僕の架空音楽バー
『Bar Adieu Romantique』へ、ようこそ。
『Bar Adieu Romantique』 ではお越しいただいた方に毎回、ご挨拶代わりに僕の独り言【Monologue】 を書いたFree Paperをお渡ししている。
Romantique Monologue No.003
『インド風で、よろしく』
僕がまだ若かった頃の話。当時の僕は好奇心が旺盛で。あっちこっちのレコード店に頻繁に出入りしては、お店の人からいろんな話を聞かせてもらっていた。加えて。その頃の僕はオリジナルの缶バッジを手作りし、作ってはひとつひとつのバッジを小さな袋に入れて24個をデザイン・ボードに並べて固定し、ボードには紙製のスタンドを付けた状態で数ヶ所のお店に納品して、店頭に置いてもらっていた。販売価格は 1個300円。 そのバッジは、毛筆の漢字をひと文字だけレタリングし、その漢字から イメージする英語を文字の下に 小さくインレタで レイアウトしたシンプルなもの。 例えば「神」という毛筆文字の下には「my mind」、「地」という文字の下には「mother」といった具合に。まぁ、あまり売れなかったけど、たまに買ってくれていたのはヨーロッパの人たちだったらしく、そういうのが何となく嬉しかった。
そんなことを細々とやっている頃のある日。大阪ミナミのアメリカ村にあった民族音楽(当時はそんな呼び方をしていた)を専門に扱うお店の店長さんから喫茶店のバイトを紹介してもらった。まぁ、そんなお店の紹介だから普通の喫茶店であるはずもなく、だけど逆に好奇心を擽られたので 取り敢えず働かせてもらうことになった。
そのお店は今でも営業してる、 大阪ではかなり名の通ったチャイ・ショップである(今でも人気があるのか、どうなのかは分からないけど )。僕が辞めた後にトータス松本を始め、ウルフルズのメンバー全員がバイトしていたことでも有名な、 所謂「インド風」の喫茶店だ。
敢えて「インド風」と言ったのは、つまりお店のオーナーが絶対的にインドでなければならない、ということでお店を経営していた訳ではなく「インド」も含めた「無国籍」であることを柔らかく面白がっていたことと、 僕自身も本格的にインドに傾倒したい訳じゃなかったので、そういう「無国籍」な、多様で雑多な感じがちょうど良かったということ。そう。「なんちゃってインド」でいいし、「インド風」でちょうど良かったのだ。
それにしても。このお店は1975年頃に創業し、僕がバイト先をしていた当時から大阪で何件かのチェーン展開をしていたけど、今、想えば中津という場所にあった本店だけはどこか特別な雰囲気を醸し出していた(今でもある、その本店は僕が辞めてから後に全面改装されたので、 現在の本店とはかなり雰囲気が違っている。もちろん今でも「いい雰囲気のお店」であることには変わりはないけどね)。
当時の本店は、周囲にたくさんの草花が茂り(それは今でも同じだ)、店内は吹き抜けになっていて、天井までは5mくらいの高さがあった。時にその吹き抜けの壁の高いところにあったいくつかの窓から、たくさんの魚が描かれた30mくらいの布を建物の中から外へ、そしてまた中へと通し、まるで建物の周りを魚が泳いでいるように装飾をしていたこともあった。今、思うと、僕にはそれがまるでクリスト【Christo】のアートのような、インスタレーションのように思えるんだ。
店の中では、広い窓から差し込む光が時間の経過と共にさまざまな表情を見せてくれたし、店内に流れるさまざまな音楽もまた、日によって、時間帯によって多彩な雰囲気を創り出すので、僕の五感は毎日のように刺激されることになった。
とにかく時間の流れ方が特別だった。あまりにも居心地がいいので、その頃の僕はバイトのシフトが入っていない日でもやって来て、お客さんとしてそのお店の雰囲気を楽しんだ。働いている人もお客さんも誰も必要以上に他人を干渉しないし、自分だけの時間軸でゆっくりと過ごせる時間、そして空間。本を読むのも、何もしないで「ぼーっ」と物思いに耽るにもうってつけの場所だった 。
そのお店で働いていた当時、僕は大阪の外れに住んでいたので、お店で負担してくれる交通費ではまったく足りず、不足分は自己負担で通っていた。その上、時間給も安かったけれど、そんなことはまったく気にならなかった。とても非効率だし、無駄なことをしていたとは思う。だけど、そうやって遠周りをすることが、 まだ若く、好奇心旺盛だった僕には「必要」だったし、それは「必然」だったと思っている。
