『君たちはどう生きるか』 (2023) 宮崎駿監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

(自分は映画鑑賞前にはなるべく事前情報を入れずに鑑賞したいタイプだが、その機会を完全な形で提供してくれた稀有な作品でもあり、その経験をしたい人はこのレビューは読まずに鑑賞することをお勧めする)

 

宮崎駿ファンとは言えない自分にとって、前作『風立ちぬ』は過去の宮崎作品と比較して好感の持てる作品だった。自分が宮崎駿のファンではないのは、彼の作品が、ファンタジーに重きを置きすぎて人の情感が描けていない印象だったからであり、前作『風立ちぬ』は実在の人物をモデルにしていることもあり人の情感が描けていると思われた。そして宮崎駿引退作と大々的なプロモーションを行いながら、興行収入では宮崎駿過去作第4位の『崖の上のポニョ』に及ばず歴代第5位の120億円に終わっている。それは即ち、宮崎駿ファンはファンタジーを期待しているということの表れだろう。

 

本作で話題になっているのが予告編すら作らないプロモーション・ゼロ戦略。前作で引退を表明しながらそれを翻しての新作のプロモーションに「よもやの新作!これが真の引退作!!」とは言えないという事情もあっただろう(前作から10年というインターバルと82歳という御大の年齢を考えるとこれが引退作となる可能性は高いだろうが)。そして本作が製作委員会方式を取っておらず、ジブリ単独出資で作られていることは、出資者に忖度することなく好きなことをやりたいという宮崎駿の意向もあっただろうが、観終わってみると前作を越える興行収入を得ることはできないという見込みがプロモーションを行わない、そして政策委員会方式を取らなかった大きな理由だったと理解した(公開初週の興収が「前作比150%」という報道が煽っているが、前作は土曜公開の2日間の興収だったのに対し、本作は三連休の前日金曜から月曜までの4日間の興収という数字のトリックから、最終的な興収は三桁には達しないと予測する)。

 

ストーリーはいたってシンプル。戦災で母親を失った主人公は、母親の妹である新しい継母になじまなかったが、彼女と打ち解けることで新たな家族を再生する物語。その母方の実家で『不思議の国のアリス』ばりにファンタジックな体験をするというのが本作。主人公をいざなうのが、白ウサギならぬ「覗き屋のアオサギ」。そのファンタジックな体験を描くストーリーは一見難解なように感じるが、アリスの不思議体験が脈絡がないように、本作の主人公の体験もほとんど「それが何を意味するか」を理解しようとすることは無意味であるように感じた。

 

自分は『新世紀エヴァンゲリオン』のファンだが、テクニカルターム満載の難解と言われるアニメをある時点から理解しようとは努めなかった。「死海文書とは何か」「人類補完計画が何を意味するか」といった疑問は生じるし、庵野秀明があの作品で何を哲学的な命題としていたかという興味も湧く。しかし、それらを究明するよりも自分はエヴァを「浴びるように鑑賞する」だけというスタンスだった。宮崎駿が、彼のファンにこの作品で求めているのは、この作品を理解することではなく、彼の「過去作のコラージュ」であるこの作品を「浴びるように鑑賞する」ことなのではないだろうか。

 

本作のシーンの多くに、宮崎駿の過去作を想起させるものがある。つまりこの作品は、彼の過去作からシーンを切り取ってつなぎ合わせたものであり、ストーリーに一貫性がなかろうがそんなことは全く問題ではないという性格の作品だと感じた。それが本作をして「過去作のコラージュ」であると言ったゆえんである。

 

前作はファンタジーを排して人の情感が描けていたために好感を持ったと前述したが、この作品は真逆の印象。そして「過去作のコラージュ」である以上、過去作にどれだけ思い入れがあるかがこの作品の評価の分かれ目だろう。いずれの点においても、個人的には評価しずらい作品だった。

 

しかし、一見難解に見える作品を世の中に放り出して、制作の意図を黙して語らずの宮崎駿の姿勢には、SNS全盛時代で「解釈、正解を求めたがる風潮」に挑戦する気概を感じる。まさにタイトルが語るように、この作品を観てどのように受け取るかが我々に問われているのだろう。

 

本職でない声優陣の名前がエンディングロールに上がると意外な顔ぶれは興味深かった。そして、声だけだと演技力の差が大きく出ることは間違いない。菅田将暉の演技力はさすがだと思わされた(キャラクターのウザさは別だが)。個人的にキムタクは別に好きでも嫌いでもないが、演技力のなさを露呈した感は否めなかった。

 

宮崎作品の中では、単純でつまらないものよりはよほどいいが、それでも個人的には高く評価しずらく、宮崎駿ファン限定作品だと言っていいだろう。彼のファンであったとしても、自分が好きな『スター・ウォーズ エピソード1』でもジャー・ジャー・ビンクスがたまらなくウザいと感じているように、アオサギがうっとおしいと感じる人はいるように思う。

 

★★★★★ (5/10)