Adieu Romantique No.589
『珈琲 & 音楽 in 喫茶店 Ⅵ』
昭和の香りが濃厚に沈殿し、まるで時間が止まってしまったような喫茶店で(扉には鈴が付いているようなお店。扉を開くとチリンチリンって)。窓際の席に座って珈琲を飲みながら、そこで流れていて欲しいと思う、謂わばコーヒー・ミュージックとでも言えそうな音楽や(僕にとってそれは昭和の、日本のロックやフォーク、歌謡曲を指している)、その店で読んでいたい本とか、そこで眺めていたいようなアートや写真、その時代の映画やなんかについても適当に散りばめながら自由に綴っていくシリーズの6回目。
良くも悪くも、すべては僕のイメージの中に。喫茶店の窓側の席に座って、ひとり珈琲を飲みつつ、流れてくる音楽を聴きながら。ボーッと妄想に耽けったり、鞄の中から本を取り出してパラパラと頁を捲ったり。時折、窓の外に見える風景や窓の外を通り過ぎる人をぼんやり眺めて過ごす、そんなほっこりとした時間を。
僕のイメージの断片から、昭和の残像のような世界が立ち現れてきてくれればいいなって思う。
春の歌🌸から始めよう。女優としても活躍したSSW、りりィのシングル『家へおいでよ』のB面。1976年の資生堂キャンペーン曲『オレンジ村から春へ』。とにかく彼女の、ハスキー・ボイスが魅力的なんだな。
1969年にリリースされた女優・浅丘ルリ子のアルバム『浅丘ルリ子のすべて~心の裏窓』から、とても雰囲気のある和製ボサノヴァ『シャム猫を抱いて』。作詞は阿久悠、作曲は三木たかし。そしてアルバムのカヴァー・アートは横尾忠則。この頃の横尾さんのグラフィック・デザインはイマジネーションの自由度が高く、キレているものが多い。
昭和を代表する女優の歌を続けよう。1968年にリリースされた、大原麗子のイエ・イエなデビュー曲『ピーコック・ベイビー』を。残念ながら、この頃の大原麗子を僕はまだ知らなかったし、一般的にもそれほど人気がなかったんじゃないかな。僕が彼女のことを知ったのは1973~74年に放送されたTVドラマ『雑居時代』(主演は石立鉄男)と、同じ時期の『となりのとなり』(主演は小林桂樹)だろうか。そして一般的に彼女の人気の決定打となるのはサントリーレッドのCMで、彼女が少し甘えるように「少し愛して、ながーく愛して」と囁いてからだ。
昭和の香りが漂う喫茶店でこんな曲が流れてきたらいいな。魅力的な女優であり歌手でもある梶芽衣子が「情念」のような歌から離れ、ソフトロックへと近づいた1974年のアルバム『去れよ、去れよ、悲しみの調べ』から『舟にゆられて』。
女優たちに捧げよう。南佳孝が1978年にリリースした傑作アルバム『South Of The Border』から。細野晴臣が叩く涼しげなスティール・ドラムで始まる『夏の女優』。真夏の太陽と影とのコントラストや、セレブリティなリゾート感が鮮やかに浮かび上がる。アルバムのサウンド・プロデュースは坂本龍一。その才能の極み。アルバム全体から五感に絡みつくような微熱のイメージが顕れては消えていく。因みにアルバム・カヴァーに使われた池田満寿夫の1966年のリトグラフ『愛の瞬間』が最高の形で音楽とコラボレートしている。
バックを務め、吉田美奈子、山下達郎がコーラス・ワークに参加した。
🎨昭和のアートを。常に新しい表現を追求し、現在に於いても若いアーティストやミュージシャンからの高いリスペクトを受けている田名網敬一【Keiichi Tanaami】(1936~)の、POPでサイケデリックな1960年代の作品を。因みに真ん中の女性はモデルやタレント、女優、歌手として活躍した松岡きっこ。この頃の彼のNYのデザイン会社「プッシュピン・スタジオ」の影響が色濃く出ていると思うな。
