『リコリス・ピザ』 (2021) ポール・トーマス・アンダーソン監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

熱烈な信奉者を持つポール・トーマス・アンダーソン監督最新作。個人的には、日本での初公開作品『ブギーナイツ』以降、『マグノリア』、『パンチドランク・ラブ』と評価はうなぎ上りだったが、その次作で一般にはPTAの最高傑作とされる『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』がイマイチだったので、自分はPTAのハードコアな信奉者ではないと認識している。

 

アカデミー作品賞にノミネートされ、一部では非常に高い評価を得ている本作。映画監督が、自分を主人公とするわけではなく幼少の思い出をベースに作品を作るという最近のトレンドに沿った作品。アルフォンソ・キュアロン監督『ROMA/ローマ』、ケネス・ブラナー監督『ベルファスト』、クウェンティン・タランティーノ監督『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と同じ系譜の作品。1973年のロサンゼルスのサンフェルナンド・バレーを舞台にした本作は、1969年の同じロサンゼルスのハリウッドを舞台にした『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と一番近い印象を受ける。それでもその二作の大きな違いは、『ワンス~』がシャロン・テート事件に集約していく展開に対して、本作はエピソードの羅列で何ら集約するポイントがないこと。メインのストーリーを持つわけではない、非常にエッセイ的な作品。いかにもPTAらしいと言えばそうであり、その落としどころのない複数の登場人物の群像劇が好みかどうかで評価が分かれると言ってもいいだろう。

 

物語は15歳の少年と10歳年上の女性との恋愛を主軸としたエピソードと言えるのだが、作品を理解する上ではそれなりの基礎知識が必要というのがこの作品のやっかいなところ。

 

『リコリス・ピザ』というタイトルが何を意味するかを理解することは、この作品の雰囲気を理解することにつながるだろう。「リコリス・ピザ」は、1960年代末から1980年代後半までカリフォルニア州南部で店舗展開していたレコード・チェーンの名称。リコリスは、ジェリービーンズの中の黒いやつで知られているハーブ由来の甘味料。そしてピザから連想されるのは円型。つまり「リコリス・ピザ」は、黒い円型と頭文字をかけたLPレコードの隠語。その店名はなかなかしゃれている。しかし、この映画の中で、レコード・チェーンの「リコリス・ピザ」が印象的に登場することはない。つまり、あくまで70年代前半のカリフォルニア南部をイメージさせるキーワードとしてタイトルに使われているだけ。そうしたアメリカ文化のディテールを理解しているかどうかが、この作品をフルに楽しめるかどうかにかかってくるという一般的な日本人にとってはかなりハードルの高い作品が本作。登場人物のほとんどにリアルなモデルがあり、クーパー・ホフマン演じる主人公ゲイリーのモデルが、映画プロデューサーのゲイリー・ゴーツマンと聞いても「誰それ?」というのが普通のリアクションだろう。

 

しかも、出演している俳優陣のほとんどがPTAと個人的なつながりのある、いわゆる身内。主役を演じた二人のうちの一人クーパー・ホフマンは言うまでもなくフィリップ・シーモア・ホフマンの息子。フィリップ・シーモア・ホフマンは、PTAの過去作の過半数の作品(『ハード・エイト』 『ブギーナイツ』 『マグノリア』 『パンチドランク・ラブ』 『ザ・マスター』)に出演しているいわゆる「PTA組」。その息子は家族ぐるみの付き合いがあったことだろう(彼は役者になることには全く興味がなかったが、PTAに説得されてこの作品の出演を決めた)。そしてもう一人のアラナ・ケインは、地元出身の三姉妹からなるロックバンド「HAIM」のギタリスト。PTAはHAIMのPVを9作品(その中で一番PTAらしいと思われるのは"Now I'm in It"のPV)制作している関係。その関係は三姉妹の母親(本作に登場している主人公の姉二人と両親は実際の姉と両親)がPTAの小学校時代の美術教師ということから始まっている。つまり、この作品は非常にPTAの私的な作品。PTAにしてみれば、ホームビデオを撮っている感覚だったことだろう。

 

「15歳の少年と10歳年上の女性との恋愛」と聞けば「青い性」をイメージするが、意外にもプラトニック。であれば爽やかなティーンのピュアな関係かと言えば、15歳でありながら人気ドラマの子役でありウォーターベッド販売の会社を設立しピンボールのゲームセンターを経営するビジネスマン(これはゲイリー・ゴーツマンの実話に基づくエピソード)という特殊なキャラクターゆえそれも違うという、一筋縄ではいかない物語。結局、PTAらしさを受け入れることができるかどうかがこの作品の評価の分かれ目となるだろう。ハードコアな信奉者ではない自分は、かなり退屈してしまったというのが正直なところ。PTAの理解者にはたまらない作品であろうことは感じられたが。

 

★★★★★ (5/10)

 

『リコリス・ピザ』予告編