『エンパイア・オブ・ライト』 (2022) サム・メンデス監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

コロナ禍は、映画制作者にとって彼らのルーツを見直すきっかけになり、内省的な作品を生み出す契機になったように思う。ケネス・ブラナーの『ベルファスト』しかり、スティーヴン・スピルバーグの『フェイブルマンズ』しかり。そしてサム・メンデスが母親の記憶を焼き直した作品が本作。そして、彼にとって初めての自らのオリジナル脚本による作品(前作『1917 命をかけた伝令』は共同脚本)。映画人が過去を振り返る作品であれば、映画に関する映画になるのは必然。この作品は、イギリスの田舎の海岸沿いにある映画館を舞台にしている。映画の中で「エンパイア劇場」として使われた映画館は、映画内と同じ場所(イギリス・ケント州マーゲート)にある「Dreamland Cinema」。2007年に営業を終えた劇場だが、歴史的建造物として解体されずに現存している。グーグルマップで「Dreamland cinema in Margate」と検索すると今日現在で、ストリートビューと360°ビューを見ることができる。この映画館を舞台にして、心に傷を持つ二人、年が離れ人種も異なる二人の恋愛劇が本作の骨子。

 

映画が始まると、観客はこの劇場でロードショー公開されている映画が『オール・ザット・ジャズ』と『ブルース・ブラザーズ』であることを知る。前者がイギリスで公開されたのは1980年8月、後者は同年10月。つまり時代はその頃ということが分かる。そしてそのいずれもがハリウッド作品。この劇場をプロモートするために、コリン・ファース演じる劇場長が企画するのが新作映画のプレミアム上映なのだが、その映画が『炎のランナー』。個人的にも大いに思い入れのある映画だが(上京して初めて劇場で観た作品。前売り券を買って新宿で観たのだが、あまりの人の多さに驚き、観た後でその日が「映画の日」だったことを知りショックを受けたことを覚えている)、イギリス映画がアカデミー賞を取ったことはイギリス映画界にとっては大きな出来事だったのだろう。映画の映画というのは、往々にしてノスタルジックに過ぎ、観客の映画愛に依存しているかのような出来になることが少なくない。近年で言えば、デイミアン・チャゼル監督の『バビロン』がそれに当たるだろう。監督の個人的な映画愛を押し付けられるようで、個人的には鼻白むことが少なくない。しかし、この作品は舞台を当時として、回顧主義に囚われ過ぎないところがよかった。映画の中では、マイケル・ウォード演じるスティーヴンが好む音楽として2トーンが扱われている。これまた個人的にもザ・スペシャルズは当時好きなバンドで、テリー・ホールはファン・ボーイ・スリー、カラーフィールド、ベガスそしてソロになってからも追っかけたアーティストだった(一昨年死去。R.I.P)。だがその当時の音楽に寄りかかることなく、映画音楽はトレント・レズナー節(「ナインインチネイルズの」という枕詞は必要ないほど、最近は映画音楽でその才を発揮している)で現代的な味付けになっているところがよかった。

 

80年初頭というとサッチャー政権(1979~90)の初期。彼女は、財政難の解消のためとして公共事業の削減と民営化を進め、福祉事業や社会保障を次々と削減し、抵抗する労働党とその支持母体の労働組合を既得権にしがみついているだけとして攻撃した。しかし、目にみえた経済回復は訪れず、かえって競争が激化する中、労働者の解雇、賃金カットが続き、中下層の生活不安が募ってきた。そうした社会背景がこの作品には色濃く浮き出ている。スティーヴンが暴動のターゲットにされるのは、(人種差別というより)イギリス人の職を奪う移民に対する不満があったことが伺われる。

 

主役ヒラリーを演じるのはオリヴィア・コールマン。彼女はヨルゴス・ランティモス監督『女王陛下のお気に入り』(2018)でアカデミー主演女優賞を受賞しているが、個人的には彼女の演技はこちらの方が断然よかった。ヒラリーとスティーヴンの年齢差が気になるところだが(実年齢でオリヴィア・コールマンは当時48歳、マイケル・ウォードは25歳。役回りもそれくらいの年齢設定)、オリヴィア・コールマンありきの作品であり、ストーリー上スティーヴンの設定年齢を上げることができない以上、それは仕方ないところか。それくらいオリヴィア・コールマンの演技は素晴らしかった。

 

サム・メンデスは監督デビュー作の『アメリカン・ビューティー』が素晴らしい出来だったが、それ以降はそれほど評価できない作品が続いていた(007シリーズで監督した『スカイフォール』はまだましだったが、『スペクター』は酷い出来だった)。それが前作『1917 命をかけた伝令』はなかなかの意欲作だったし、本作も秀作の部類。オリヴィア・コールマンの演技を観るだけでも価値はある作品。

 

★★★★★★ (6/10)

 

『エンパイア・オブ・ライト』予告編