陽が沈んで夜になると、お店の雰囲気はがらっと変わる。お店のオーナーがあっちこっちに蝋燭を灯し、祭壇のようなものの前に座って瞑想のようなことを始める。そういう時には音楽もチベット地方の独特の歌唱法である「ホーミー」のレコードや、ENOやジョン・ハッセルなどの「アンビエント・ミュージック」を流していたので、とても神秘的な空気に包まれた。
働いている人たちもとにかく個性的だった。音楽をやっている人が多かったけど、ほかにも思想家のような人、インドの宗教家バグワン・シュリ・ラジニーシに傾倒している人などが居て(バグワンと言えば1970年代から何冊ものスピ本を出していて当時、その影響力は世界中に浸透していた)、どこかコミューン的な感じがしたほど。僕自身、そういった人たちからのいろんな影響を受けたけど、宗教や、宗教から派生するスピリチュアルに関してはまったく興味が無かったので、その影響はまったく受けていないし、今でもそういったものに興味はない。因みに。その頃にいっしょに働いていた一人の人とは今も交友が続いているし、そういった意味でも、そのお店は僕にとってただのアルバイト先ではなかったということなのかも知れない 。
好奇心が旺盛な時期に。交通費の一部を負担し(ひつこいねぇ)、遠回りをしながらでも、そんなお店で働くことができてほんとうによかったとつくづく思う。
それまでもいろんな音楽を聴いてきたつもりだったけど、そこでは自分の殻が何枚も何枚も剥がれていくような気がした。もちろん音楽 だけじゃなく、アートや本にも、さらにはそういったものとの距離の取り方やセンスといったようなものまでを磨くことができたような気がする。 もしも。 そのお店が「インド風」ではなく、本格的な「インド」のお店だったら、僕の人生はまた違うものになっていたかも、だ。
そして、何よりも。そのお店から受けた影響の中で最も素敵だったことは、おいしい「チャイ」の入れ方を覚えることができたということだと思っている。
「Bar Adieu Romantique」店主より
そろそろ『Bar Adieu Romantique』 のオープンの時間だ。
今回
『Bar Adieu Romantique』 がキュレーションするプチ企画展は
『内なる宇宙へ。Meditation & Love 』 。そんなに難しい話じゃない。「インド風」のモノローグを書いたこともあって、何となく「
Meditation & Love」 を感じる二人のアーティストの作品を選んだみたくなった、ただそれだけ 。
🎨インドのアート・ユニット、 トゥクラール&タグラ【Thukral & Tagra】 作品から。混沌としたイマージュが詰め込まれた、POPでカラフルなその感じはインドのピーター・ブレイク (ビートルズ の『SGT.ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』 のアルバム・カヴァーをデザインしたPOPアーティスト)か、と。
🎨そしてチェコのアーティスト、ルボシュ・プルニー【Lubos Plny】 の作品を。そこに「愛」 があるのかは分からないけど。後に「シュルレアリスム」 を宣言するアンドレ・ブルトン とフィリップ・スーポー が1919年に共作した著書『磁場』【 Les Champs Magnétiques】 で知的実験が成された「オートマティスム」 によって描き出されたような豊かな線から、無限とも思えるイマージュが放たれている。少なくとも。それは解剖学的であり、そこに「内なる宇宙」 が存在することだけは間違いない。
音楽を流さなくっちゃ。
こんなにもミニマルな音楽、普通は音楽バーじゃ、まず流さないだろうな。だってこの曲を聴きながら楽しく呑めるような気がしないから
。だけど僕の
『Bar Adieu Romantique』 は別。
池間由布子 のアルバム
『My Landscape』 から
『あなたの風景になりたい』 。人の心の隙間や奥深いところにじわじわと染み込んでくる、そんな音楽。希少だと思うな。
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緩やかな始まりの歌。
Mei Ehara『最初の日は』 。まだ日が落ちていない時間帯の、バーの風景が流れるPVがとてもいい感じ。
本日のモノローグで書いたインド風チャイ・ショップで流れていて、その空間が音楽の粒子に包まれるという体験が衝撃的だった
