『パラレル・マザーズ』 (2021) ペドロ・アルモドバル監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

写真家として成功していたジャニス。法人類学者のアルトゥロにスペイン内戦中に故郷で殺害され集団墓地に埋められた曽祖父や村人たちの遺骨発掘を依頼す。彼らは親密になり、ジャニスはアルトゥロの子を妊娠するが、アルトゥロには家庭があったためシングルマザーになるこを決意する。ジャニスは産院で17歳の少女アナと出会うが、彼女は集団レイプによる子供を宿しており、彼女もシングルマザーになることを決意した一人だった。ジャニスは退院後、生まれた娘をアルトゥロに会わせるが、彼は「自分の子供とは思えない」と言う。怒ったジャニスだったが、その言葉に不安になりDNA鑑定をしたところ、娘の母親は自分ではないことが判明する。アナの娘と取り違えられたのではないかと疑うジャニスは、悩んだ末にこの事実を封印し、アナとも連絡を絶つ。しかし1年後、偶然アナと再会し、アナの娘が亡くなったことを知る。

 

アルモドバル作品としては、テーマが分かりやすい作品であり、政治色が強い作品。彼の作品にこれまで政治色を感じた作品は今までになく、70歳を過ぎて(1949年生まれ)巨匠の心境に変化があったのかもしれない。

 

新生児取り違えの物語は、一見するとこれまでのアルモドバルお得意の「母性」をテーマにした作品のように思えた。しかし、作品冒頭とエンディングを輪還するスペイン内戦~フランコ独裁政治の犠牲者の身元確認というモチーフが、この作品でアルモドバルが観客に伝えたかったことだろう。それを理解するには、この作品の制作された翌年の2022年にスペインで制定された「民主主義の記憶」法の背景を知る必要があるだろう。

 

1936年から3年間のスペイン内戦は、その後1975年まで長きに亘って続くフランコ独裁政権を生む。その内戦後、独裁政権(軍部+カトリック)よって処刑された共和派の数は5万人と言われている。その独裁政権がフランコの死後倒れた後、独裁政権への協力者があまりに多かったことから、彼らの独裁政権時代の罪を免ずる措置が取られた。しかし、それは犠牲者の身元確認といった事実認定の妨げになっていた。本来、公的な事業で行われるはずの犠牲者の身元確認が、この作品でもアルトゥロが所属する財団という民間の資本で行われることが描かれている。

 

そして2022年、内戦とフランコ独裁の犠牲者の記憶を保持することを目的として、真実の認識、正義の確立、賠償の促進、公権力による記憶の義務の確立を定めた「民主主義の記憶」法が制定された。この作品は、その流れを受けたものであり、法制定の前夜の盛り上がりの中で制作されたものである。

 

内戦からフランコ独裁に対する批判精神は、1973年独裁政権崩壊前夜に制作されたビクトル・エリセ監督『ミツバチのささやき』や、近年においてもギレルモ・デル・トロ監督『パンズ・ラビリンス』に見て取れる。この作品はそうした政治的意図を理解しなければ、十分に堪能できない作品と言えるだろう。

 

新生児取り違えのメインプロットは、アルモドバルとしては平均的な出来か。DNA鑑定の結果が信頼に足るものだとしてもジャニスがアナに告白した時点での戸籍上の母親はジャニスであり、さすがにその場でアナが娘を連れていくのはできないだろうにと無粋なことを考えてしまった。

 

ジャニスを演じたアルモドバル組のペネロペ・クロスの演技はとてもよかった。アカデミー主演女優賞ノミネートも理解できるもの(受賞した『タミー・フェイの瞳』のジェシカ・チャステインよりもよかったと思うが、それは自分が実在のタミー・フェイを知らないからもあるだろう)。そして、アナ役を演じたミレナ・スミットは、長編映画2作品目ながらとても存在感があった(miu miuのセットアップ・ジャージが可愛い)。

 

『トーク・トゥ・ハー』(2002)、『ボルベール<帰郷>』(2006)、『私が、生きる肌』(2011)といった過去作には譲るものの、アルモドバル作品としては良質な出来。

 

★★★★★★ (6/10)

 

『パラレル・マザーズ』予告編