『秋刀魚の味』 (1962) 小津安二郎監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~


 

なぜ小津の映画はこれほどまでに優しいのだろう。小津の遺作となった作品。小津はこの作品公開翌年に享年60歳で生涯を閉じている。

 

秋刀魚がタイトルにありながら、秋刀魚は一切出てこない作品。思い出すのは佐藤春夫の「秋刀魚の歌」

 

さんま、さんま
さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。

 

苦くてしょっぱいこともあるのが人生。そしてこの作品でも、甘くばかりはない人生が描かれていながら、小津がそれを描く視線はとことん優しい。

 

主人公は、初老を迎えながら、妻を失い娘を嫁に出すことができずにいる男。演ずるのは小津作品には欠かすことができない笠智衆。感情を表に出さずに棒読みのような台詞回しなのだが、やはり得も言われぬ味がある。

 

小津の前々作『秋日和』(1960年)の端役で出演して見出され、本作のヒロインに抜擢されたのが岩下志麻。これまた笠智衆と歩調を合わせるかのような淡々とした台詞回しの合間のふとした動きや表情に、年頃の女性らしい心情の機微を感じさせた。

 

全編に流れるポルカ調の音楽が実に小津らしい雰囲気を醸し出している。それは軽妙でユーモラスな曲調なのだが、「苦くてしょっぱい」シーンでも同じくバックに流れるのが興味深かった。主人公の平山周平が、娘の路子を嫁がせなければと思うきっかけは、恩師の「ひょうたん」(東野英治郎)がやはり妻に先立たれ、娘が彼の世話をするうちに婚期を逃してしまったという状況を目の当たりにしたこと。同窓会の間には、「そういえばひょうたんにはきれいな娘さんがいたな」という会話がされていたが、酔ったひょうたんを家まで送ると、出迎えた娘(杉村春子)は退職した父と中華料理屋を二人で営み、いかにも生活に疲れていた。そして酔いつぶれた父を見て、一人さめざめと泣くのである。そのようなシーンでも、背後にはポルカ調のBGM。それでも人生をよしとする小津の優しさが如実に表れたシーンだろう。

 

平山周平の長男幸一(佐田啓二)が、友人からゴルフクラブを中古で譲ってもらうことになっていながら、妻の秋子(岡田茉莉子)の猛反対にあって、一旦は買うことを諦めながらふてくされ、買うことを許されると手放しで喜ぶ様は、当時のサラリーマンの日常を物語っていて、度々笑いをこらえられなかった。

 

平山周平が幼なじみの二人といつも昼食や晩酌を行きつけの小料理屋で会食する一連のシーンや、たまたま行ったバーのマダムが先立たれた妻に面影が似ていると通うシーンなど、実にほのぼのとした生活感にあふれている。

 

小津の代表作であり、黒澤の『七人の侍』と並ぶ日本映画の名作『東京物語』に引けを取らない小津の名作。『東京物語』を高く評価している自分だが、個人的好みではこちらの方を上に取りたいほどの作品。見逃すには惜しすぎる、小津らしい秀作と言える。

 

★★★★★★★ (8/10)

 

『秋刀魚の味』予告編