不出来な外見ゆえに悲壮な学生時代を過ごした私にとって、ネットの人間関係は初めて体験する「楽しい人付き合い」でした。それまで自分の殻に閉じこもって外界から切り離された場所で孤独な時間を過ごしていた私は、ネットの友達から得る些細な情報がとても新鮮で、毎日が勉強と発見の日々でした。


ネットを初めて1年ほど経った頃、私は(ネットの中の)とある場所で有名になっていました。性別以外は顔も本名も住所も何も公開していない事から、ミステリアスな女性としてファンがついたほどです。私の日記や論述、色んな人との討論、様々な場所で私は思いのまま発言し、同性からも異性からも、「頼れる姐御」のような存在になっていました。

やがて私に興味を持った人々が、私の人物像を勝手に想像するようになりました。中でも最も多かったのが、「綾香は美人」というものです。


実際の私は・・・目も当てられないほどのブス。

時々、ファンの人から「綾香さんの顔写真見せて」と言われました。でも、私は自分の築き上げた「頼れる姐御」のポジションを守りたかったので、絶対に素性を明かす事はありませんでした。万が一、私の顔が皆に知れたら・・・「そんな顔で偉そうな事を言ってたのか?」と言われかねません。


私のよく参加していたチャットでは、頻繁にオフ会が開かれていました。オフ会というのは、ネットで交流のある人同士がオフライン(リアル)で実際に会う事です。実際に会って話す事で、ネット上とは違った楽しみも見出せるそうで、私も頻繁に誘われていたのですが・・・とても参加する勇気はありませんでした。参加すればその日から私はイジメの対象になりかねない・・・。学生時代と同じ事になって、せっかく見付けた居心地の良いネットの世界さえ追われてしまう・・・そう考えました。



だから、ミステリアスな女・・・「綾香」は、絶対に顔を見せないという事で、私の顔を見たがる人が増えて行き、私の知名度や人気はますます上がって行きました。

私の初恋は中学2年の時でした。初恋の相手は同じクラスのK君。お人よしで温厚な性格なので、私に対して露骨に嫌な態度を取ってくる事はありませんでした。周りの男子たちが私を指差して「キモイ」と笑っている時も、彼はそんな話題に加わっていませんでした。


ある時、私は席替えでK君の隣の席になりました。K君は他の男子と違って、私と必要以上に机を離したり、他の人に席を代わるよう頼んだりしませんでした。普通にしてくれていました。私はこんな優しい人が隣の席にいてくれるだけで、とても安らかな気持ちで毎日を過ごす事が出来ました。そして、いつからか私は、K君に心惹かれて行ったのです。


K君を意識しだしてからはもう、些細な事でも舞い上がっていました。K君が私の落とした消しゴムを拾ってくれたり、私の机に飛んできた虫を追い払ってくれたり、そんな小さな出来事で私は幸せを感じて、K君への想いを募らせていきました。



しかし、この初恋は意外な形で終わりを迎えました。



ある朝、私はとても早く学校に着いたので、自分の席に荷物を置いた後、誰もいない教室でこっそり、隣のK君の席に座ってみました。好きな人の席・・・ただ座ってるだけなのに幸せで・・・話し掛ける事も出来ないから、少しでも彼を感じたくて・・・。私はK君の机にうつ伏せて、うっとりしていました。


すると、朝練を終えたバスケ部の女子達が教室へ戻ってきて、悲鳴を上げました。

「イヤーッ!!キモーッ!!K君かわいそー!!」

その言葉を聞いて、私は慌てて自分の席に戻りました。


しばらく経って徐々に人が増えてくると、騒いだバスケ部の女子達が男子達を囲い込んで輪になって、私の方を見ながら何か話してました。

「クレンザーで拭いてもダメだろうな」

「殺菌しなきゃ汚いよ~」

「急にニキビ面になったりして~?」

「K君かわいそー!」

私は自分のうかつな行動を悔やんでました。誰かに見られれば大事になって、この恋だって終わるかも知れないのに・・・。ひやひやしながら黙っていると、ついにK君が登校しました。K君が席に座ろうとすると、その騒がしいグループの人たちが大声でK君に叫びました。


「K君!!座っちゃダメー!!

そこ、さっきゴキが座ってたから!!!

ゴキが机にキスしてたよ!!」


私は初めて自分のあだ名を知りました。

「ゴキ」・・・きっとゴキブリに由来するあだ名です。


私は恐る恐るK君の反応を目で追いました。

優しいK君ならきっと、そんなのは無視すると信じていました。

しかし・・・


「まじかよ・・・誰か机変えて~・・・」


そう言ってK君は教室の隅から除菌用のウェットティッシュを持ち出し、「どの辺?椅子も?」と言いながら、椅子や机を丹念に消毒し始めました。私はあまりのショックで放心状態になってしまいました。




この一件からK君は私を露骨に避けるようになり、完全に嫌われました。

そしてこの時から私は、「二度と恋なんかしない」と心に誓ったのです。

私は元々、人との会話が苦手でした。相手の心を悪い方へと深読みしてしまう癖があって、上辺だけの会話しかできません。それに、私の意見なんて誰も耳を傾けません。「底辺の人間の話なんか」って、皆が皆そう思ってるように感じるのです。ブスな私が何を言った所で何の影響力も無いし、だから疎まれるんです。


小中学校では本当に酷い物でした。

クラスで班を決める時にはいつも私一人があぶれ、どこの班も私を入れたがりませんでした。困った先生が無理矢理どこかのグループに入れてくれて、それで形式上、班に属する事はできました。しかし、その班の中で何かを話し合って決める時、私の意見はいつも無視されました。何か発言しても、みんな何も答えず、クスクス笑ってわざとらしく他の話題に切り替えました。私のようなありえない程のブスは、ただ不愉快な存在でしかないんです。何かしら金品でも配らなければ、誰も私の存在を意識しないんです。普通の人からは見下される、無価値な人間なんです。



容姿による先入観の無いネットには別の私がいます。

言いたい事は何でも言うし、そんな私の言葉に耳を傾ける人が大勢います。私の言葉に対する意見が色々と出てきて、私はまたそれに対して意見して・・・。私という存在を、対等に認めてくれてる人ばかりです。

嫌われる覚悟で勇気を出して声を掛けたり、周りのご機嫌取りをしながらヘラヘラ振舞ったり、なるべく嫌われないようにと嫌な事を我慢して受け入れる必要もありません。普通の人と同じように、普通に振舞う事が許されるのです。

誰も私の容姿を知らない世界だから・・・。





幼い頃から渇望し、いつしか諦めていた「人並みの楽しみ」。

こう在りたいと願い続けた「在りたい自分」。


諦めていた夢に限り無く近い現実をもたらしてくれたのがネットでした。