📷️1960年代から70年代初め頃にかけては極めて個性的でクリエイティヴな写真で。70年代中頃からはグラビア雑誌『GORO』に掲載したヌードシリーズ『激写』で。1970年代末頃にはハウスハズバンド時代のジョン・レノンとオノ・ヨーコのプライベートを撮り、その写真は彼らのアルバム『スターティング・オーヴァー』のカヴァーに使われるなど、いろんな意味で昭和という時代を代表した写真家、篠山紀信(1940~2021)。大胆な構図からエロティシズムが匂い立つ60年代の作品を。
📷️まるで、ウィリアム・クラインの写真のような。
春の歌を。篠山紀信の奥様であった、シンシアこと、南沙織の1973年のシングルA面『早春の港』とB面に収められた『魚たちはどこへ』。共に作詞は有馬三恵子、作曲は筒美京平。文句なく曲がいいし、彼女の歌声は微妙なナイーヴさを内包していて実に魅力的。因みに。ちょっぴり自慢だけど、僕は中学生の時に彼女のクリスマス・コンサートに行ったことがある(言っておくけど女の子とじゃないよ)。
もう1曲、アイドルPOPを。1974年にリリースされてヒットしたアグネス・チャンの『ポケットいっぱいの秘密』を、細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆によるキャラメル・ママ(ティン・パン・アレーの前身バンド)がプロデュースとアレンジ、演奏まで努めた彼女の4thアルバム『アグネスの小さな日記』からのラグタイム・ヴァージョンで。
1970年代の初め頃に。セクシー・モデルであり、お色気歌手でもあったフラワー・メグ(1951~)。その時代にしか生まれなかったであろう希少な魅力的な女性。彼女のフワフワした存在がその時代の空気を濃密に表現してくれる。彼女の歌を聴いていると。目眩がするよう。
1971年リリースの曲『ベッドにばかりいるの』。けだるい雰囲気が伝わってくるタイトルが素晴らし過ぎ。
昭和のフォーク・ソングを忘れちゃいけないよね。1972年にURCからリリースされた野澤享司のファースト・アルバム『白昼夢』からオープニング曲『築地の唄』を。朝の喫茶店でまったり&ほっこりするにはうってつけの曲かと。
友部正人の1976年のアルバム『どうして旅に出なかったんだ』からタイトル曲を。日本のビートニクのようであり、ロードムービーのようでもありボブ・ディランを真摯にリスペクトし続けた。
ミコちゃんこと、弘田三枝子の1966年のアルバム『Miko in New York』からベン・タッカーとボブ・ドローによる曲のカヴァー『アイム・カミン・ホーム・ベイビー』【I'm Comin' Home Baby】。バックはビリー・テイラー(P)、ベン・タッカー(b)、グラディ・テイト(ds)。
ダンス・ミュージックを。GSグループ、ジャッキー吉川とブルー・コメッツの1967年のアルバム『ヤング・ビート』からリチャード・ベリーのロックン・ロール・ナンバー『ルイ・ルイ』のカヴァーを。こんな曲でみんながモンキーダンスするようなCLUBがあればカッコいいのに。因みに。いくら「ルイルイ」繋がりでも、太川陽介の曲は流れてこなくてもいいかな。
矢沢永吉を中心に活動していたキャロルの親衛隊として1975年に結成されたクールス(岩城滉一が結成時のメンバーであり、横山剣も第3期のクールス・ロカビリー・クラブのメンバーであった)の絶対的リーダーだった舘ひろしが、クールスを脱退した1977年に自らのバンド、セクシー・ダイナマイツを率いてリリースした『朝まで踊ろう』。バンド名を含めてタイトルも。ちょっとカッコ悪いけど、もしかしたら案外カッコいいかな?みたいな。或いはヤンキーだけど、この勢いって不変だろ?みたいな。そんな感じが面白い。
