昨年(第95回)のアカデミー国際長編映画賞で、アイルランド代表としてアイルランド語の作品として初めてノミネートされた作品。アイルランドの映画監督と言えば、ニール・ジョーダンとマーティン・マクドナーぐらいしか思いつかないが、彼らは英語の作品を作る監督(マーティン・マクドナーの『ヒットマンズ・レクイエム』(2008)は強烈なアイリッシュ訛りが印象的だったが)。コルム・バレード監督はこれが初長編作品。
1981年、アイルランドの田舎町。子沢山の家族の中で十分な愛情を受けているとはいえない9歳の少女コット。母親が出産を控える中、夏休みを親戚夫婦のもとで過ごすことに。寡黙なコットを優しく迎え入れる夫婦2人の温かな愛情を受け、時間を共に過ごすうち、はじめは戸惑っていたコットの心境にも変化が訪れる。コットはこれまで経験したことのなかった生きる喜びを実感し、やがて自分の居場所を見つけていく。
少女の成長譚というありきたりのテーマ。ストーリーも全く破綻なく予想通りの展開。それを予想していたがゆえに、観る前はそれほど期待していたわけではなかった。しかし、ラストシーンには完全にやられてしまった。
シンプルなストーリーなのにこれほど心が揺さぶられるというのは、映画の作りのよさによるところが大きい。説明を極端に省いた描写はまさに映画の話法。親戚夫婦の妻アイリーンは女性らしい優しさでコットを迎え入れるが、その夫ショーンはなぜかよそよそしい。その理由は、その家庭の「秘密」が明らかにされて納得がいく。そのショーンが徐々に打ち解けていく過程を観ているだけに、ラストシーンが生きてくる。そしてコットとアイリーン、ショーン夫婦の行く先が分からないままのエンディング。"Daddy."を二回つぶやく相手が違うエンディングは秀逸というしかない。もうその前に、コットが走り出した瞬間に涙を止められない自分がいた。
第95回アカデミー国際長編映画賞はドイツ代表の『西部戦線異状なし』が受賞したが、それよりはよほど良い出来。ただベルギー代表の『CLOSE クローズ』には及ばないかなあ。それでも観て損はない作品。
★★★★★★★ (7/10)