スティーヴ・ライヒ【Steve Rich】 の音楽。そのアルバムはドイツの音楽レーベル
「ECM」 の「New Series」から1978年にリリースされた
『18人の音楽家たちのための音楽』【Music For 18Musicians】 <ECM1129> だった。但し、アルバム1枚で1曲なのでそれじゃぁ長過ぎるから、そのイントロダクション部分を抜粋で。
このアルバムも当時、そのチャイ・ショップで流れていたような気が…。1984年にリリースされた
23 Skidoo のサード・アルバム
【Urban Gamelan】 から、カラカラに乾いたパーカッション音が刺激的な
『F.U.G.I.』 。曲の中で使われている音声は、
フランシス・フォード・コッポラ が撮り、1979年に公開された問題作
『地獄の黙示録』【Apocalypse Now】 のワン・シーンからの引用。
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アイヌ音楽 の歌い手、或いはシャーマン?
安東ウメ子 の素晴らしきミニマル・ミュージック。2001年にリリースされたアルバム
『ウポポサンケ』 から。いったいこの音楽はどこに繋がっているのかな。
📖特に辺境の地に憧れていた訳じゃないけど。そのチャイ・ショップで働き始めた頃、僕にとってはある意味、1950年代にアメリカ中を放浪したジャック・ケルアック やロバート・フランク のような、ビートニク として捉えていた作家であり写真家である、藤原新也 が書いた『印度放浪』 を始め 『東京漂流』 、『メメント・モリ』 、『藤原悪魔』 などの本を読んできた。まぁ、僕の主観に過ぎないけど。内容的にも切り口としても、それなりに面白いところもあるけど、リアリティの捉え方がちょっと極端で、インドなどで感じた人間の根源的な姿を、そのまま日本という国に重ねてしまう論法は説教臭いし、あまり説得力は感じなかったな。
📖同じく、1982年に刊行された『メメント・モリ』 (「死を想え」) 。挿入されていた1枚の「 人間の死体を犬が食べている写真」 に付けられていた「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」 というキャプションが当時、世間に衝撃を与えた 。
アルバム・カヴァーに藤原新也がバリ島で撮った
「眉毛犬」 (
=天使のまゆげ) の写真を使った、
デヴィッド・シルヴィアン【David Sylvian】 のベスト・アルバム
『Everything And Nothing』 から
『The Scent Of Magnolia』 を。
🎦『Bar Adieu Romantique』 では突然、映像を流すこともある。1975年から麿赤児の「大駱駝艦」から独立して活動を続け、1986年には山口小夜子 とコラボレートして話題を集めた、天児牛大 率いる前衛舞踏団『山海塾』 の演目『卵熱~卵を立てることから』 の抜粋で。音楽は吉川洋一郎 。とにかく「水」 のような「砂」 のような「風」 のような「空気」 のような「時間」 のような、踊り手たちの流れるような動きが素晴らしい。このプログラムは僕も1980年代の末に観たことがあって、その張り詰めた空気感に身を置き、素晴らしい時間を体験することができた。因みに下のポスターは当時の公演の時のものではなく、2018年の公演の時のもの。
元
ロキシー・ミュージック のトリックスターだった
ブライアン・イーノ【Brian Eno】 が1974年にリリースしたセカンド・ソロ・アルバム
『Taking Tiger Mountain』 から
『Burning Airlines Give You So Much More』 。
2016年のインド映画
『Mohenjo Daro』 から。主演の、マッチョな人気俳優
リティク・ローシャン【Hrithik Roshan】 と美しき
プージャー・ヘークデー【Pooja Hegde】 が歌い踊るテーマ曲
『Tu Hai』 を。昨年、話題になったインド映画
『RRR』 のような高速ダンスは出てこないけど、そのロマンティークな歌とダンスは優雅でロマンティック。とても魅力的だと思うな。
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アメリカを代表するスライド・ギターの名手と、インドのスライド・ギターとも言える