YMOともコラボレートした、桑原茂一率いるスネークマン・ショーから。日本のラップの起源かとも思える咲坂守こと小林克也と、畠山桃内こと伊武雅刀による脱力ダンス・ミュージック『咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3』。
🎨昭和から現在に至るまで。圧倒的な人気を誇るアニメドラえもん。2017年に開催された「THEドラえもん展」で数々のアーティストが描いた「ドラえもん」の世界が出品され、展示された。そのいくつかを。
🎨世界的アーティスト、奈良美智が描いたドラえもんとドラミちゃん。
🎨坂本友由【Tomoyoshi Sakamoto】が描いた巨大な「静香ちゃん」。ビッグサイズの「エロかわいい」を発散している。
🎨1985年のデビュー作『エレキな春』と、それに続く87年の『おらあロココだ』で昭和の漫画史をアーカイブしたしりあがり寿が描いたドラえもんを。この「Oh My God!」的な、或いは「天は我を見放したか」的な焦りと諦めが同居したような表情のドラえもんが(なんだかよく分からない)哀しみを湛える。因みに。唇がちょっぴり女の子っぽくってかわいいと思ったりも。
🎨殴られた瞬間のドラえもんの表情を逃さず捉えたマンガのひとコマのような。何かヘマをやらかしてドラミちゃんにシバかれたんだろうか?だけど。ドラえもんの表情はどこまでもニヒリスティック(=虚無的)だ。
🎨これは正式な出品作ではないけど。「不思議の国のアリス」のかわいい世界をどこまでも可愛く描くヒグチユウコが、しりあがり寿先生が描いたドラえもんに感銘を受け、何も見ないで自身のイメージの中にあるドラえもんを描いたらこうなりました、という作品(アーティスト同士のこういった「交感」が素敵だな)。
目を見開きながら上から目線でのび太のことを「ぼっちゃん」と呼び、詰め寄るどらえもんが実に愛らしい。しかし何だなぁ。本来のタッチから逸脱しながらこんな絵が描ける、ヒグチユウコのその才能は恐るべしだし、そのお茶目っぷりもかわいい。それにしても。こういう絵を前にした時、TV番組「プレバト」の先生方はどのような評価を下すのだろうか。
🎨さらにヒグチ画伯が描いた「ドラミちゃん」も秀逸。やっぱり、さっきドラえもんをシバいたのはドラミちゃんだったのですね。アハハ。
🎨昭和の香りが残る喫茶店で。昭和の漫画のキャラクターをイメージしながら、ひとりぼんやりとバカボンのパパや「おそ松くん」のイヤミ、「魔法使いサリー」のよし子ちゃんなんかを描いてみてもいいかも知れない。
最後は。ザ・テンプターズで活躍したショーケン、こと萩原健一が1980年にリリースしたアルバム『DON JUAN LIVE』から。1960年にアメリカのコーラスグループ、ドリフターズが歌い(メインボーカルはベン・E・キング)、日本では越路吹雪が歌った名曲『ラスト・ダンスは私に』を。このロマンチックな曲をショーケンはDonjuan Rock'n Roll Band(石間秀機(g)、田中清司(ds)らが参加)による分厚くうねるような演奏(レゲエのようにも聴こえる)をバックに、誰にも真似ができない独特の振り切った感受性で歌い、パフォーマンスしてる。本来の歌詞を替えて「ロックンロールは◯麻みたいに心を酔わせるの」(瞬間、◯の部分の音が消されてる)と歌うフレーズなんて、まさにショーケンならでは。予測不能な魅力に溢れていてとにかくカッコいい。
時間が止まってしまったような喫茶店で。流れてくる昭和の音楽を聴きながらパラパラと本の頁を捲るような感じで僕のブログも読んでもらえたらいいなって、そんな風にも思えてきた。