希望や力を選び取っている」

 

ケン・ローチのこれまでの作品と比較すると、移民、労働問題、貧困といった主題性や彼の左派的主張は一貫しているが、異なるのは上に挙げたようなセリフに彼の主張が直接的に表現されている点。そして、これまでの作品よりもよりポジティブなエンディングとなっている。扱っているテーマの複雑さに比して、エンディングが楽観的過ぎると感じる人もいるだろう。

 

そして、イギリス国教会が前面に出ているのもこれまでの作品にはないものだった。これまでのケン・ローチの作品にはあまり宗教的な要素を感じることは少なかった。イギリス国教会は、聖書における「弱者や外国人を保護する」という教えに基づき、難民や亡命希望者に対して寛大な受け入れと人道支援を主張している。それが地域住民との軋轢を生んでいるのもこの作品の背景にあるのだろう。

 

ケン・ローチにはこれが引退作などと言わず、これからも「ケン・ローチ節」の作品を撮り続けてほしいものである。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『オールド・オーク』予告編