『バイス』 (2018) アダム・マッケイ監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

ジョージ・W・ブッシュ政権でアメリカ史上最も権力を持った副大統領と言われ、9・11後のアメリカをイラク戦争へと導いたとされるディック・チェイニーを描いた社会派エンタテインメントドラマ。

 

1960年代半ば、イェール大学を中退した酒癖の悪い青年チェイニーは、後に妻となるリンに叱責されたことをきっかけに政界を志す。型破りな下院議員ドナルド・ラムズフェルドの下で政治の裏表を学び頭角を現した彼は、大統領首席補佐官、国防長官を歴任する。一度は政界を去るが、ジョージ・W・ブッシュ政権下の副大統領として復帰し、「影の大統領」として振る舞い始める。そして2001年9月11日の同時多発テロ事件の危機対応にあたり、国をイラク戦争に導いていく。

 

原題の『Vice』はバイス・プレジデントと「悪徳」のダブル・ミーニングだが、存命中の人間をここまで辛辣に描いていいのだろうかというくらいに強烈な作品。ジョージ・W・ブッシュがアメリカの右傾化のシンボルとして揶揄されることは、それほどアメリカ政治に精通していない日本人であってもイメージできるが、その裏で彼を操っていたのがディック・チェイニーなる人物だとはそれほど知られていないのではないだろうか。

 

9・11の同時多発テロが起こり、政府首脳部が混乱と恐怖と不安に襲われる中、唯一それを好機と見ていた人物がおり、それがディック・チェイニーだったという、後半(副大統領に就任してから)の出だしが最大のポイント。そしてアメリカ全土が「混乱と恐怖と不安」に覆われていることに乗じて大統領権限を(議会権限に優越して)限界まで拡大し、無益なイラク戦争に暴走したというのが、この作品が最も伝えたかったことだろう。

 

当然のことだが、テーマは非常にヘビーで政治的。しかし、コメディ出身のアダム・マッケイ(元『サタデー・ナイト・ライブ』のライター、ディレクター)は、そのヘビーなテーマを実に軽妙に描き出している。この辺りのうまさは、黒人差別問題というやはりヘビーな内容を、差別しているとされる側に必要以上に嫌悪感を喚起させることなく描いた、やはりコメディ出身のピーター・ファレリー監督の『グリーンブック』に通じるものがある(その作品における前時代的な白人優位主義に基づく描写は少なからず批判されるべきだが)。

 

例えば、作品の途中で度々ナレーションが入る。ナレーターはどこにでもいるような平凡な男。「なぜ、俺がこんなにディック・チェイニーのことを知ってるかって?それは後になって分かるさ」という仕掛けの顛末は衝撃的。

 

また、観終わって「少々民主党に肩入れし過ぎかな?」と感じたが、エンディングロールの後のマーベルばりのおまけ画像で、そのリベラル過ぎるという批判を逆手に取って笑いにするところはなかなかうまいと思った。

 

主演のクリスチャン・ベールは20kg体重を増やし、首を太くするためトレーニングし、頭を剃って眉を脱色して役作りをした。そうした肉体改造だけではなく、監督以上にディック・チェイニーを研究し、監督に副大統領像を問い詰めたと言う。作品の中のテレビカメラを前にしたインタビューのシーンで、第四の壁を破ったのもクリスチャン・ベールのアイデアらしい。そうした貢献込みで、彼の演技は主演男優賞に値するものだったと感じる。いかに『ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレックのステージ・パフォーマンスが完コピであったとしても。体重を増やしたり減らしたりすれば賞が取れると思われたくないという、ささやかな反発があったのではと思ってしまう。

 

また、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたサム・ロックウェルは、前年からの連覇はならなかったが(『スリー・ビルボード』で受賞)、ジョージ・W・ブッシュにしか見えなかった。

 

アダム・マッケイの前作『マネー・ショート/華麗なる大逆転』(2015年)は、元金融業界にいた者として一般の観客よりも業界ネタを存分に楽しんだが、本作はアメリカ政治に門外漢である自分が前作以上に楽しめた作品だった。一見の価値は十分以上にある。

 

★★★★★★ (6/10)

 

『バイス』予告編