モハン・ヴィーナ 奏者との美しき共演。
ライ・クーダー&ヴィシュア・モハシ・バット【Ry Cooder & V.M.Bhatt】 がコラボレートした1992年のアルバム
『A Meeting By The River』 からタイトル曲を。
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ノラ・ジョーンズ【Norah Jones】 と、シタール奏者である妹の
アヌーシュカ・シャンカール【Anoushka Shankar】 による、とても幻想的な美しい曲
『Traces Of You』 を。二人はビートルズの
ジョージ・ハリスン にシタールを教えたインド音楽界のレジェンド、
ラヴィ・シャンカール の娘たち。
少々、「インド風」に引っ張られ過ぎたかな。
デヴィッド・クロスビー【David Crosby】 が逝っちまった。何のかんの言ったって、ロックのレジェンドたちはみんな高齢だからな。ここにきて1960年代や70年代がどんどん終わっていく。そうして、彼たち、彼女たちの音楽は聴く人それぞれの想い出の中に。それじゃぁ、
バーズ【The Byrds】 のアルバム
『霧の五次元』【Fifth Dimension】 から
デヴィッド・クロスビー 、
ロジャー・マッギン 、
ジーン・クラーク が共作した
『霧の8マイル』【Eight Miles High】 を。 シャギー・オーティス【Shuggie Otis】 の1974年リリースのアルバム
『Inspiration Information』 からタイトル曲を。
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ダリル・ホールとジョン・オーツ【Daryl Hall & Johm Oates】 の1973年にリリースされたセカンド・アルバム
『Abandoned Luncheonette』 から。
ウェスト・コースト と
ブルー・アイド・ソウル の間に位置する曲
『When The Morning Comes』 。
坂本慎太郎 の
Strang Love Groove な12inch Singleから
『The Feeling Of Love』 。
ピップ・ミレット【Pip Millett】 の2020年のミニアルバム
『Lost In June』 から
『Deeper Dark』 を生演奏Ver.で。
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ジョルジャ・スミス【Jorja Smith】 の2021年のアルバム
『Be Right Back』 から
『Addicted』 を。
音楽の流れが
「混沌」 としてきたよね。で、さらに破壊的な一発を。1970年代半ば頃から消息不明になっていた伝説のブルースマン、
シャーウッド・フレミング【Sherwood Fleming With The Moeller Brothers】 が2015年に再発見され、実に40年ぶりに79歳で録音したアルバム
『Blues Blues Blues』 から
アイク&ティナ・ターナー の曲
『Bold Soul Brother』 のカヴァーを。いやぁ、ほんと凄い。
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そして最後は、静かに。かつて
坂本龍一 に
「世界一、悲しい声」 と言われた
ロバート・ワイアット【Robert Wyatt】 が、サックス奏者の
ギルアド・アツモン と、女性ヴァイオリニストで、ボーカリストでもある
ロス・スティーヴン と共に制作した、2010年リリースのジャズ・アルバム
『'………For The Ghosts Within'』 から。
ルイ・アームストロング が1967年にベトナム戦争に対して平和への願いを込めて歌った
『What A Wonderful World』 を、ロバート・ワイアットが崇高なまでの美しさで歌っている。
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「この素晴らしき世界」 。これから先も、そんな風に思える世界であって欲しいと心から願う。
本日の『Bar Adieu Romantique』 は、ちょっとクセが強過ぎたような気も。
それじゃぁ、また。
アデュー・ロマンティーク